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記録33 沈黙の扉・開示

返ってきたケイとアイ。

シェルターでは何がまっているのか?

――シェルター51、通用口前。

焦げた鉄の匂いと、未だ尾を引く熱風の中、ケイとアイはディープホローの連絡通路を戻った。背後のリフトは黒蝕灼熱の影響で完全に崩落。戻る術はもう、ない。

しかし彼らを待ち構えていたのは、喜びでも称賛でもなかった。


それは警戒――そして拒絶だった。

「動くな!!そこから一歩でも動けば、焼却するッ!!」


不穏なスピーカーの音声と共に、門壁に備えられた大型焼却砲が二人に向けられる。ケイは即座に交戦姿勢を取ったが、アイが腕をかざして制する。

目の前には装甲服に身を包んだシェルター51の警備部隊。重火器を構えた兵士たちが、彼らに照準を合わせていた。


「こちらシェルター51警備隊!そこの二名と後方の生命体は、封鎖区域からの侵入者と認定した!言葉が通じるなら、身元と経緯を直ちに開示せよ!」

緊張の糸が張り詰める。


ケイは唇を引き結び、ゆっくりと応じた。

「……オレたちは、坑道26から入って、封鎖された地下研究区画にたどり着いた。生き残ってたこの男を救出して戻ってきた。以上だ」


「……嘘だッ!」

警備兵のひとりが叫ぶ。


「黒蝕エリアで生き残るなんて不可能だ!それに、お前が抱えているそいつは何だ!?お前たちはこの星に二人で来たはずだ!どこから連れてきた、何者だ!?」

警備隊の視線が、スリングで固定された男へ向けられる。彼は意識こそ微かにあるものの、言葉は発せず、体を横たえているだけだ。


焼却砲の先端が、かすかに赤熱し始める――。

「警告はしたぞ。これ以上の接近は感染の疑いありと判断し、焼却処分を執行する!!」


そのとき――

「やめろ!!撃つな!!」

重厚な扉の奥から響いたのは、老店主の声だった。


「……じーさん!?」


扉が軋む音を立てて開き、ワークショップの老店主が駆け寄ってくる。その後ろには数名の住民たちが続いた。


「こいつらは本物だ!!あの地獄から、生きて帰ってきたんだ!!この目で見た……こいつらの防護服に仕込んだカメラでも確認済みだ!」


警備隊長が眉をひそめる。

「何い?封鎖区域に案内したのはお前か!?どういうことか理解(わか)っているのか?それでも、彼らが黒蝕に汚染されていないという保証は――」


「保証なら俺がするぜ」

老店主が一歩前に出る。

そういって、ケイと両生類の男の防護服を外し、ケイとアイの手を握った。

「見ろ!黒蝕に侵されていれば、オレは既に取り込まれている!そして、この酸素濃度のエリアに来た時点で奴らは形を保てないはずだ。こいつらが誰よりも清潔だってことぐらい、俺が一番わかってる。信じねぇなら、お前らが潜って確かめてみろ……できるならな」


――数秒の沈黙。

やがて、焼却砲の熱が冷め、警備隊が一斉に武器を下ろした。

「く、しかし……」


その時、スピーカーから女性の声で指示が入る。

《いいだろう。入れ!……ただし、検疫装置は通ってもらう》


「っ、いんですか!?ルシアさん!」

警備隊隊長はその女性に問う。


「……ルシア……」

老店主は目を細めて彼女の名を呟いた。


「じーさん……何から何まですまないな」

「くっくっく。お前ら~よくやったな!」

そして、巨大なゲートが重々しい音を立てて閉じる。



――シェルター51

警備隊に囲まれたまま、ケイとアイ、そして両生類(アンフィビアン)の男は通路の端にある白銀の金属扉へと誘導された。


「ここが……検疫区か」

ケイが呟いたその先には、ドックのエアロックに似た構造の気密室があった。内装は無機質な白に統一され、壁面には酸素タンクと吸引装置が並んでいる。


「お二人には除染プロトコルを受けていただきます」

無機質な声で説明する警備員の一人。


アイが淡々と続ける。

「この方式……惑星間輸送船の真空除染フィルターと同じです。高濃度酸素を散布し、残留粒子をフィルターで回収する仕組みですね」


ケイは黙って頷き、アイと共に密室へと入った。

スライドドアが閉まると同時に、室内に高圧酸素が充満し始める。身体中を包むように吹きつける微細な酸素霧。その粒子は皮膚、髪、装備の隙間に入り込み、一瞬でも黒蝕の菌糸が付着していれば、それはここで剥離され、吸引されていく。


《呼吸を止めろ――》

「この程度の酸素濃度……ケイ、大丈夫ですか?」

「……」

静かにアイと視線を交わすケイ。


彼らの声も、フィルター越しのスピーカーで外に届いていた。

外部では、医療班の隊員たちがスクリーンを見ながら、検査データを解析している。


《……反応なし。黒蝕反応、陰性》

《両名、生体構造異常なし。問題なし》

《後方被収容者、低酸素性ショックおよび栄養失調以外に感染所見なし。クリア》

《それにしても、あの女はなんだ?防護スーツも来ていなかったぞ……》


「……検疫、通過です」


白銀の扉が音を立てて再び開いた――そこに立っていたのは、一人の女性だった。知的な目元に、無駄のない立ち姿。着衣は純白のラボコートにシェルター独自の識別タグ。濃紺の髪を後ろでまとめ、冷静そのものの声で口を開いた。


「……あなたが、ケイ。そして、アイ、ですね」

「あんたは?」

「私の名はルシア・グレイヴス。このシェルターの管理責任者です」

彼女の目が、ケイの背にいる両生類(アンフィビアン)の男へと向けられる。


「そのヒトを……どこで見つけました?」

彼女はそう言うと、フェイスシールドの中の顏を覗き込んだ。

「この男……まさか」


「……封鎖された採掘研究区画の最奥。生きていた、ただ一人の生存者だった」

「……あり得ない」

ルシアの口元がわずかに震えた。


その反応を見逃さず、ケイは一歩前に出る。

「知っているのか?こいつを」


ルシアは、少しだけ視線を落とした。

「……ええ。まさか、そんなはず……」


ケイの目がわずかに見開かれる。

アイが、静かに告げる。

「……彼があそこに潜ったのは、もう12年も前の話です。あなたは覚えていると?」


「ええ……いいでしょう。……確認したいことがありますが、ここでは無理。医務室へ移動しましょう。彼の処置と……今後について、話さなければならないことが山ほどある」

ルシアは周りに居たスタッフに指示を出し、両性類(アンフィビアン)の男を担架で運んでいった。  





――医務室・処置区画

医療用照明の柔らかな白光が天井から降り注ぐ。薄く汗をかいたアンフィビアンの男は、簡易バイタルベッドに横たわっていた。酸素マスク越しの呼吸は浅く、だが確かに、安定している。


処置にあたっていた医師の一人が、ケイたちの入室に気づき、会釈をする。

「経過は良好です。あとは点滴と酸素吸入を継続していれば、数日で意識を回復するでしょう」


アイがベッドの端に近づき、男の横顔をじっと見つめる。

「このヒトは、相当な長期間、地下に閉じ込められていたと見られます。栄養失調と筋萎縮、あと……トラウマ反応もあるかと」


ケイはベッド脇の台に置かれた、焦げた装備品の束に目をやる。中に、小さなメタルタグ――IDチップが挟まっていた。


手に取って、指でなぞる。

GEIRY D.(G. Douglas)/JOHN JOE EXPLORATION CREW No.04


ケイがふっと眉を上げる。

「……名前、書いてあるな。ゲイリー・ダグラス。……“ダグ”ってわけか」


アイも頷く。

「ジョンの仲間だった証拠です。恐らく、ジョンが彼を脱出させようとして、最後に残した希望だったのでは」


「……ダグ、ね」

ケイはもう一度タグを見つめ、小さく呟いた。

「こいつが目を覚ましたとき、最初にその名前で呼んでやろう」


「ゲイリー・ダグラス……そう、このヒトはそんな名だった」

ルシアは男の顔を見つめ、過去を想起するように頷いた。そして――ケイとアイの二人の方を振り返る。

「……管理棟へ来てください」





――管理棟・ブリーフィングルーム

端正に整えられた会議室。冷たい白の壁と鉄骨フレーム、ノイズの少ない照明の下、ケイとアイは、中央に設置された古いホロ端末の前にいた。


「……私の祖父は、オデッサ・グレイヴス。ノクス・ヴェルムの開拓初期に、この地に立った技術者でした」

語りだしたルシアの声は静かだった。

彼女の手元のパネルに映し出されるのは、何十年も前の記録映像。坑道建設初期の様子、鈍い黒光りを放つウムブライト鉱石の発掘、そして幼き頃の父イーサンと若かりし頃の祖父オデッサの姿。


「ウムブライト鉱石の発見と同時に、星の開発が始まった。祖父はこの場所に未来を見た……そう嬉しそうに語っていました」


ケイは無言で映像を見つめていた。

「異星人たちとの交流が盛んになり、祖父は多額の報酬を得る代わりに、地下の更なる調査とウムブライト鉱石の採掘を積極的に進めるよう協力を求められたのです。ですが、ある日……彼は忽然と姿を消しました。坑道調査の途中で通信が途絶え、誰も彼を見つけられなかった。シェルター内では“事故”として処理されましたが……父は、そうは思っていなかった」


「……あんたの父も、地下に潜ったんだったな……」

ケイが低く訊く。


ルシアは頷いた。

「ええ。祖父の失踪から数年後……父は、ジョン・ジョーという異星の探検家と出会い、彼と共に地下深部の再探索に赴きました。……母と私を残して――」


アイが目を細めた。

「危険すぎる選択ですね」


「ええ、でも父はこう言っていました。黒蝕との共生が私たちの生きる道だと――ですが、異星人たちが来てから黒蝕の異常増殖が進行し、状況は悪くなるばかりか、祖父まで消息を絶ち、その原因は闇の中……私たちは皆恐れていました。何もかもを……ですが、彼が、ジョン・ジョーが来た時に父は決断したんです。この星が滅びゆく運命だとしても、その原因を知ることで、未来に備えることはできると」


「お父様は何故ジョンを信じることに?」

「彼は……父に「何のため、どうして生きている?」と」


ルシアの表情はわずかに曇る。

「そして、父を失ってから私も……私たちクアドリスはこの星に生まれ、そして死ぬ種族だと言い聞かせてきました。星の変化も、地下の黒い災厄も、全て私たちの歴史の中に刻まれてきました……けれど――」


彼女の指先が、ケイの持ち帰った端末へと触れた。

「未だにあれほどの記録を、私たちは知らなかった。URC(アーク)ARK(アーク)計画……何を目的としてこんな世界になってしまったのかも――私たちは、何一つ知らなかった」


ケイは椅子に身を預け、低く呟いた。

「それが、お前たち先住の星の民の真実だってのが……皮肉だな」


ルシアはほんの少し微笑んだ。

「私たちは受け入れるしかなかった。諦めることで、シェルターを守ってきた。でも、あなたたちはそうじゃなかった。その命を懸けて、忘れられた記録と一人の男を連れてきてくれた」


「好きにしろ……オレたちは自分の“意味”のために命を懸ける、それだけだ」

ケイはルシアに背を向け、管理棟の出口へと向かう。


「二人とも……ありがとう」

彼女はこれまでの経緯と心に秘めた想いを解き放った。

周りに居た警備員たちも、管理棟の役員たちも皆が彼女の想いを聴き、驚き、涙ぐみ、互いに肩を寄せ合っていた。


そして――彼女は仲間たちと視線を交わし力強い声で答えた。

「……あの男、ゲイリー・ダグラスの意識が戻るのも近いでしょう。それまで、あなたたちは身体を休めてください。私も、私たちも……前に進むために……みんな!ディープホローの各管理者へ通達してちょうだい!」

管理者ルシア、語られなかった真実。

シェルター51に来た時の違和感。

彼らの視線の理由が語られる。

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