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記録19 墓標に眠るもの

ケイとアイはこの町で何を得るのか?

食事を終えたあと、ロビンが二人を訪ね、ロークの家族の火葬へと案内した。



炎が激しく燃え上がる。

煙とともに、火の粉が空へと舞う。それはまるで燃え上がる羽を広げ、天へと還る鳥のようだった。

鳥人属(ガルーダ)の弔いは、「魂」をスーリヤ――太陽神の元へ送ることを意味する。火葬の際、彼らは静かに翼を広げ、胸の前で交差させる。これは「魂を抱きしめる」意味を持つ儀式だった。


ケイはそれをただ見つめる。

彼には、それが何を意味するのか、深く理解しようという気もなかった。


しかし、ロビンは静かに呟いた。

「魂は(そら)に帰り、肉体は土へと還る……それが俺たちの弔いだ」


ケイは何も言わなかった。

ただ、炎の中で舞い上がる火の粉を眺めながら、頭の奥に何かが疼くのを感じた。燃え上がる炎、漂う死の匂い。戦場で何度も見た光景のはずだった。


それなのに、まるで脳裏の奥底から何かが引きずり出されるように、忘れかけていた記憶が疼く。


“おい……やめろ”


幻覚が視界の端にちらつく。吐き気を覚え、足元がぐらつく。

ケイは耐えられず、その場を後にした。


アイが静かに後を追う。

「……どうしたのですか?」


問いかけるが、ケイは何も言わない。彼女はそれ以上は聞かなかった。

ただ、背中をそっと撫でる。


火葬が終わり、儀式は終焉を迎えた。

ロビンは火の粉が舞い上がる空を見上げ、静かに目を閉じた。

「……グリム、お前はどう感じた?」


ケイは深く息を吐き、ロビンに視線を向けた。

「何も」


ロビンは短く鼻を鳴らし、クチバシの端をわずかに持ち上げた。

「そうか……」


それ以上は何も言わず、ロビンは車へと向かう。

ケイとアイも無言でそれに続き、同乗して町への帰路を共にする。

ロビンの運転する車は、赤茶けた道を走る。揺れる車内。窓の外には、どこまでも続く大地と、遠くの山々。


ロビンは前を見据えたまま、ぽつりと口を開いた。

「アークの話をしようか」


その声には、何かを試すような響きがあった。

ハンドルを握る手に、ほんのわずかに力がこもる。


ケイは窓の外を眺めたまま応えない。

スーリヤが傾き、長い影が道路を斜めに横切っている。燃え残った火葬の煙が、まだ空へと細く立ち昇っていた。


「……グリム、お前はさ」

ロビンは言葉を探すように、一瞬沈黙する。


静かなエンジン音だけが車内に響いた。


「どこまで行くつもりだ?」


ケイは答えない。


男の背中を見て、何を言っても無駄な時があることを知っていた。

それでも、伝えるべきことは伝える。そうするしかないと思っていた。


アイはロビンの言葉に耳を傾け、静かにその意図を探ろうとしていた。


ロビンの低く渋い声が、車内に響く。

「グリム、お前が追ってるものが、どういう代物か……分かってるのか?」


ケイは短く「知るために動いてる」とだけ返す。


「なら、少しは聞け。アークはただの価値ある品なんかじゃない。もっと厄介なシロモノだ」

ロビンは一瞬、バックミラー越しにケイを見た。

「お前がその手で掴む前に、どこまで覚悟があるか……俺はそれを確かめたいんだ」


まだ、ケイは答えない。


アイはただ、無言で会話を記録しながら、"対話"という行為の意味を解析しようとしていた。ロビンの言葉が車内に落ちた時、アイはわずかに視線を上げた。彼女の指が、スカートの上で軽く組まれる。


ロビンの問いは、ただの会話ではなかった。

彼の目はフロントガラス越しに遠くを見据えていたが、その言葉の行き先はケイだけだった。


それでも、ケイは答えない。ロビンの言葉は、今のケイには届かない。ケイの目は相変わらず窓の外を映していたが、何を見ているのかは分からない。


アイは、その様子を観察し続けた。


── これは、"問い"ではなく、"忠告"。

だがケイは、その重みを理解していない。

それどころか、考えようとすらしていない。

ケイの無言は拒絶ではない。ただ、"それどころじゃない"だけなのだ。

今の彼にとって、"アークの先に何があるか"よりも、"生きること"の方が重すぎる。


(この会話の意味を、どれくらい理解しているのか)

アイはひっそりと考える。


人ならば、ここで何と答えるのか。

ロビンは、それを求めていたのか。

── でも、私はアンドロイド。


彼女は目を伏せた。"観察者"の立場でしか、この時間を捉えられない


ロビンは少し言葉を切り、ため息混じりに続ける。

「……お前みたいなやつを、俺は一人知ってる」


ケイは無言のまま、窓の外の景色を眺めていた。


「俺の旧友だ。トレジャーハンターだった。何のあてもなく、ただ『本物』を追い求める生き方をしてた男さ。そいつが……"アーク"の噂を聞いて消えた」


アイがわずかに顔を上げた。

「どこに?」


ロビンは苦笑する。

「沈みゆく星さ。あのビネスですら霞むほどの"犯罪都市"……いや、"崩壊しつつある惑星"だ。救いもなく、ただ闇が支配する場所」


ロビンはバックミラー越しにケイを見た。

「お前、行くのか?」


ケイは静かに目を伏せる。

彼の脳裏には、ロビンの言葉よりも、既に"次の手"が浮かんでいた。





――その頃、エリュシオン跡地。

瓦礫に埋もれたカジノの残骸の中、チア共和国の刑事警察機構の鑑識部の面々が事件の痕跡を探していた。


「……これは、また派手にやったな」

「ですね」

「一体何が起きたのでしょう?」

「……わからない。ただ、5千人もが犠牲になったことは言うまでもない。ファルクナスも逃げ遅れた民間人も……」


そして、堕ちたエリュシオンの最上階で、黒いスーツを着た大男が裾を払う。

目の前には焦げた死体、折れた柱、瓦礫の山。

足元には、風に煽られながら、赤い羽根が一枚落ちていた。


しゃがみ込んで、その羽を拾い上げる。

「……赤羽か」


その後ろから、白兎の獣人属(ビースト)・班長ロナが近づく。

彼女は部下たちを率い、捜査報告を進めていた。


「特殊監察官殿、何かありましたか?」


大男は何も発せず羽を指つまみ、顔も上げずに答える。


「現場に落ちていたものはすべて提示しなさい。いくら特殊監査官殿でも、単独行動は困ります。私はここを任されているロナ。ロナ・エルレインと言います。あなたは?」

強気な言葉とは裏腹に、ロナの声には若干の緊張が滲んでいた。


男はゆっくりと立ち上がる。

ずいっと腰を屈め、サングラスを指で下げると、ロナの目を覗き込んだ。


その瞬間、ロナの体が凍りつく。

背筋を貫くような圧力。

まるで影そのものがのしかかるような感覚。


「……あ、あ、も…申し訳ありません。あな、あなたの名前は?」

ロナは喉が詰まったように息を呑む。

冷や汗が背筋を伝う。


「…ふふ。私ですか。私は、ブレイザー・ドゥーグ。ロウから遣わされた、捜査官、監査官ではありませんよ」

巨体を起こし、サングラスを上げる。彼は獣人属狗科(アヌビス)の黒づくめの捜査官――名をドゥーグと言った。


「は……はい。申し訳ございません、出過ぎた真似を」

ロナはへたりと腰を落とし、彼から目が離せない。


ドゥーグはニヤリと笑い、羽をポケットに突っ込んだ。

「よろしい」

そう言い残し、ゆっくりと背を向ける。


「は、班長!?どうしたんですかっ?」

ロナの部下の一人が彼女の肩を支える。


「い、いや。ただ、ただ、あの目が恐ろしかったんだ。なんだったんだ……。ブレイザー・ドゥーグ…」

彼女は立ち去る男から目が離せなかった。



「これは赤羽が起こした事件ではありませんね……」

ドゥーグはそう呟き、瓦礫を踏みしめながら歩いていく。

そして、瓦礫の山からビネスの空を見上げた。崩れた墓標からはいまだ煙が立ち昇っていた。


そしてーー

「ふむ、地下金庫には、バルハラの痕跡が大量にあるそうだな」

彼の部下の一人が頷く。


「はい、回収作業を進めています。しかし、驚くべき量です……」

「そうか」

ドゥーグはゆっくりと首を回す。

「では、それは全て回収してください。いいですね?」

「はっ!」


ドゥーグのゆったりとした歩行と、その太く緩やかな物言いは、優しさよりも恐怖心を植え付けるような、仄暗い空気を醸し出していた。


「強烈な臭いがしますね……"もっと深い闇に行け"と命じられるような感覚ですねぇ。上に報告しておきなさい。私も次へ向かいましょうか」

一歩、また一歩と歩きながら、ドゥーグはポケットから一本の煙草を取り出した。


ロビン、ケイとアイそれぞれの心模様。

そしてエリュシオンに新しい登場人物が。

捜査官ドゥーグ、彼が今後どのように絡んでくるか乞うご期待!

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