記録22 見えざる監視者
お待たせしました。
ノクス・ヴェルム編始動します。
こちら、記録22から以降の物語を改稿しております。
ご了承ください。
ディープホローの街は、深い沈黙と霞がかった霧に包まれていた。
ここはシェルター51——かつてこの惑星に存在した200を超える地下シェルターのひとつ。黒蝕の侵食により、多くのシェルターは機能を失い、今なお稼働しているのはその半数にも満たない。このシェルターもまた、幾度もの修繕を重ね、崩壊寸前の均衡を保つのが精いっぱいなのだろう。人々が肩を寄せ合い、静かに生き延びるための場所になっていた。
ケイとアイは、宿で最低限の荷を下ろすと、街を歩き出した。
人工照明が照らす通路は、薄暗く、昼夜の区別すら曖昧だ。異星人の姿はなく、ここの先住民族である甲人属有副肢類しかいない。彼らの進化した四肢は坑道や垂直通路を自在に行き来させ、アリの巣のようなこの都市構造を支えていた。地表からの入り口は限られているものの、地下には無数の坑道が迷路のように広がっており、一般のヒトには到底理解し難い構造になっていた。
このシェルターの機密性は異様なほど高かった。通常ならば、シェルター外壁を黒蝕が擦る音や、ゆっくりと侵食するかすかな蠢きが聞こえてもおかしくない。しかし、ここではそんな音は一切聞こえなかった。まるで、シェルター全体が静寂の檻に閉じ込められているかのようだった。
唯一聞こえるのは、住民がシェルターを歩く足音、金属を加工する作業音、そして深部から微かに響く採掘の音だけだった。人々はあまりに静かに、そして機械的に行動している。異様な違和感がケイの背筋をなぞる。
シェルターの内部はかつての強固な建材の上に何度も修繕が施され、継ぎ接ぎだらけの壁面が異様な雰囲気を醸し出している。街路は岩盤を削って造られたため、不規則な形状のまま。中央のメインストリートは広く、物資運搬用のトラックが通れるようになっているが、それ以外の細い路地は暗く狭い。住人たちは足早に歩き、視線を合わせることすら避けるように見えた。
二人は情報収集のために市場へと訪れた。重苦しい空気が二人を迎える。
どこかぎこちない静けさ。物音すら控えめに、クアドリスたちは無言で取引を行い、異邦人である二人を横目に見ている。その視線を遠くから感じるが振り返っても目が合うことはなかった。
そして、陰から「また……」「……気にするな」「関係を持つな…」などという会話の端が微かに聴こえた。
ケイは店先に並ぶ鉱石の一つを手に取った。粘性のある濃青色の石。それはおそらく食用で、クアドリスたちの主食だ。彼らはこの資源の限られた環境下で、それらからミネラルなどの必要な栄養素を摂取して生存して来たのだ。
しかし、店主は、何も言わず目をそらした。
「……どいつもこいつも壁みたいな顔してるな」
ケイが呟いたときだった。
「ケイ、端末を見つけました。物流・統治系のアクセスができるようです」
アイが公共端末のひとつに向かい、BOLAを接続する。
ケイもその背中を追うように近づいた。
この端末はもともと利用者記録を確認したり、この複雑な迷路のような市場で商品を簡単に検索するためのものでもある。しかし、二人が欲しいのは単純な情報ではない。ここのシェルターの環境や管理システム、そして、シェルター外部の情報などである。
「市場の物流は一定の頻度で維持されていますが……」
アイは端末を操作しながら続ける。
クアドリスたちはちらりとケイたちを見るが、すぐに何事もなかったように視線をそらす。まるで“余計なことには関わりたくない”と言わんばかりだった。
「……外部訪問者の記録が、消されてる」
「ジョン・ジョーがこの星に来たことは疑いようがありません。ですがその記録も、私たちの着陸記録すらもありません」
ケイは険しい表情を浮かべる。
「……誰かが意図的に改ざんしてるってことか」
「……何かが見張っている」
誰か、もしくは何かが、住民たちの行動を監視・制限しているような違和感。
「このシェルターの管理者に面会が出来ると良いけどな……」
「……可能性は低いですが、行ってみましょう」
――ディープホローの奥部、シェルター51の管理棟は、街の中心に位置していた。市場とは異なり、ここは完全に近い静寂に包まれ、人工的な空気の流れがケイの嗅覚を刺激した。
二人が近づくと、武装した門番が立ち並び、無言のまま睨みつけた。彼らの手には、通常の銃器ではなく、長いノズルが付いた黒い装置が握られていた。
「……火炎放射器だな?」
ケイが呟くと、アイのスキャン結果がすぐに表示された。
“高濃度酸素噴射型焼却装置。黒蝕の浄化に使用”
「黒蝕焼却装置、ですね」
「なるほどね……」
ケイは微かに口角を上げた。
黒蝕に対する即効性のある武器が存在している。対応策が全くなければとっくにこの惑星は滅んでいる。が、シェルター内でも武装している必要性がある事実がこの星の過酷さを物語っていた。
「用件は?」
門番の一人が無感情に問いかける。
「管理者に会いたい」
ケイが率直に申し出ると、門番は鼻で笑った。
「外部の者がに会えると思うか?」
「試すだけならタダだろ」
「……無駄だ、帰れ」
一蹴された。取りつく島もない。
「……ジョン・ジョーの名を知っているか?」
門番はケイの言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ手に力を込めた。
グローブ越しに鳴る、関節の不気味な音が沈黙を支配する。
——知っている。
その反応だけで十分理解できた。
「……そんな者は知らない」
だが、すぐに冷徹な声が返ってきた。
その時、管理内から女性の怒声が響いてくる。
「……シェルター31が陥落したって、本当か!? ……確認は? ……クソッ、どうして報告が遅れた?」
その声を聴いた門番の目元がピクリと動いた。明らかに動揺している様である。
「そうか」
ケイは静かに後ろを向いた。
アイが去り際に囁く。
「彼らは明らかに動揺していました」
「…あぁ」
彼らはジョン・ジョーを知っている。
だが、話せない理由がある。
住民たちが遠巻きにこちらを見ている。
まるで——「やめろ」「関わるな」と警告しているかのように。
「……このシェルターは、何かに怯えています。黒蝕へ対抗手段は少なくとも持っているのに、それ以上の何かを恐れているような……」
ケイは歩きながら視線を街に向ける。
そして、その先で……二人はふと、通路の先に目を奪われた。
小さな影がひとつ。
唯一といっていいほど若いクアドリスの子どもが、誰にも構われず、静かにひとりで遊んでいた。
小さな体を丸め、握った石を壁に転がす。
壁に跳ね返った石を追いかけ、また投げる。ただそれだけの、何の目的もない遊び。
その様子にケイはしばらく目を留めた。
「子どもが……いないのか?」
「……極端に少ないですね。出生率が落ちているのか、あるいは……この環境では、育てられないのかもしれません」
そのときだった。子どもの近くに立っていた老クアドリスが、ゆっくりと二人に歩み寄ってきた。
「……よそ者か。珍しいな。あの子に話しかけようとしてたのか?」
低く掠れた声だった。防塵マスクの奥に潜む目は、歳月を刻んだ深い皺の奥で、なお鋭い光を宿していた。
「いや。見ただけだ」
ケイが短く答える。
「あんたら……いい眼をしてる。目的は、今までの奴等とは少し違うようだな?そこの宿の裏、ワークショップを営んでいる。よければ寄っていけ。お前たちに話すことがある」
老クアドリスはそれだけ言って、背を向けた。
宿へ戻る途中、ケイは振り返って再び子どもを見る。
しかしもうそこには誰もいなかった。
さてさて、怪しいシェルター都市 ディープホロー
住民たちは一体何をそんなに恐れているのか?




