記録30 地下に灯る命
お待たせしました!
キャンプとした地下シェルターでは何がまっているのか?
お楽しみください。
ウムブライト採掘場跡――
その構造物の内部は、まるで時間ごと封じられていたような空間だった。酸素濃度は低く、空気には鉱物由来の乾いた鉄の匂いが混じる。埃は厚く降り積もり、かつて人の営みがあった気配だけが、かろうじて残されていた。
ケイとアイは第1ブロックのロッカールームから調査を開始した。この区画は外坑作業者が出入りするための準備区域だったらしく、老朽化した防護スーツやシャワールーム、簡素な洗濯機器などが並ぶ。
ロッカーの扉はいくつも歪み、内部には使い古された作業着や認証カードが残されている。中には、名前の書かれたプレートや写真付きの個人IDが付いたままのものもあった。
「作業記録の端末……ログは――G.C20年止まりですね」
アイが端末を操作しながら呟く。
「5年前……この星の住人にとっては、12〜13年も前ってことか」
「ええ。時間の流れの差が、環境の変化をより強調しているのかもしれません」
第1ブロックには他に目立った設備はなく、二人は第2ブロックへと進む。
そこは中央エントランスを兼ねたスタッフフロアだった。作業管理ボードが壁に並び、古びた端末と酸化したファイルラックが散乱している。天井からは配線が垂れ、床には紙くずや破れた帳簿が水分を吸って沈んでいた。だが、確かに“人の生活”があった痕跡は、ここに息づいていた。
「このフロア……やたらと人の匂いが残ってるな」
「居住スペースに近かったからでしょう。ここの空間は……記録よりも“生活”の名残が色濃いですね」
アイがBOLRを展開し、周囲をスキャンする。レーザー格子がブロック全体を照射し、3Dマッピングが立ち上がる。
その時だった、ボルアの画面に、微弱な反応が浮かび上がる。
《第三ブロック:微弱生体反応検出……脈動あり/活動低下傾向》
ケイとアイは顔を見合わせる。
「この中に誰か、生きてるのか……?」
ふたりは慎重に第3ブロックへの扉へと向かう。そこは、居住区として設計された強化フロアだった。
明らかに何らかの事態に備えて閉ざされていた。より強固で、半円状に閉じられている。表面には酸化した痕跡があり、開かれた形跡がない。
しかし、アイが壁面パネルを調べ、カバーを外すと、内部に設けられた小型の配線束が露出する。その中の一本に、かろうじて残された動力が微かに流れていた。
「……この奥にアクセスユニットが埋まってますね。直接コードを接続します」
そこから一本を選び、BOLRの端子を接続。
「暗号コード抽出……成功。開錠します」
重い音と共に扉が開いた。中は、薄暗く、空気が淀んでいた。
「酸素濃度は8.3%、この居住区の酸素濃度だけは何とか維持されてきたようです」
ケイは片手にナイフを構え身長に歩を進める。反応が検知された部屋を覗き込む。照明をあてると
室内の片隅――床に、小さな毛布が崩れ落ちるように掛けられていた。その下には、衰弱した獣人属両生類の男がうずくまっていた。
経鼻酸素マスクを直接配管に接続し辛うじて呼吸を保っている。防護服は室内に脱ぎ捨てられており、毛布を引き寄せるように握りしめ、薄く開いた瞳は焦点を結んでいない。口元は乾き、頬はこけ、体は痩せ細っていた。散乱した食糧パック、転がった水筒、割れた栄養剤の容器。それらは、彼が長きにわたり生き延びようとした“証拠”だった。
「……まだ、息してる」
「脈拍、かなり早い。皮膚乾燥、唇チアノーゼ、強度の脱水症状。意識レベル、混濁――即時、応急手当が必要です」
アイは素早く男に駆け寄り、バイタルサインから全身状態を診る。
「救護室は――?」
「マッピングによれば、第2ブロックの北端にあります。すぐに運びましょう」
ケイが男を背負い、アイは周囲を警戒しながら慎重に歩を進めた。
救護室には、簡易の医療装置が残っていた。すでに自動機能は失われていたが、予備の電力ユニットを接続することで再起動できた。アイが手動で補液ラインを確保し、外部から持ち込んだ医療パックで、男の体にわずかながら水分と栄養が送り込まれる。
その間、ケイは周囲の探索をしていた。
「食糧……残ってるな。栄養剤、保存食、ジュース用の濃縮サプリ……これで生き延びてたってわけか」
「この設備……居住区のさらに奥、第4ブロックにプランテーションがあるようです」
「なるほど、少し様子をみてくる」
ケイはそう言うと居住区奥を確認する。
そして、その“証拠”を発見する。必要最低限の生育環境を循環させたプランテーションがそこにあった。野菜の栽培ポッド。乾燥昆虫の養殖ケース。水循環機能付きの温室ユニット。その全てが、ゆっくりとだが今も稼働していた。
「ここで、栽培まで……」
ケイは手に取った野菜の端をちぎり、匂いを嗅ぐ。
保存状態は悪くないが……。
「こりゃ“食い物”って呼んでいいのか?」
この拠点は確かに封鎖されていた。だが、過去にこの地中深くで確かに生活と鉱業を共にしていた。そして、異星人たちが生活できるように管理が行き届いた小さな宇宙ステーションとも言える設備が整っている。
「とはいえ、こんな環境で……13年も生き延びたってのか……」
ケイは呆然と呟く。
シンセサイザーを通してアイの通信が入る。
アイが毛布を直し、装置の状態を確認しながら呟く。
《生体反応、安定傾向。ですが、まだ予断を許しません。今夜はここで待機を――》
ケイとアイは、交代で休息を取りながら男の容態を看た。
ケイは荷物を解き、レーションを食べ始める。
「俺たちも、充電と補給が必要だな……アイ、向こうから使えそうな素材をいくつか持って来た。サプリを一つくれ」
「どうぞ。低酸素下では消化に負荷がかかります。液体栄養が最適です」
エネルギー補充のため、持ち込んだレーションと、ここのキッチンに残された濃縮栄養サーバーを起動。低酸素環境に合わせたジュースとサプリメントを生成し、マスクをつけたまま摂取できる専用のボトルを頬部に接続し摂取した。
静かに、時間が流れていく。
第3ブロックに灯る酸素ランタンの淡い光だけが、ケイたちと“この星の記憶”を静かに照らしていた
男の体に繋がれた補液チューブが、ゆっくりと揺れていた。
生命維持装置のようなものは存在せず、全てはアイの手で繋がれた簡易処置によるものだ。だが、その効果は確かだった。
そして夜が明け――
沈黙の中、男のまぶたがかすかに動いた。
「……バイタル、安定傾向です」
アイが男の額に貼り付けたセンサーを確認し、淡々と報告する。
「脈拍はまだ不安定ですが、正常化しつつあります。……この環境が、なんとか一人の命を繋いできたんですね」
酸素の薄い空間、湿った冷気、朽ちた装置の隙間を縫うように、彼はここで生き延びていた。
「……どれだけ孤独だったとしても、諦めなかったってことだな」
ケイが呟いた。
照明の光が彼のゴーグルをかすかに反射する。
男の表情はまだ昏いままだが、呼吸は確実に戻ってきていた。
「落ち着きつつあるなら、あと1日はしっかり管理してくれ。酸素濃度もかなり薄い。俺たちのボンベの残量も、そう余裕はない」
「了解です。モニタリングを継続し、酸素残量と体温維持に注力します」
アイは頷き、機材のチェックに移った。
ケイは壁にもたれた姿勢のまま、静かに視線を遠くへと移す。
やがて、決意のような響きを声に乗せて口を開いた。
「……俺は、あと半日でできる限りの情報を洗ってみる。ここのデータ、残されたログ、異星人たちの痕跡――なんでもいい。ヒントになるものがあれば、拾っておきたい」
アイはケイの意図をすぐに理解し、静かに応じる。
「私は、この坑道から地上へのルートを精査します」
彼女はBOLRの再スキャン準備を始めながら言葉を続ける。
「私たちは封鎖された坑道26から進入し、その後、黒蝕が開けた“穴”に誘導されてルートを外れました。つまり――」
「つまり、ここから別ルートで地上へ出られる道があるってことだ」
ケイが言葉を継いだ。
「この採掘場跡はただの廃坑じゃない。異星人たちがシェルターとして転用してた痕跡がある。構造物の素材、接続端末、レイアウト……クアドリスのものとは明らかに異なる」
彼は天井を一瞥する。
「特殊な人種でない異星人が、ここまで効率よく行き来するには、それなりの移動手段が必要だったはずだ」
「それが使える状態で残されていれば、この男を地上まで安全に搬送できる可能性もありますね」
アイの目が、かすかに揺れた。
「……そうだ。適切な治療が必要だ。ここで息を引き取らせるわけにはいかない」
会話はそれ以上、交わされなかった。
だが、その“命”を繋いだ場所が、今や次の扉へと繋がる鍵となり得ることを、彼らは信じ始めていた。
そしてその先には、この星の“真実”に触れる扉が、確かに存在している。
男は限界環境化で数年に渡りいかにしてここで生活してきたのか?
ログを見る限りジョン・ジョーの関係者の可能性が高い。
彼を救うことは出来るのか?
そしてここでは一体何が起きたのか?




