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記録32 深淵より昇れ―焼き尽くせ、進化の亡霊

壮絶な歴史がこの惑星でも繰り広げられていた。

そしてあっという間に黒蝕はこの星を飲み込んだ。

ここで得た情報、そして生存者から更なる情報を得ることは出来るのか?

シンセサイザー越しにアイの声が響いた。

《ケイ!男の意識が……》


ケイは足早に救護室へと戻った。アイは男のバイタルを診ながらモニタリングを続けていた。

「っケイ……」


音のない空間に、わずかな呼気と電子音だけが漂っていた。


「……ジョン…………みん…な……」

衰弱した男――獣人属両生類(アンフィビアン)の男は、断続的な声でうわごとのように名を呼ぶ。

荒れた呼吸。虚ろな目。だが、その名の中には確かに、ケイたちの追う男の名――ジョン・ジョーが含まれていた。


「……ジョンだと?」

「その名、間違いないでしょう。ロビン様のご友人の……」

「……てことは、こいつ……」

ケイが低くつぶやく。


アイが静かに頷いた。

「彼はきっと、ジョンのクルーだったのでしょう。この施設に居たことも、今も生きていたことも――何か、大きな意味があります」


この男の生命を守るため、もはやここに留まることはできない。酸素、電力、全てが限界だ。


「戻るぞ。ディープホロー、シェルター51に!」

「ですが、坑道26は黒蝕に崩落され、今は使用不能です」

「それなら……他のルートを探すしかないな」

ケイが施設全体の構造マップを確認する。

かつて鉱石搬出用に使われていた昇降シャフトが記録に浮上する。

「ここだ。地上に出る搬出口がある。まだ使える可能性がある」


だが、問題はそれだけではなかった。男の生命維持、黒蝕の再侵攻、急変する気候、酸素残量……。それらを突破するために、ケイとアイはシェルター内の作業区画へと向かう。そこで、彼らはある命綱を見つけた。


――シェルター下層・作業機材保管庫

「こいつは……」

ケイが埃まみれのラックから引きずり出したのは、大型の金属フレームだった。


防護スーツにある補助アームスロット――坑道作業時に使用するクアドリスからヒントを得て作成されたヒト用スーツのスロット。そこに装着し、崩落した岩を掴み、搬出し、上下移動を補助するリフトアームを発見した。

「……異星人仕様か。重心が人間型じゃない」

「調整可能です。……このモデルなら適合します」


さらにアイが壁のロックを解いた奥から、銀色に光るプラズマリフレクターを発見する。

「これは……黒蝕に対応するため、異星人たちが持ち込んだ焼却式バリアですね」

「黒蝕を焼き払う……火炎放射より、持続出力に特化したやつだな」


二人はすぐさま装備を整える。

アイは背部補助アームに男を安定姿勢で抱えるスリングユニットを装着。右手には火炎放射器、左手にプラズマリフレクターを装備。

ケイは両手フリーの状態を保ちながら、背部補助アームに火炎放射器とプラズマリフレクターを同時装備。接近戦と指示操作に特化したスタイルを取る。


「これで……強行突破するか」

「了解です。防護服のスペアを彼に着せます」

アイが静かに、男に代替の防護服を着せる。

呼吸器は簡易化されているが、低酸素下でも30分程度の維持が可能。

――この30分に、命をかける。


「ルート確認、出発する――行くぞ、アイ!」

「はい!」





坑道14番ライン――埃と鉄の匂いが混ざった空間を、二人は駆け抜けていく。

だが、すでに黒蝕は気づいていた。


「来たか……ッ!!」


壁のひび割れから、黒い霧があふれ出す。歪んだ形をとりながら、無数の手のように、触手のように、渦を巻いて迫ってくる。ケイが即座に火炎放射器を展開。


「燃えろっ!!」


炎が前方を焼き払い、黒蝕が炭化していく。

だが、その背後からさらに新たな波が続いてくる。


「ケイ、左側面!!」

「リフレクター展開ッ!!」

背部アームが駆動音を立て、プラズマリフレクターが放射される。

灼熱のドームが一瞬で空間を遮断し、黒蝕を弾き飛ばす。


「これは使えますね!このヒトを必ず助けましょう!」

「任せろ、突破口はこっちだ!」


――這い寄る黒蝕、復元する霧、擬態化して迫る怪物たち。

「間違いない、黒蝕が()()してきてる。これは……ただの防衛じゃない。追跡だ!」

ケイが拳を握る。

「オレたちを見ているやつがいる……!」

だが――立ち止まるわけにはいかない。


リフトアームの駆動音が鳴り響き、火炎放射器とリフレクターが黒蝕の進行を押さえつける。


約10分間全速力で傾斜を駆け抜け、ついに昇降リフトまで到達した。これはシェルター51への唯一の道だ。ケイは緊張した面持ちで、手早くBOLR(ボルア)を昇降リフトの電力ユニットに接続し再起動を試みていた。

だが――


「……くそっ、通電しない」

エラーコードが点滅する。


細かくスキャンするとリフトの動力配線はすべて噛みちぎられたように破損していた。

「……まさか、黒蝕が……?これを奴らが?!」

ケイは周囲を見回す。


天井、壁面、リフトの支柱。そこには黒蝕の残滓が絡みつき、まるでリフトが動かぬように封印されたかのようだった。

アイはすでに男をリフト内に収容し、スリングと固定具で壁に括り付けていた。

火炎放射器を構え、外に飛び出す。


「ケイ、時間がありません。ここを死守します!」

彼女はリフレクターを展開し、背後から迫る黒蝕を焼き払う。


蒼白いバリアの放射が炸裂し、黒蝕の波が火花を散らしながら押し返される。だが、その波は止まらない。うねり、巻き上がり、触手のように伸びてくる。


「……くそ、ここを出させる気がないってか……!」


――黒蝕は罠を張っていた。踏み入れた者を、地上に返さない――そう言わんばかりに、全てが仕組まれていた。この黒蝕には、統率された意思がある。本能ではない、明確な“殺意”と“知性”が……。


「くるぞっ!!」

アイとケイが同時に火炎放射を展開。


辺り一面に炎が広がり、黒蝕が火を噛むように弾けては燃え、焼け爛れる。

「……終わらねぇ!!」


その時――昇降リフトの下部で、わずかな機械音が響いた。

《補助電源、起動確認》


「……なんだ?」

BOLR(ボルア)に表示されるログに、ケイは目を凝らす。


その瞬間、通信が割り込んだ。

ザザ……ザザアァッ……

『――わしだッ!お前たち、生きていたのか!?』


「……その声……!」

「ワークショップのじーさん!!」


老店主の声が、ノイズ混じりに通信へと割り込んだ。

『すまん、お前たちが潜ってから4日が経った。酸素はギリギリのはずだ。お前のスーツのビーコンがここに反応してな……補助電源を再送信した。急げ、今がチャンスだ!』


「ナイスだ、じーさん!!」

ケイとアイは同時にリフトへ飛び乗る。


しかし――ッ!?

リフトが突如、数百メートル上ったとたん再び制御不能に陥り停止した。


「……なに!?」

ケイがリフト下を見下ろす。


深淵――闇の底から、うめき声が響いた。

「……あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」

「……なんだあいつっ」

床面が抉れリフトの金属が突き破られる。


“それ”は現れた。黒蝕の中から、焼け焦げたような腕。皮膚は黒く、再生と崩壊を繰り返し、顔はもはやヒトではない。


「なん……だ。これは……?」

ケイが目を見開く。


それは黒蝕ではなかった。否、黒蝕に喰われた異星人のなれの果て――そして、この人種は……。

「こいつ……爬虫類(レプティリアン)の遺伝子を喰ったのか!!」

「黒蝕が、爬虫類(レプティリアン)の生体そのものを取り込んで再構築しています!!」

「つまり、黒蝕がヒトを捕食して融合?いや、進化したのか……!?」


バケモノが叫ぶ。

「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!」


ケイが即座に火炎放射器を構え、最大出力で照射。

「燃えろォオオッ!!」


灼熱の炎が、バケモノを焼く。だがそれは燃えながらも突き進み、なおもリフトにしがみついてくる。

「……逃げねぇ!?」


ケイが奥歯を噛み締め――右手を前へ。

「だったら、使わせてもらう!……あああっ!」

シンセサイザーが同調し、隈が広がる。

背部に備えた火炎放射器から放たれたフルパワーの炎を操作し、バケモノに纏わせる。


「――燃え尽きろ!!」

火炎がねじれ、炎がバケモノを包み込み――咆哮とともに、黒蝕霧へと散っていった。

「バァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ……――!!」


「ふぅ……終わったか……」

「……やりましたね」

霧散し消えて暗黒の地下に落ちていくバケモノを見届けると。リフトが再び上がり始めた。


だが、そう思ったのもつかの間。

ズル――……壁にへばりついた黒蝕が辺りを舞うと、その中からバケモノが突然姿を現した。


「な……んだとっ!?」

ケイが思わず距離を取る。

「……転移……!?黒蝕の中を……移動してるのか!!」


「ケイ、私に任せてください!」

アイは――防護服に手をかける。

ケイは振り返り、思わず目を見開く。

「アイ……防護服、脱ぐなッ!」

「心配ありません。私はヒトの肉体ではない。高温、低酸素、腐蝕性……すべて耐性があります。けれど――」

そう言って、彼女は防護服のロックを解除し、ゆっくりと脱ぎ捨てた。

「今のこの身体じゃないと“あれ”には届かない……!」


全身の人工皮膚を通して、薄紫の光が走る。

血管のような回路が、皮下で蒼紫に発光しはじめる。


「核融合炉、臨界モードへ――起動」


Vooooooooo……


周囲の空気が圧縮されるように歪む。アイの両手に全身の光が集約されていく。

黒蝕とヒトとの融合体が再びリフトに迫る。怨嗟のような咆哮が深淵を満たしていた。


「……ケイ、彼を守って。リフトの崩壊もあなたの力で抑えて!」

「……っ、任せろ!!」

ケイは力を込めてリフトの周囲を制御する。見えない空気の層がリフト全体を包むように伸びた。


そして――

「……燃え尽きろ」

アイの瞳が白く染まり、両手から――閃光が放たれた。


――!!!!


濁流のような蒼紫の光が黒蝕と融合体を飲み込む。深淵に光が走り、無数の叫びが響く。

「オギャ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ァアアアアアアア!!!!」


瞬間、融合体の肉体が崩れ、燃え上がり、灰となって吹き飛んだ。黒蝕の霧もろとも、一瞬で蒸散する。

だが、その爆発はそれだけに収まらなかった。昇降リフトの真下で生まれた爆風が、逆流するように上昇を始める。


「来るぞ!!」

ケイは全身に力を込め、リフトの分解を抑え込むように能力を放出。

「ぶっ壊れるな……っ!!」


――ッ!!


ロケットのような轟音と共に、昇降リフトは一気に上層部へと突き上がる。ケイは男を腕に抱え、スリングを死守しながら、リフトの天井を見据えた。


「あと少し……!」


全身を震わせながら、金属の壁を突き抜け――地上の扉が吹き飛んだ。


外光が死角を刺激した。空調管理された冷たい風。

リフトがディープホローへと躍り出る。


「ハァ……ハァ……ッ!」


だがその瞬間、背後で轟音が響いた。

ケイが後ろを振り向いた時、通用口から激しい炎が噴き出し昇降リフトのシャフトが崩れ、溶け始めていた。


「……!」


黒蝕。そしてアイの閃光が残した灼熱によって、坑道そのものが融解しはじめていた。

通路が、塞がっていく。


「……ここからじゃ、戻れねぇな。だが、あいつらもここまで追っては来れないだろう……」

ケイは、崩れていく昇降口を見つめ、低く呟いた。


その時――バチッと音を立てて、アイの身体が崩れかける。

「アイ――!!」


彼女は膝をつき、煙を上げながら微かに笑った。

「……心配いりません。核融合の再安定処理に時間がかかるだけです」

「……すまない」


ケイはしゃがみ込み、彼女の両手を握りその手のひらを見た。

「よくやった……お前がいなきゃ、俺もこいつも燃えて終わってた」


アイは目を細め、静かに頷いた。

「……ええ。彼が繋いできた命です……絶対に無駄にするわけには」

「ああ、そうだな。居住区まで少しだ、急ごう」

ケイは男を背負うと歩き始めた。




――監視カメラのオペレーターは息を吞んだ。

突如として映像に映るのは、封鎖された地下研究施設に繋がる専用リフト通用口をぶち破る蒼い閃光。そして、埃まみれのケイとアイの姿だった。


《……あいつらが……あいつらが、帰ってきました!!》

誰ともなく呟かれるその言葉が、静寂のシェルターに響いた。

「……待て、本当に生きて帰ってきたのか?」

「嘘だろ?……そんな馬鹿な」

「いや、黒蝕じゃないのか?」

そして――その中に違う反応を示すものが一人。

「……くっくっく、はっはっはっは!本当に成し遂げやがった!!あいつらっ!!」

ワークショップの老店主は防塵マスクを外し、目を輝かせながら声を上げた。

ついにシェルター51まで戻ってきた二人。

アイの力が無ければ決して生還することは出来なかっただろう。黒蝕は更なる猛威を振るい、そして聴いたこともないバケモノが目の前に現れた。あれはなんだったのか?

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