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記録31 箱舟計画

おまたせしました!

惑星ノクス・ヴェルム編の大事な1話になります。

是非、一緒に探求者となってください。

――静かな脈動。

微かに震えるような大気のうねりが、空間に澱んだ埃を舞わせていた。

プランテーションの奥、密かに隔てられた側道を抜けた先。ケイはそこに、不自然なほど整ったフロアを見た。


「……明らかに、採掘施設の一部じゃないな。こんな中枢、見たことがない」


この空間には採掘の名残はなかった。

足元の床は、他とは異なる合金で成型され、機械の振動が吸収されるようにわずかに沈む。両脇には、使われなくなったモジュール式の制御卓が並び、室内の中央にそびえるように一基の巨大端末――黒く塗り潰された鏡面の壁が存在していた。それは、ディスプレイのようでありながら、ただの映像装置ではない。黒曜石のように滑らかな表面。どこまでも深い黒が、虚無のように空間を呑み込んでいた。


ケイはBOLRを起動し、残り少ない酸素ランタンを一本、天井の梁に引っ掛けて淡い光を確保する。空気は異様な静けさを孕んでおり、どこかでこのフロアだけが眠っていたような気配があった。


「……さっきから、音がしないな」


耳を澄ませば、わずかに低周波のような空気のうねりが聞こえる。まるでこの施設全体が、鼓動のような信号を地下に向けて発信し続けているようだった。


ケイは中央の端末にBOLRのインターフェースを接続し、刺激を加える。一瞬だけ端末が反応したように見えたが、すぐに沈黙した。起動には何かが足りない。


「……電力か、もしくは認証情報か……」


部屋の奥の長机には、埃を被った資料の束が並んでいた。紙媒体はほぼ存在せず、ほとんどが薄型データプレート、もしくはレンズ型の記録装置だった。だが、そのほとんどが破損し、今すぐ閲覧できるものは限られていた。


ケイは慎重に端末のコードを組み替えながら、BOLRを接続したままにしておく。内部バッテリーを電力供給に転用し、起動を補助する――この方法でどこまで耐えられるかは不明だが、それしか手はなかった。


BOLRが解析している間にケイはしらみ潰しに室内を調べ上げた。卓上にはデータプレート、レンズ型記録装置、小型サンプルケース――そして、ある強固なケースの中に粉塵を被った一本の“黒い鉱石”を見つけた。


ケイはそれに目を止めた。

「……ウムブライト?」


だが、どこか違う。

色は濃く、表面がわずかに“濡れている”ような光沢を放っていた。

岩というよりも、生き物の皮膚のような……その質感に、ケイは微かな嫌悪を覚えた。



やがて数時間後、沈黙していた巨大端末の一角に、かすかに光が灯る。壁面のようだった黒い鏡が、一瞬波打ち、そこにホログラムのようなインターフェースが浮かび上がった。


「……起きた、か」

ケイは端末に近づき、表示されたフォルダ群を開いていく。


残された時間は、BOLRが持ちこたえられる30〜40分。全ては拾いきれない。だが“核”になる情報は、ここにある気がした。





──ノクス・ヴェルム

かつてこの惑星は、銀河系辺境の資源惑星のひとつに過ぎなかった。大気は薄く、恒星放射は弱く、文明発展には不向きとされたこの星は、数百年前、ある鉱石の発見によってその運命を大きく変える。


『ウムブライト』――希少かつ異常なエネルギー反応を持つ、未知の鉱物。


この鉱石は、単なる資源としてではなく、熱変換・波動共鳴・生体適応性など多様な性質を併せ持っていた超高密度の化石燃料鉱石であり、極めて効率の良いエネルギー変換資源として注目された。

やがてウムブライト採掘のために、地中深くへと掘り進める坑道網が形成され、都市機能を内包した採掘拠点が次々と築かれた。

いつしか、ノクス・ヴェルムには、各星域から研究者や技術者が流入し、資源採掘コロニーとして爆発的に発展する。

これが、この惑星における第一次エネルギー革命だった。


次に訪れたのは、第二次エネルギー革命。ウムブライトの精製技術が進み、そのエネルギーを人工的に制御する『ウムラリアン・ドライブ』が実用化されると、この星は、単なる採掘場ではなくなった。


だが――

ある時期から研究者たちは坑道内部にある“奇妙な空洞”が点在することに着目した。それはクアドリス達がウムブライト鉱石を採掘するのに目印にしていた。

その円形にえぐり取られたような空洞は、内部に粘性のある気体がたまり、強烈な発酵臭を放っていた。当初は地層の変性、地熱異常や天然ガスとみなされたが、実際にはそれらではなかった。


それは、黒蝕の“繁殖と排泄”の痕跡だった。


黒蝕――ウムブライト鉱石に寄生し、それを栄養源として摂取し、変質させ、ガス状の副産物を排泄する微生物群。

その副産物こそが、のちに『燃素フロギストン』と命名されることになる。それは、どの惑星にも存在しない超微量で超高エネルギー効率のガス状物質だった。高濃度の圧縮状態では、常温で点火する爆発性を持ち、わずか数mlで惑星間航行エンジンの稼働を可能にするエネルギー密度を誇った。

科学者たちは狂喜した。この物質は「神が与えた燃料」だとさえ呼ばれた。


ケイのゴーグルに、光の文字列が流れ込む。


G.C12年:異星合同技術連合、ノクスヴェルムへ入植。

目的:惑星深層部のエネルギー資源“ウムブライト”の採掘と研究。

副次目的:黒蝕の制御と、燃素(フロギストン)の安定生成実験。


「……燃素(フロギストン)……黒蝕と、ウムブライト……全部繋がってたのか」

思い出す。ケイとアイが通ってきた坑道。

円形にえぐられた奇妙な空洞――それは黒蝕がウムブライトを喰らい、繁殖と排泄を繰り返した痕跡だった。


こうして訪れたのが――第三次エネルギー革命。

「だから……黒蝕を制御しようとしたんだな」


――だが記録はそこから“歪み”始める。


G.C14年:黒蝕制御、失敗。

黒蝕:異常増殖フェーズに突入。

ARK(アーク)プロジェクト:箱舟計画、フェーズβへ移行。


フェーズβ――

それは、この星そのものを喰らわせて、エネルギーを収穫するという狂気の方針だった。

黒蝕は、繁殖させ星を食わせる対象となったのだ。


「アークプロジェクト…………?」


G.C15年:黒蝕、反応暴走。

採掘区画の32%が占拠され、フロギストン収率は1.7倍に上昇。だが、黒蝕の制御が不能に近づき『ARK(アーク)プロジェクト:箱舟計画』は打ち切りに近い状態へ……。


映し出される最後の映像記録。逃げ惑う異星人たちの背に、うごめく黒い“潮”が襲いかかる。――それは“滅びの記録”だった。そして、その記録は静かに消えた。

ケイは苦虫を噛み締めた様な顔で端末に両手を添え、無言でうつむいた。




しかし、数秒後──画面がざらつきながら、ある機密ログが立ち上がる。

そこに記されていたのは、『URC(アーク)――Unified Reformation Cell』の名だった。


URC(アーク)プロジェクト

開発項目:生体適応型進化促進装置-万能再生細胞

目的:銀河全域における適応限界を打破する進化誘導技術の確立

副作用:不明(接触対象に高確率で精神混濁、細胞崩壊、増殖因子暴走を確認)


「……URC(アーク)……ここで、黒蝕の研究の陰でアークを」

ケイは呟く。


この研究所はつまり、M110(エルドラード)で発展した進化理論の後継として、一部の科学者たちが秘密裏に設立した独立機関だった可能性がある。ギルガメシュ、惑星連合ヘラの双方に非公式で協力関係を持ち、複数の星域で研究拠点を展開していたようだ。

ノクス・ヴェルムは、その壮大な実験場となった。しかも、実験段階ではなく実用段階にまで到達していたと記録にはあった。


ケイは生唾を飲み込むと、最後のログを開く。

そこには、この研究施設の職員による断片的な音声記録と共に、警告メッセージが残されていた。


「我々は扉を開けてしまった……黒蝕は“結果”ではない、いまだ“過程”にすぎない」

URC(アーク)は死を超える。進化のその先、命の原型すら捨て去った存在へと変貌する……」

「この星はもう、器ではない。我々の手に負える領域ではなかったのだ」



静かに、ログは終了した。

BOLRのバッテリーが限界に達し、ディスプレイが明滅を始める。


ケイは背を預け、長く息を吐いた。

「……チッ。結局、どこまでが本当の話なんだ」


だが、この目で見てきた“黒蝕”の変化、擬態、再生能力。

そして人間すら模すような構造を見たとき、その全てが――実験の果てにある“進化”だったとしたら。


「……いったい何を造ろうとしていた……?」


静まり返った室内に、再び砂埃が舞う。

ケイは立ち上がり、BOLRを回収し、最奥の通路へと足を向けた。


――まだ、この施設の全てを見たわけじゃない。

だが確かに、この星は過去の実験場ではなく、

今も進行中の何かが、蠢いているのか。

ついに、惑星ノクス・ヴェルムの歴史と影が明らかになってきましたね。

この先の運命はどう転がっていくのか。

一緒に見届けましょう。

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