記録10 欠片の彼方ー未完の真実
商業都市編クライマックスです!
最後まで勢いよく突っ走ります。
シークレットとオダコンの二人は扉を越えると、目の前には広大なフロアが広がっていた。天井は高く、壁一面には無数のホログラムが浮かび上がっている。それぞれが都市の様子やコロニー内の動き、近隣宙域を航行する船の情報を映し出していた。ドローンの視界を通した映像も次々に表示され、この都市の隅々まで監視されていることが一目で分かる。
部屋の中央には、無数のコードやパイプに繋がれた巨大な球体が宙に浮かんでいた。金属のようで柔らかな物質と、透明な物質で構成されたその球体は、内部で無数の発光体が回転し、まるで心臓のように脈動し、頭蓋内で浮かぶ脳のように揺れていた。
あまりの静けさと、形容しがたい奇怪な光景に目を奪われ、警戒心が薄れた。
「ふむ……まさしく中枢だな」
オダコンは静かに歩を進める。
床に足を踏み出すたび、フロアは反応して足元が淡く光る。踏み込むごとに無数のコードが床に浮かび上がり、体形、年齢、そして種族までもが瞬時に分析されていくのがわかった。
「むう…監視のレベルが桁違いだな」
オダコンはふと我に帰り、周囲を見渡し警戒を強める。
静寂の中、機械の脈動音だけが耳に響くが、その時、シェーネとDDの声が通信機から聞こえてきた。
「…とんでもないわね。これだけのものが、このコロニーにあったなんて」
通信機から届くその声は、感情の昂りと、それに反して恐怖心を滲ませる。
「おそらく無数のトラップが仕込まれておるじゃろう。じゃが、触れてみないことにはわからん……中央のターミナルを操作してみるのじゃ」
二人は頷き、ターミナルへと近づき画面に触れる。彼の4本の指先が触手のように分裂し、片手で8本、両手で16本の指を生み出す。そしてその細かく自由に動く指で、驚異的な速度でタイピングし始めた。
「はっは、こういうのは得意でな……」
ターミナル上部に浮かび上がるホログラムに無数のデータが流れ始める。都市の設計図、住民データ、交易記録、そして機密指定されたファイルの数々。
シークレットは背後で警戒しながらも、映し出される画面に目を凝らした。
「アークに関する情報は……?」
その機密ファイルの中には、惑星間を行き交う政府専用船や軍艦の航行ルート、密輸品のリスト、果てはコロニー内部で起こった数々の事件記録まで映し出される。だが、アークに関する直接的な情報はまだ見つからない。
「急いで、オダコン。時間がないよ」
シークレットが静かに伝える。
「わかってる……だが。このシステム、ただのデータベースではないな。生きてる……意思を持っているかのようだ」
オダコンは額に汗を浮かべながらも、指を止めなかった。
その時、ブレインが赤く光り始め、深い拍動音がフロアに鳴り響いた。
《ーー侵入者確認。制裁プログラム、起動します》
ブレインの声が制御室全体に響き渡ると、同時に床下から二体の赤銅色のアンドロイドが静かに姿を現した。所々いくつかの種族を交えたような肌を模し、鋭角的で硬質なデザインのボディ、冷たい無表情の顔、そして両腕には内蔵型のビームブレードが発光していた。
「出たよ出たよ〜っ!さながら、ガーディアンってとこかなっ……!」
シークレットが身構える。
静かに佇む二体のガーディアンの目が光る。
オダコンは即座にレーザー手裏剣を構え声を荒げた。
「来るぞっ!!」
二人はビームを放つ。しかし、ガーディアンは驚異的な速度でそれを回避し、反撃の熱線を正確に放ってきた。オダコンとシークレットは身を翻し、なんとか攻撃をかわすが、ビーム兵器のエネルギーが急速に消耗していく。
「……くっ」
オダコンが口元を歪め、歯を噛み締める。
「こいつら……動きが読まれてるよっ!どうする?!」
シークレットは激しく繰り出される攻撃に身体を捩りながらオダコンの方を振り向く。
ビーム兵器のエネルギーが尽きる直前、二人は目配せし、同時に銃を放り投げた。
そして、シークレットは叫ぶ。
「近接戦闘に持ち込むよっ!」
オダコンは腰からタクティカルナイフを引き抜き、その軟体の特性を活かしながら素早く間合いを詰める。一方、シークレットは肉弾戦に切り替え、俊敏な動きでガーディアンの攻撃をかわしつつカウンターを狙う。
二人は構える。故郷、水の惑星**イクテュス**で学んだ近接格闘術——**エラダン**の使い手である。
オダコンは柔軟な動きでガーディアンの隙を突き、ナイフで関節部分を狙って切り裂いていく。ガーディアンの装甲は特注のナイフでも全く傷をつけることができない程硬いが、関節部分の隙間にナイフが突き刺さると、オダコンはそれをひねって部品を破壊した。
一方、シークレットは独特な呼吸法で力を数倍に引き上げる。アクロバティックな動きでガーディアンの周囲を駆け回り、逆さまの体勢から強烈な蹴りを叩き込むと、顔面装甲がひしゃげた。
仰け反るように背面に倒れ込むガーディアンは、身体を反転させオダコンの方へと向かって来た。双方のガーディアンは連携してビームブレードを振り下ろす。咄嗟にオダコンは身を捻ってかわすが、その切っ先は跳ね返るように軌道を変え、ナイフごと彼の身体を真っ二つに切り裂いた。
「オダコンっ!!」
シークレットが思わず叫ぶ。
一体のガーディアンがシークレットに向かってきたが、彼女は俊敏に後方宙返りで間合いを取った。
切断されたナイフは床に転がり、オダコンの来ていたスーツははらりと宙を舞った。だがよく見ると、そこにはオダコンの肉体が見当たらない。血飛沫もない。
「案ずるなシークレット。拙者はここだ」
オダコンはステルス能力で姿を消していた。ガーディアンが錯覚するほどの幻影を見せつけ一瞬の隙を作る。
闇の中から現れるオダコンは、シークレットが咄嗟に投げたビームブレードをキャッチし、ガーディアンの頭上から振り下ろす。
「ここで終わらせる!」
シークレットは暴れるガーディアンの攻撃をいなし、懐に深く入り込み、口と首筋のエラから深く呼吸をすると、神速の拳を胸部の装甲に放つ。
「はあぁっっ!!」
「gyaaaaaaaーーーーー!!!!」
二体のガーディアンは叫ぶ。
一体は頭部から真っ二つに。
もう一体は胸部にある核を潰された。
ガーディアンは火花とオイルを撒き散らして崩れ落ちた。
「はっ……はぁ……はっ」
「ふぅ……危なかったな」
オダコンが腕を振ってオイルを払う。
シークレットは肩で息をしながらも、笑顔を見せた。
「さすが、相棒!」
つかの間もなく、制御室の中央にあるブレインが赤く脈動を始めた。
《――システム異常検知。データ抹消プロトコル、起動します》
ブレインが自壊プログラムを発動し始めたのだ。
「くそっ、急げ!」
オダコンがターミナルに駆け寄り、残されたデータの回収を試みる。
シークレットは周囲を警戒しながらオダコンを援護する。
「早く!ブレインが自壊する!」
激しく脈動するブレインは、しだいにに大きく震え、機械の隙間から激しい光を放つ。
DDの声が通信機から聞こえた。
「間に合わん!もうよい!逃げるんじゃっ――……」
二人は必死にデータを抜き取ろうとする。しかし、ブレインは爆発し制御室全体に衝撃が走った。二人は爆風に巻き込まれ吹き飛ばされ瓦礫の中に倒れ込んだ。
――瓦礫の山の中、煙と火花が舞う静寂の中で、オダコンとシークレットは崩れたブレインの残骸の中から立ち上がった。通信機からはDDの声が断続的に聞こえる。
「――……二人とも、聴こえるか?大丈夫か?」
オダコンは咳き込みながら応じた。
「なんとかな……だが、ほとんどのデータは吹き飛んでしまったようだが……」
「いった~っ!もー!こんなことだろうとは思ったけどさ!」
二人は瓦礫の中から這い出ると、埃を叩いて辺りを見渡した。
「最悪じゃん……ここまでやったのにさ。ごめん皆。油断したかも……何も残ってないんじゃ」
シークレットが唇を噛み締め、中央の巨大な瓦礫をかき分ける。
「あっ!でも……これだけは残ってた。何かのデータっぽいけど……オダコン!見てこれ」
その中から偶然見つけて手に取って見せた。
「む!そのデータ、今すぐ転送しよう」
オダコンはチップをスキャンし、ヴェルヴェット号にデータを送信する。
「ほほう……これは……」
「何かわかったの?」
「…うむ。ほとんどは破損しとるが……この暗号、どうやら古代語の一種じゃな。しかし、どの文明のものかは断片的で分からんのぉ」
DDは解析した情報の一部に古代語の一種を発見する。眉間にシワを寄せ、画面に映るそれらを様々な古代語と照らし合わせてみる。
オダコンは耳に手を添えて話に聴き入る。
「古代語?……うむ……古代語と言えば、いくつか心当たりはあるが。この文字は見たことが無い。惑星連合が古代語を使うとしたら、最も歴史が古いとされる、ノーシス……それこそ惑星連合の中枢があった、現ロウの本拠地である惑星**ノーシス**の古代語ではあるまいな?」
DDは深い鼻息をつく。
「このメルカトル・コロニーは確かに惑星連合ヘラが建築したコロニーじゃ。かつて物資補給拠点として使われていたに過ぎなかった、表向きはのう。しかし、確信せざるを得まい。ヘラが秘密裏に様々な情報を得て何かを成そうとし、何かを隠そうとしていたということを。……じゃが、妙じゃ。なぜここに古代語が……こんな古代語はヘラ、いや現在のロウの拠点である惑星ノーシスでは見たことがないのじゃ……」
「そう…なんだ…どうする?!…キャプテン?もう少しこの瓦礫の中を探そうか?」
ブレインが自壊してしばらく経過していた。シークレットはより多くの情報を持ち帰ることか、脱出するかの選択肢をシェーネに委ねる。
ヴェルヴェット号の艦橋では、シェーネが通信機越しにやり取りを聞いていた。彼女は肘をつきながら、モニターに映る瓦礫の山を眺めている。
「オダコン、シークレット、あんたたち、とにかく無事に帰ってくることを考えな。そのデータの欠片も必ず持ち帰ってちょうだい」
シェーネの声には冷静さと共にわずかな緊張感が滲んでいた。
ジークフリードはメカニックルームでヴェルヴェット号をチェックしながら、通信機に割り込む。
「無茶はするなよ。戻ったらエンジンの修理だけでも大仕事なんだからな」
「ふむ、お主たち、ジークの言う通りじゃ。慎重にな」
シークレットは瓦礫の中を見渡し、ブレインの崩壊した残骸を見つめた。
「本当にこの都市全体が何か大きな者を隠していたんだね。アークに繋がる何か……?それともまた別の……」
オダコンは頷いた。
「だとしても、これだけじゃ手掛かりが少なすぎる」
「わしが解析を進めておく。しかし、この断片的な古代語……どこかで見たような気がするんじゃが…………っ……ぐ……ぬう、う……うぅ。なんじゃ……?」
その直後、DDは突然の頭痛に苛まれる。
「ちょっと!DD?!大丈夫?」
シェーネが驚いて声を上げ、すぐに側に駆け寄る。
DDは苦しげに息を吐きながら頭を押さえる。
「すまん……少しの……」
バードマンが後ろから声をかける。
「大丈夫か、じいさん?」
「……ぬうう、ジークよ。二人のことをまかせてよいか」
「あぁ、二人の誘導はオレに任せろ」
シェーネは心配そうに彼を支える。
「本当に大丈夫なの?無理しないで」
「ほっほほ……いやはや、歳には勝てぬわぁ……わしもだてに妖精属耳長種の平均寿命を大きく超え取らんでのぉ」
DDは深くため息をついた後、冗談交じりに頭をさすり、緊張をほぐそうとする。
「もう、馬鹿言ってないで。横になって。シークレット!オダコン!二人とももう撤収していいわ。ブレインが自壊したことでおそらく、追手も来るはずよ」
「……承知。急ぐぞシークレット」
そして、オダコンは手にしたデータチップを握りしめる。
「この欠片が次への道標か……」
シークレットは腰のポーチから小型爆弾を手に取り、ブレインの断片に設置する。
「これでウチらの痕跡は完全に消せるはず。よし、急ごう!」
そして逃走の最中、爆発音と共にブレインの残骸が吹き飛び、監視塔内の構造が崩れ始めた。警報が鳴り響き、再起動したドローンが二人に向かって迫りくる。
「オダコン!ここから飛ぶよっ!」
崩れゆく塔から二人は大きく飛び出した。
ヴェルヴェット号ではジークがハッキング・デコイを使用して、ドローンの視覚情報をキャッチしていた。
「見つけたぞ!」
ジークが叫ぶと、ドローンを器用に操縦し、瓦礫の中からオダコンとシークレットの位置を特定する。
二人は迫り来る瓦礫の中を走り抜け、オダコンがドローンに向かって叫ぶ。
「シークレット、行くぞ!」
二人は瓦礫片を蹴り上げ、飛び上がってドローンに掴まる。
そのまま空を駆け抜け、崩壊する監視塔を背にしながら茂みへとダイブした。
そして、茂みの中から人目を避けて駆け抜け、第八ドックへ向かい小型輸送船に飛び乗った。
「ジーク、すぐにヴェルヴェット号の座標を送れ!」
オダコンが叫ぶ。
「送ったぞ、急げ!」
ドックや街のヒトビトは倒壊する中央監視塔をただ呆然と見つめていた。二人はその影でドックから船を発進させ宇宙空間へ飛び出した。
ステルスモードのヴェルヴェット号が視界に現れると、シェーネの声が通信機越しに聞こえる。
「遅いわよ、さっさと帰ってきな!」
小型輸送船がヴェルヴェット号のドックに収まると、ジークフリードとバードマンが迎えに出てきた。
「よく戻ったな!」
手を取り引き上げる二人。
「……なんとか脱出できたな」
オダコンが息を整えながら呟く。
シェーネがジッポライターで煙草に火を灯し、深く吸い込んでから微笑んだ。
「まったく、ヒヤヒヤさせるわね」
ヴェルヴェット号はエンジンを全開にしてメルカトル・コロニーを後にした。
戦闘シーンに深まる謎、そして逃走と一気に駆け抜けた商業都市編 完遂です。