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記録27 脈動する闇(前編)

記録27 改稿しました!(R7/3/25)


ケイとアイは淡々と坑道の奥深くへと進んでいく。

坑道の奥へ、奥へと、二人の影が沈んでいく。

かすかな足音と、装備が擦れる音だけが暗闇に響いていた。


「……アイ、今の聞こえたか」

ケイが囁くように言う。


アイは首を傾ける。

「……異常音を検知しました。深部、おそらくこの先40メートル以内です」


ゴウン……ズズズ……と、まるで何かが沈むような、重く鈍い音が時折響いてくる。

生命体の息づかいにも似ているが、明確な生体反応はない。だが、機械の動きとも違う。


「……鼓動、か」

ケイの言葉に、アイも目を細めた。

「何かが、動いています。質量不明、構造不明。けれど……この坑道の空気が、少しずつ震えている」


そこは、クアドリスの掘削部隊がかつて掘り進んだ“第26深層ルート”。

周囲の岩壁は湿っており、足元には水が滴る音が響いていた。


「……滑るなよ」

「ええ。滑落したら、回収は困難です」


彼らの足元に広がるのは、天然の岩棚と人工の足場が交互に組まれた複雑な地形。落ちれば数十メートル先の暗い水路へ叩きつけられる。そのまま流されれば、助かる保証はない。

クアドリスなら這い回れる坑道でも、二足歩行のヒト型には過酷すぎる構造だった。


ケイは腰のポーチから酸素ランタンを取り出し、岩棚のフックにひとつ設置する。ランタンが淡く点灯し、周囲に酸素の“安全圏”を確保する。


「安全圏、設置完了。次に進みましょう」

BOLR(ボルア)、進行ルートを照射」


ポーチ内で起動中のBOLR(ボルア)が、壁の地図とシンクロし、進行ルートを点滅光で照らし出す。ケイはその先へ、火炎放射器のノズルを向けて慎重に進む。アイは後方に意識を向け、定期的に周囲の空気の揺らぎをスキャン。

二人は言葉を交わさず、手信号だけで意思を伝えながら前進していく。


そして――


「……もうすぐ、音源エリアに到達します」


アイの警告と同時に、空気がわずかに揺れた。

この星に生きる何かが、彼らの侵入を感じ取っているようだった。





アイの視線がBOLR(ボルア)のマップに吸い寄せられる。


「……ケイ、3Dマップに存在しない通路を検知しました」


「なんだと?」


ケイが足を止め、膝をつく。手のひらで床をなぞるように確認し、壁面に指を当てる。


そこには、まるで空間が捻じ曲がったような、不自然な隙間がぽっかりと口を開けていた。

見た目は自然な岩壁に見えるが、そこだけ空気の流れが違う。湿気も、温度も――僅かに低い。


「……この壁。さっきの“音”の直後に、開いたってことか?」


通路の入口付近には、ぼんやりと残る痕跡があった。

それは泥に沈んだような“踏み跡”のようにも見える――が、黒蝕の動きとは明らかに異なる。


「導かれてる……ってことか」

ケイが、警戒と困惑の混じった声で呟く。


彼はゆっくりと腰を上げ、通路の先を覗き込む。


その先は――


まるで地の底へと穿たれたブラックホールのような縦穴だった。

クアドリスが掘り進めた坑道の構造とも、補強された足場も、何一つ存在しない。

ただ、重力のままに、真っ逆さまに飲み込まれそうな穴。


「……安全なんてあったもんじゃないな」

ケイは言うなり、ポーチから酸素ランタンを取り出した。


「深さ、測ってみるぞ」

スイッチを入れたランタンが青白く点滅を始める。

ケイはそれを、迷いもなく穴の中へ放った。


――……。


乾いた音と共に、ランタンは壁を何度も跳ね返りながら落ちていく。

その光が、断続的に闇を照らし、徐々に遠ざかっていった。


数秒後――


鈍い衝突音とともに、地の底で光が一瞬、明滅した。

そして、それきり暗闇に飲まれて消えた。


「……着地したな。転がった音がした。底は……ある」


アイが即座に計算を開始する。瞳の奥で高速回転するデータ解析の光。

「ノクス・ヴェルムの重力値、ランタンの質量、落下時間を基に算出……」


そして、静かに言った。

「深さ、およそ500mです」


ケイは、口元だけで薄く笑った。

「真っ直ぐな落下じゃない……途中に棚や段差もあるってことか」

「はい。落下構造は不規則。自然地形ではありません。おそらく――」


「“誰か”が、掘ったか……あるいは“何か”がな」

彼の瞳が深淵を見据えた。


その縦穴の先に待つのは、ただの空間ではない。

星の記憶か、誰かの残した意志か、それとも――

BOLR(ボルア)が僅かに進行方向を誤認するように点滅を繰り返していた。

穿たれた大穴の先には??

後編お楽しみに!

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