記録14 堕ちた楽園、血塗られた復讐
エリュシオン・パレスの闇
カジノ経営ってどんな感じなんでしょうね?
テーマにしておきながら疑問です。
なんとなく日本ではカジノとか怖い印象があったりしますが、プロもあるくらい世界では素晴らしい競技なんですよね。とは言え大金が動く世界なので、こう言った話にはもってこいかと思います。
ケイは瓦礫の間を駆け抜けた。
崩れた壁、倒壊した柱、ひび割れた天井の破片が雨のように降り注ぐ。炎の残り火がくすぶる床を蹴り、次々と障害を越えていく。建物の奥へと進むにつれ、無惨な光景が広がっていた。
カジノのフロアは完全に破壊されていた。床には無数の死体が散らばり、肢体がバラバラに転がる。内臓が飛び出した者、首が不自然な角度に折れた者、ただの肉塊となった者。そのすべてが、圧倒的な暴力によって蹂躙された証だった。
しかし、その死体の中に鳥人属はいなかった。
倒れているのは異星人ばかり。体毛に覆われた獣人、青白い皮膚を持つ人間、六本足の生命体、無数の触手を持つ海洋種……それらが一様に惨殺され、無惨な姿で転がっていた。このカジノのフロアに、鳥人属はそもそも入ることが許されていなかったのだ。だからこそ、ここにいる者たちは遠慮なく蹂躙された。
『ヘルディバウアー』の破壊痕がそこかしこに刻まれている。壁という壁に巨大な穴が穿たれ、天井が崩落し、キャッシュカウンターやスロットマシンは形を留めていなかった。赤黒い血が至る所に飛び散り、焦げた肉の臭いが鼻を突く。
だが、ケイは立ち止まらない。
血液や髪の毛が焼け焦げる刺激臭が、遠い記憶を呼び覚ました。
——崩壊する街。焼け焦げた建物。悲鳴。飛び散る肉片。凄惨な過去。
それでもケイの足は止まらない。感情の欠片すら浮かばせることなく、彼は次の階へと向かった。
同時刻——外部では、ファルクナス部隊が索敵装置を使い、会長室に三人の存在を検知した。
闇の中から異様な影が現れる。
赤羽の鳥人属。その全身が痙攣し、小刻みに震えている。喉から漏れる低いうめき声。虚ろな目は充血し、口元には泡を吹いている。バルハラの狂気に取り憑かれた者。
彼の手には、黒鉄のレールガン『ヘルディバウアー』。
重量級の兵器であるはずのそれを、彼はずるずると引きずりながら階段を上っていく。機械の駆動音が響く中、彼は異様なほど滑らかな動きで壁を蹴り、素早く飛び移る。その姿は獣のようでありながら、制御不能な人形のようでもあった。
目的はただひとつ——破壊。
——36階ホール。
そこでは、このカジノの警備隊が待ち構えていた。
煌びやかな金糸の装飾が施されたスーツに身を包み、成金趣味を誇示するかのような装甲を纏いながらも、実際には最新鋭の戦術装備を備えていた警備員たち。計五名の精鋭たち。
35階から36階への唯一の経路は、中央の専用エレベーターのみ。そのエレベーターのモニターが《35階 → 36階》へと切り替わる。
《……来たぞ》
警備員たちは一瞬顔を見合わせたが、すぐに臨戦態勢をとる。
エレベーターが到着する。扉が開く間もなく、警備員たちは激しい銃撃を放った。狭い空間に銃弾が嵐のように飛び交い、さながら鋼鉄の檻のような状況を作り出す。
《やれえっ!》
《おおおおっ!!》
雄叫びと共に、銃撃の嵐が続いた。薬莢が床に雨のように降り注ぎ、豪華絢爛な36階の出入り口は見る影もなく、粉砕された扉が奥へと倒れ込んだ。
だが——
《……? なにっ》
鳥人属の男は『ヘルディバウアー』を盾にして激しい銃撃をしのいでいた。手足の複数箇所に銃創を負ってはいたものの、致命傷には至っていない。
《くっ、バケモノが……》
警備員たちは弾倉を交換しようとした。しかし、その間に——
「かあっはっはっはっ!……ひゅぅっ、ひ、ひひ……はははっはっ!」
狂気の笑い声を響かせながら、鳥人属の男はヘルディバウアーを振り回し、警備員たちに飛びかかった。
《うわあああぁっ!!》
強大な武器の一撃が警備員の一人を吹き飛ばし、壁に叩きつける。別の者は腕を粉砕され、悲鳴と共に崩れ落ちた。
《く、くそっ!》
最後の二人が距離を取ろうとしたが、すでに手遅れだった。振り下ろされたヘルディバウアーの一撃が、男たちを窓の外へと吹き飛ばす。
悲鳴と共に、煌めくビルの外へ落下していく警備員たち——
唸り声をあげながら、男はついに——会長室の前に到達した。
——その瞬間、ファルクナスの索敵部隊の指揮官が即座に通達する。
《あれは?!ターゲット、会長室前に到達。周囲の警備員、全滅……まずい、ドローンを突入させる!!》
その報告と同時に、エリュシオン・パレスの上空に無数の偵察ドローンが集まり、会長室のガラス張りのフロアを照らした。
《間に合わん!エリュシオンだったか?どこの馬鹿だ、自分が天上人だと言いたいのか?上からの侵入も、ましてや避難すら出来ない構造にしやがって!》
エリュシオンはその名の通り『天井の楽園』として、ここが玉座だと言わんばかりの構造をしていた。
扉がゆっくりと開く。
「ひっひっひ……」
恐怖とも、喜悦ともつかない笑い声が暗闇に響く。
ワンフロアを埋め尽くすほどの豪華な会長室には、金品財宝が惜しげもなく展示され、煌びやかな光が反射していた。
街を一望できる大きなガラス窓の前、スーツ姿の男がゆっくりと振り返る。
アング・リー、獣人属猪豚種の男。彼がこのエリュシオン・パレスの会長である。
ドローンの光がガラス越しに彼の背中を照らし、その輪郭を浮かび上がらせる。
彼の口元は歪んでいた。
「……ひ、ひひ。ローク、よくここまで来たな。なぜこんなことをする?お前はただ私の言う事を聴いて働いておればよかったのだ!……お前がここに来ることはわかっていた…何人も殺しおって、まさかここまでとは。だが、お前はもう鳥籠の中だ!間も無く『ファルクナス』がくるっ!!」
唾を飛ばしながら、リーは激しく叫ぶ。
「かあぁあぁぁっ!!」
男の瞳は揺らめき、理性と狂気の狭間を行き来しているようだった。
「家族がお前を見てどう思う?」
リーはロークの理性が僅かに残っていることに気が付き揺さぶりを仕掛ける。
ロークは咆哮し、銃口をリーへ向ける。
しかし、その瞬間、リーの背後から影が揺れた。影の中から現れたのは、ロークの妻と子どもだった。
彼女は怯えながら、幼い息子を抱きしめている。
そして、リーはニヤニヤと笑いながら、テーブルの上からレーザーピストルを拾い、ゆっくりと彼女たちに向けた。
「ひひひ……」
ロークの目が見開かれる。
妻と子どもは、目の前に立つ彼の姿を見て、言葉を失った。
「……あなた……」「パパ?」
悲痛な叫びが部屋に響く。
ロークの全身が震えた。血走った目が揺らぎ、何かを振り払うように頭を抱える。
「アイシャ……リオ……」
震える声で、かすれた言葉が絞り出された。
——リーのテーブルに置かれたモニターには、ロークの個人情報が映し出されていた。妻アイシャと息子リオと共に暮らしていた彼は、赤羽の種族というだけで社会からの冷遇を受け、ビネスのスラムで困窮した生活を強いられていた。
ある日、街の巨大スクリーンに映し出されたエリュシオン・パレスの広告を見た。『誰でもチャンスを掴める』——その言葉にすがるように、ロークはアング・リーのもとへ職を求めた。
アング・リーは彼を清掃員として雇い、数年間、誠実に働く彼に対し、ある日こう言った。
『忠実に働けば、より大きな報酬と安定した生活を与えよう』
しかし、それは虚言だった。
アング・リーはロークをバルハラの売人として利用するようになった。ロークと同じように、多くの鳥人属が必死に働いた先に待つものは、バルハラの売人としての人生だった。
ロビンが言っていた通り、ここ数年で急激に増えたバルハラ依存者は、すべてアング・リーの仕業だったのだ。
疑問を抱く者、逃げようとする者たちは次第に追い詰められ、彼ら自身がバルハラ依存者に仕立て上げられた。そして、廃人となった彼らは、迫害される鳥人属のバルハラ中毒者として誰からも守られることなく、この世を去っていったのである。
ロークはそれに気づいていた。仲間たちが次々と抹殺されていくことを。それでも、彼にはリーに抵抗する力も何もなかった。
そして今、真実を知り逃げ惑うロークを、リーは家族を人質に取ることで呼び寄せた。
何も持たないロークに、残された道はひとつしかなかった——バルハラの力をその身に宿し、無念に散った仲間達の復讐を果たすこと。そして、愛する家族を救うために、力に手を染めたのだった。
——リーの背後から複数のドローンが展望ガラスを砕き割り、突入する。最上階の室内に暴風が吹き荒れた。
「きゃああああっ!」
アイシャとリオが悲鳴を上げる。
ロークの瞳孔は大きく広がる。妻子をみて微かな理性が蘇る。
「う……うあぁあああ!!アング……リーーーー!!!」
「くひひ!……私の勝ちだ。お前達鳥人属はこの地で絶えるがいい!」
勝利を確信するアング・リーは笑みを浮かべながらピストルで妻子の頭を打ち抜いた。
「……っ……」
飛び散る血飛沫と倒れる妻子。
1機のドローンが背後からアング・リーの身体を固定・回収しに来た。
その他数機のドローンはロークの方へとミニガンを向ける。
「ぐおおおおおおおおおおっっ!!!」
雄叫びと共にヘルディバウアーを向けて乱射するローク。
ヘルディバウアーはミニガンの弾を融解させながら、ドローンを蹴散らしていく。
リーを回収したドローンは急旋回して上空へと退避する。
「……っひいっひっひ。……くくく、はっはっはぁ!私は殺せん!誰にもなあっ!!」
上空へ飛び立つリー、しかし次の瞬間——
閃光が煌めいたかと思うと、リーの下半身は消し飛び、血液をまき散しながら上半身のみが夜空へと飛んでいく。
「ひひっ?は?……あ、あ?……ああ……ぁ——」
リーは痙攣し吐血し絶命した。
その遺体は宙を舞いながらメディア各局のドローンに映し出された。
その時、ケイが駆けつける。
メディアドローンはリーの死体を映した後、その銃撃が起きた会長室の方へ振り向き、そこにいるロークを捉えようとカメラを向ける。
しかし、ドローンは突如制御不能になり墜落していった。
『な、なんだ?何が起きている?!』
ケイは手を振り払い、その能力でドローンの制御を奪い落としたのだ。
狂った鳥人属の姿が世間に晒されることの無いように……。
ロークはゆっくりと振り向いた、そして妻子の遺体を見ることすらなく、ケイの方へと歩んでくる。
そう——彼はついに狂人と化したのであった。
ついに鳥人属の男「ローク」は狂人と化した。
家族と仲間たちのために、チカラの無いロークは狂想薬に手を染めて、誇りと愛を守ることとした。
ケイは何も知らない。
ここに駆け付けた時にはすでに狂人と化したロークしかいなかった。