幕間 No data
記録に残らない、幕間の出来事を是非。
──アマデウスの船内は静まり返っていた。金属の床に走る配線、天井の小さなライトが淡い明かりを落とす。冷えた空気の中に、かすかに機械の鼓動が響いている。
ケイは椅子に腰掛け、外套を投げ出して無言で煙るような吐息を漏らす。その傍らで、メシエは落ち着かない様子で船内を見回していた。
「ねえ、ケイ。この船って名前あるの?」
ぶっきらぼうな声が返る。
「ああ?……アマデウスだ」
「へえ……アマデウス?」
メシエが首を傾げると、すかさずアイが補足する。
「正式名称は『オルニス・バズウ・アマデウス』。古代語で“黒き翼の鳥”を意味します。通称、黒妖鳥アマデウス」
その声と同時に、ホログラムが宙に展開される。そこに映し出されたのは、翼長60メートルを超える漆黒の怪鳥。大気を裂くように舞い、羽ばたき一つで大地を揺らす姿だった。
「……うわぁ!すごっ……!」
メシエは思わず声をあげる。
アイは淡々と解説を続ける。
「惑星ダーナに生息する現存最大級の怪鳥。実際にケイが目撃した数少ない確証例です」
ケイは視線を逸らしたまま短く吐き捨てる。
「……ただの化け鳥だ」
……名前つけてるくせに?
アイはケイを一瞥し、さらにホログラムを切り替え別の映像を映す。
「宇宙には、アマデウスを含め13種の巨影が記録されています。通称『13の巨影』」
次々と現れる幻影。
メシエが声をあげた。
「13……そんなに? じゃあ、他にはどんなのがいるの?」
①セトゥス・マグナス・リヴァイアサン
通称:虚空鯨
星海を漂う巨鯨。重力波の歌声が観測される。
「……クジラ?でも宇宙を泳ぐなんて」
②ケルカリス・オケアヌス・アスピドケロン
通称:岩盤亀
甲羅は島に匹敵し、息を吸えば海が沈む。
「島みたいな亀?見てみたいな……」
③ドラコ・ミネルヴァ・ヨルムンガンド
通称:世界蛇
鉱脈を食らい銀河を巡る蛇。恒星フレアを避ける姿が確認される。
ケイが鼻で笑う。
「腹に鉱石詰め込んだ蛇だな」
そのホログラムを見つめながら、メシエがぽつりと呟いた。
「……宇宙って、ほんとに綺麗」
アイは静かに頷き「……ですが、同時に怖いですね」と返す。
「記録上の巨影は、いずれも人智を超えています。美しさは畏怖と隣り合わせです」
④オルニス・バズウ・アマデウス
通称:黒妖鳥
翼長60メートル超。ケイが目撃した唯一確実な巨影。
「うん、この子がアマデウスなんだ。漆黒の怪鳥って、ケイ……絶対黒好きじゃん……」
くすくすとメシエは笑う。
⑤カルキノス・テネブラ・アビス
通称:深淵蟹
ガス巨星の稲妻を切り裂いた鋏影。実体は不明。
「カニまでいるの!? これだけ大きいと流石に気持ち悪いね……」
⑥パキデルム・アリドゥス・ベヒモス
通称:砂海巨象
砂漠惑星を徘徊し、牙で岩盤を砕く。
「怖っ……」
⑦サラマンドラ・テンペスタス・ヴォラティリス
通称:空鯢
雷雲を泳ぐ巨獣。嵐の最中にのみ目撃される。
「神秘的だね……」
⑧マリステッラ・スケル・ゴースト
通称:星骸骨
恒星近傍に漂う骸のような影。生か死かは不明。
「コレ……生きてるの??」
⑨オロチ・ネビュラ・ノーナ
通称:九岐大蛇
星雲に現れる九頭の大蛇。頭部はそれぞれ異なる属性を帯びる。切り落としても再生するという。
「九つも頭が……。強そうというか……ヤバ……」
⑩セルタエ・ステラリス・プレダトル
通称:星鮫
小惑星帯を襲う巨魚影。船団消失の逸話を持つ。
「……やっぱ、ヒトを襲うんだ……」
⑪レオ・イグニス・ソラリス
通称:炎獅子
恒星表層を駆ける炎の獣。フレアの誤認説もある。
「……これは流石に……アマデウス以外は見間違いなんじゃないの?」
⑫モルフ・グラキア・クライオモス
通称:氷翼蛾
氷河惑星で目撃された白銀の巨蛾。羽ばたきで氷嵐を巻き起こす。
「き……も……ちょ、ちょっと。無理かも……」
⑬プラネタ・ヴィヴェンス・イグノタ
通称:生ける星
惑星そのものが生命体であると噂される禁断の第13。
「これだけ……映像も曖昧だね。宇宙空間で生息しているなんて、ほとんど空想みたいだけど」
「そうですね、これらは神獣みたいなものです。ですが、その存在は否定できません。それが宇宙です」
メシエは目を輝かせる。
「でも、こんなのが本当にいたら……」
ケイは肩をすくめる。
「見ない方が幸せってこともある」
──やがて話題は人間種へと移る。
メシエがぽつりと尋ねる。
「ねえ、やっぱりアイって人間じゃないんだよね?」
「……そうですね。私は人間を模した設計です。外見年齢は20代半ばに設定されています。実際の稼働年数は──」
「ちょ、待って!そういう言い方、なんかズルい!」
メシエは慌てて遮る。
ケイは横目で笑う。
アイは一瞬沈黙し淡々と続けた。
「偶然ですが、あなた方2人は“人間種”に属します。人間種は決して強靭ではありません。フィジカルは並以下。ですが知性、理性、欲、適応力──それらの均衡によって、多くの環境で生き延びてきました。他の属種も同様に、それぞれの星で似たような進化をたどりました。基本的な話になりますが、人間種が生まれる惑星に関して言えば──日周は約25から35時間、公転周期は300から450日。重力も大きな差はありません。しかし、それぞれの自然環境や文化は独自のものです。寿命も似ていますが、歩む道は異なります」
ホログラムに並ぶ無数の惑星図。
メシエは見惚れながら呟いた。
「……私の年齢は、今年17歳のはずだよ。メリナで生まれていればね……」
そしてケイへ視線を向ける。
「そういえば、ケイは何歳なの?」
「……オレのこと気にしてどうする?」
「だって……仲間のことを知らないでどうするの?」
「……はぁ。オレは確か……21とか22だったか?」
「22……!」
メシエは驚き、アイは淡々と記録を更新する。
そして、ふとメシエがアイに目を向ける。
「でも、アイって本当に綺麗。初めは気が付かなかったけど、その傷を見てやっとわかった……アンドロイドなんだよね?……でも、それだけじゃない。本当に綺麗なの……いいな」
白銀の髪。透き通るようなストレートヘア。雪のように白い肌。モデルのように均整の取れた肢体は約170センチ。
それと比べてケイは5センチほど高く、無骨な雰囲気を纏っている。メシエ自身は164センチ。陸上で鍛えた健康的な体つきに日焼け跡が残る。黒髪のセミロングをまとめ、かの舞台ではレースクイーンを務めたほどだ。
「それに、ケイも……髪がすごく綺麗。エメラルドグリーン……こんな色の髪、初めて見た。ケイの生まれた星では、みんなそんな風なの?」
ケイは目を伏せて呟く。
「……オレだけだ。これは身体の異常を示しているだけだ。それにオレにはそうは見えない」
メシエは黙り込み、脳裏にメリナの校庭を思い出す。陽光に照らされた仲間たちの背中。笑い声、歓声、トラックを蹴る音。そして──すべてがガラスの破片のように砕け散った瞬間。
彼女は首を振り、両手で頬を叩いた。
「……ううん、忘れよう。髪……切っちゃおうかな……」
アイは静かに見つめ、ケイは黙って視線を逸らした。
しばらくして、ケイがぼそりと呟いた。
「……そいや、あいつらに報告しないとな」
「ヴェルヴェット号への通信ですか?」
ケイは首を振る。
「あぁ、だがあいつらにも追手がな。不用意な通信は避けたい。……また時が来たら、だな」
船内に沈黙が落ちる。
──そして、遥か彼方、スカイラントレースの映像が再生されていた。6つの影が巨大なモニターを見つめている。
「皆さん、面白いモノが観れますよ? これを」
あの氷河の奇跡が目に留まる。
「……これは。この残滓は……まさか……」
「セイレン……見えるのか?」
「ええ、はっきりと。そして強い……この男、ジンマリウス・セシル・アルジェント……」
「……この星は、惑星メリナか……面白いですね。まったくの偶然とは思えませんねぇ」
湿り気を帯びた声。
暗闇に怪しく光る犬歯、その男はブレイザー・ドゥーグだ。
「どうした、ドゥーグ」
「いえ……ルードゥス、そしてノクス・ヴェルムで“残滓”が、そして、ソレがこの映像からも漂っています」
ざわめき……。
やがて誰かが呟く。
「……ジンマリウス・セシル・アルジェント……人間の男」
「残滓……か」
闇の中の声が続く。
「お前が感じたその力。必ず捕えよ。それは我らの道を示す……散れ!!」
「はっ!」
5人の影は闇に溶けて消えた。
──惑星メリナ。ジンマリウス邸の広間。広すぎるほどの部屋に、心電図モニターだけが鼓動を刻んでいた。ベッドの上で目を開いたのは、ジンマリウス・ヴァイゼル。強烈な寒気に身を震わせ、動けない身体で呻く。
……だ、れだ……?
暗闇の中から大男の影が姿を現す。
「ジンマリウス・ヴァイゼル。貴様の罪を許そう。つまらぬ罪だ、誰も咎めはしない。それよりも……ジンマリウス・セシル・アルジェント。お前の息子は何をした? あの氷河の断崖で」
……な、なに者だ……
「私の問いに応えよ」
ヴァイゼルは苦悶の表情を浮かべながら呟いた。
あれは……息子ではない……あれは……ケイ……と……
犬歯を覗かせ暗闇の男が笑う。
「なるほど……セシルではなかったのですか。やはり、ルードゥス、ノクス・ヴェルムに続き、そしてメリナ……時間軸と距離から推察すれば、同一人物の仕業でしょうが……。まさか、あの崩壊から生き残ったとは……面白いですねぇ」
……う、あ、あぁぁっ……!!
そして、ヴァイゼルは空の絶叫をあげた。凍りついた汗が背中を流れ落ち、心電図の波形が乱れる。機械音がけたたましく鳴り響き、広間の空気さえ震えた。眼球は震え、息は掠れ、全身が痙攣するように跳ね、やがて力尽きるように気絶する。
残されたのはモニターの不規則な鼓動と、犬歯を光らせる影の笑みだけだった。
いかがでしょうか?
少しの息抜き回を設けてみました。
そして、あの男ブレイザー・ドゥーグが、そして複数の影、彼らは一体何者なのか?
ケイは名前は知られてしまった。
謎ばかりが漂う──……NO DATA
次の章までしばしお待ちください。




