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記録34 沈黙の炎・再起

すべての出来事には理由がある。

物語の繋がりを是非見届けていただきたいです。

――医務室・簡易ベッドルーム

ダグが酸素マスク越しにわずかに身じろぎをし、目を開く。


ケイが静かに声をかける。

「よう、目ぇ覚ましたか。ダグ――ゲイリー・ダグラス」


ゆっくりと焦点が合う。ダグはケイの顔を見つめ、かすれた声で呟いた。

「お前……誰だ……?」

「オレはケイ。こっちのアイとあんたを担いで、黒蝕の地獄から戻ってきた。あの地下研究施設で何があったか思い出せるか?」


その言葉に、ダグは一瞬まぶたを閉じ、再び開く。記憶をなぞるように呟いた。

「そ、うか……オレを……逃がしたのは……ジョンだった。最後に、オレの胸倉を掴んで言った。お前に託す。オレがもし……戻れなかったら、必ず誰かに伝えろと……」


アイがそっと、点滴の位置を調整する。

「あなたのその記憶が、今こうして繋がっているのです。彼の選択は……間違っていなかった」


ダグの視線がアイを捉え――そして、ドアの向こうに立つ白衣の女性に向けられる。

その姿に目を見開いた。

「……あんた……ま、まさかイーサンの娘か?」


ルシアがわずかに頷く。

「……ルシア・グレイヴスです」


「……くっ……そんな、まさか……あの子が……こんな大きく……」

震える手で額を押さえながら、ダグは呻く。

「待て……待ってくれ。……今は……今は何年なんだ?」


ケイがベッド柵に腕を掛け、ゆっくりと答える。

「……G.C026年だ」


しんと静まり返る室内。


「……そんな……」

ダグは虚ろな瞳で天井を見つめ、呆然と呟いた。


「あれから5年……いや、それ以上……そんなに……時間が……経っていたのか……」

目の奥に深い絶望が滲む。


――だが同時に、彼の目には再び、かすかな光が差していた。この場に、伝えるべきものがある。そう信じた男のまなざしだった。

「……ケイとアイだったか?助けてくれて感謝する……これで俺も役割を果たせる。ルシア、皆に伝えたいことが山ほどある。時間をくれないか?」


ルシアは静かに、頷き返事をした。

「ええ、聴かせてください。では、皆さん、1時間後にブリーフィングルームに集合お願いします。ドクター、彼の介助を」





――シェルター51・管理棟ブリーフィングルーム

かすかな照明が照らす静かな室内。天井の通風孔から低く唸る風音が響く中、住民たちにワークショップの老店主、技術班、医療班。そして、ルシア、ダグラス、ケイとアイがひとつの大きな円卓を囲んでいた。


皆がダグの話に耳を傾けていた。

「オレたちは……探してた。何がこの星を蝕んでるのか。……ジョンが導いたんだ。あいつは、アークを追っていた。この銀河、M110(エルドラード)が創った**始まりの秘宝(オーパーツ)**を追っていたんだ。そして黒蝕の噂を聴いて、このノクス・ヴェルムにたどり着いた。真実を見たがっていた。ただ、知りたかっただけだ。この星で何が起きてるのかをな」


ケイが前に身を乗り出す。

「その後……ジョン・ジョーは、どうなった?」


ダグは、遠くを見つめるように天井に視線をやった。

「……あいつは、最期の瞬間まで……探してた。俺たちが黒蝕に追われて、研究棟に閉じ込められた時……俺だけを逃がしたんだ」


――ダグの記憶がゆっくりと蘇る。


《お前は、生きろ。記録を持ち帰れ。……お前に託すぜ――ダグ……》

「やめろジョン、死ぬ気かッ!」

《行け。……俺はここに残る。まだ、奥がある。何かが……ある。URC(アーク)はあったんだ、本当に。俺たちは間違っていなかった……》


――ダグは目を閉じた。

「……逃げたんじゃない。あいつは残ったんだ。真実を見届けるために。命をかけて、オレに記録と希望を託して」


アイがそっと口を開く。

「あなたの装備の中に、破損したホロ記録装置がありました。回復できた一部のログ……彼が最後に残したデータです」


ルシアが唇を噛むように俯いた。

「私は……あの人が、父を連れ去った張本人だと……ずっと思っていた」


ダグが続けて語る。

「ジョンは、純粋な探求者だったよ。正義なんて言葉が陳腐に思えるほど、まっすぐだった。真実を求めて、誰よりも先に踏み出して……俺たちは、それに惹かれてついていっただけだ」


ホールが静まり返る。

「ルシア、お前の父さんもそうだった。ジョンに出会って、火がついたようだった。誰よりも冷静で理論的だったあの人が……まるで若者みたいに燃えていたんだ」


「……父が……?」

ルシアが呟く。


「お前の父さんは、最後に俺に言ったよ。この男についていけば、この星の核心に辿り着けるってな。ジョンは、それだけの奴だったんだ。誰かを信じさせる、あの不思議な力があった」


「そう……だったのですね。私はそれ以来……訪れるヒトビトの記録がこの惑星に残らないことに安堵していました。異星人たちの地下施設ではこの惑星で起きたトラブル、行方不明となった者たちのログを自動消去しているようでした。被害者を隠ぺいするために――この惑星が犯罪都市だと揶揄されるようになったのはその頃です。訪れる異星人たちがことごとく消えるのですから……そう言われてもおかしくありません。ケイ、アイ……あなたたちが来た時も同様にいずれ消えるものと……それでもあなたたちは生きて帰った。そしてダグ、あなたが父の意志を紡ごうとしていたのに私は……」


ダグが、ゆっくりと彼女の方を向く。

「違う。……恨まれても仕方がない。地下に潜ることを誰もが止めた――それを振り切って俺たちはイーサンを連れ出した」


ケイがダグの肩に手を添えた。

「立てるか?」

「……ああ。ジョンが持ち帰った記録、ちゃんと皆に伝えたい。……今度は、俺の番だからな。アイさん、その記録を再生してくれ」

ダグはそう言って、ゆっくりと身体を起こした。





そして――中央、ホロ投影機が淡い青光を放つ。映し出されたのは――崩れゆく地下研究棟。

血と塵にまみれたジョン・ジョーが酸素マスク越しにカメラへと向き直る。彼の背後には黒蝕が蠢いている。


ジョン(記録)

《……黒蝕は、生きてる。いや、ただ生きてるんじゃない――進化しようとしてる。この星に縛られ、空へ出られない奴らは、外の世界を渇望してる。そして俺たち異星の来訪者を喰らい、進化の糧にしてるんだ》


――画面の隅に、別の影が映る。イーサンだ。血を流しながら、ジョンの隣に膝をつく。


「父さん……」

ルシアが目を潤ませ微かな声で名を呼ぶ。


ジョン(記録)

《すまない、イーサン……。こんなことになるとは……お前の娘も、この街も……巻き込んじまった……」


イーサン(記録)

《バカを言うな……!お前が来てくれたから、俺たちはこの星の真実に辿り着けた。この記録、俺たちが――いや、ダグが必ず持ち帰る。ルシアのために。みんなのために!》


――カメラが激しく揺れ、黒蝕の触手が画面に入り込む。煙と火花の中、ジョンがダグの肩をつかむ。


ジョン(記録)

《ダグ……!お前に託す。この記録を頼む……!オレの代わりに、外に出てくれ……!お前なら――!》


――最後に、かすかに《頼んだぞ、友よ……》という声が残り、記録は終了した。





「では、私のビジョンの記録をみてください」

アイはジョンの記録に続けて、自身が見てきた視覚映像を映し出した。


黒蝕に呑まれた廃墟、泡立ち溶ける壁面、異形に変異した黒蝕、そして――融合体ジョン・ジョーの姿。呻き、吠え、まるで人の言葉にならない音で空間を揺らすその姿に、誰もが息を呑んだ。


「……これが、あのジョン……」

ルシアの声が掠れる。

その隣で、老店主は顔を背け、歯を食いしばっていた。


「俺が知ってるジョン・ジョーは……あんな化け物じゃない」

ダグが両手で顔を覆い絶望に打ちひしがれる。



誰もが言葉を失う中、静かに立ち上がったのはアイだった。

「あの地下で……私は黒蝕に興味を持たれなかった。それがここに戻れた一つの理由でもあります。……それは、私が生体ではないからです」


ざわめく住民たち。

「私は、アンドロイド。この風貌はこの世界でヒトに紛れるため。ですが、黒蝕は私を餌として認識しなかった……あれには確実に意志がありますヒトを喰い進化することを求めている」


ホロ投影が切り替わる。

研究棟奥部で監視カメラに撮られた、黒蝕の変異種――群れる影、無数の目、そしてジョンに融合していくプロセス。


「ジョンが言っていた進化論……私も同じ考えに至りました。黒蝕の増殖能力とウムブライトによる爆発的なエネルギー循環、そして――URC(アーク)による異常増殖と崩壊の繰り返しが、あの生命体の数億年の進化の過程を一瞬のものとした――そして、多くの異星人たちを飲み込む中で……ジョンを喰い、ついに辿り着いたのでしょう。意志をもつ融合体へと――そして、さらなる進化を求めています。崩壊するこの惑星からの解放……外界へ旅立ち、酸素への適応……だから、ケイ、あなたを地下に導き罠にかけ、そしてダグをあのシェルターから出させた」

アイの瞳が淡く光る。

「すでに、ジョン・ジョーはいない……」


ケイが円卓に両腕を置き、指の関節を鳴らす。

「……理性があるかは知らない。だが、確実に自我を保ってる。あれは……意志を持って、地下に巣を作った何かだ」


ルシアが立ち上がる。

「……見過ごすことはできない。あの存在がこのまま広がれば、星の内部は……シェルターごと飲み込まれるわ」


円卓の全員を見渡すケイ。

「ここからが本番だ。黒蝕の巣を壊す。そして奴を滅ぼす。それがオレたちの役目だ――」


「でも……私たちに何ができるの? 私たちは、ただの住民で……」

誰かがそう呟いた時、老店主がふと笑った。

「そう思ってた。ずっと……だがな」

彼は拳を握りしめた。

「こいつらが、命懸けで地獄から帰ってきた。ヒト一人を連れてな。なら……わしらも、応えなきゃ嘘ってもんだろ」


沈黙の中、誰かが立ち上がる。

そしてまた一人、また一人。


やがて、ルシアが強く頷いた。

「シェルター51、そして聴いていたか!?仲間達よ!全シェルターの住民たちよ!ディープホロー各管理区へ通達せよ。封鎖区域の解除、戦闘準備――この星の地下へ再び潜る。目的は核心の確認と、黒蝕の根絶――」

彼女の瞳は、もはや迷っていなかった。


「私たちはずっと、過去を恐れ逃げて来た。でも……もう違う。これは“再起”の戦いだ」

それぞれのピースがつながり、そして未来へ。

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