記録09 影を駆ける者たち
ヴェルベットの戦闘員である二人の出番を少し描きたいと思います。是非イメージして読んでいただければと思います。
ヴェルヴェット号の船内。重厚な金属音が響く中、船の中央にある装備室のライトが一斉に点灯した。壁一面には各種の武器や装備が整然と並び、まるで一流の暗殺者や諜報員のために用意された秘密基地のような雰囲気が漂っている。
シークレットとオダコンが無言で装備室に足を踏み入れる。二人の目は真剣そのものだ。シークレットは自分のロッカーを開け、真っ白なボディースーツを手に取った。そのスーツは伸縮性に優れ、防弾素材が織り交ぜられている特注品だ。彼女は軽やかな動きでスーツに袖を通し、ファスナーを上げて身体にぴったりとフィットさせる。手袋を装着し、ブーツを履き終えると、鏡の前で軽く跳ね、柔軟性を確認する。
「いいねいいねっ!これなら踊れるよっ」
一方、オダコンは黒と灰色を基調とした忍者スタイルの戦闘服を着用していた。静かな動きでスーツを纏い、装備を確認する。
それぞれのスーツはステルス機能があり、オダコンは特殊体質を使うために、手足の一部は露出している。
そして壁のラックから、シークレットはアーク・ピストルを選び取った。コンパクトながら高威力のビームハンドガンで、フラックス・カートリッジを挿入し、エネルギー供給を確認。サプレッサーを慎重に装着し、ビーム発射音を限りなく抑える。
「うん、スムーズ。今回はこれがよさそうだねっ」
次に小型の爆薬を手に取り、専用のホルダーに収める。指先でスイッチを押せば簡単に起爆できる優れものだ。さらに手首にはワイヤーリールを装着し、高所移動用に備える。
極め付けは、グラビティポインターと呼ばれる小型デバイスだ。吸盤型の装置で、壁や天井に貼り付けると局所的な重力場を発生させ、人ひとりが逆さまに立てるほどの吸着力を生む。
「これで、どんな壁でも走れるよっ」
オダコンは静かにナイフの刃を光にかざし、切れ味を確かめる。続けて、小型の爆薬と煙幕弾を腰のポーチに収めた。そして、手首に装着された特製のレーザー武器を確認する。その装置からは、ボタンを押すだけで薄く輝くレーザー手裏剣が生成される仕組みだ。
彼はその装置を起動させ、小さな円盤状のレーザーが静かに浮かび上がるのを見つめた。
「素晴らしい……」
そう静かに呟き、装置を再び腕に固定した。
慎重な動きで全ての装備を装着し終えると、彼は無言でシークレットに頷いた。
その時、ジークフリードが装備室に現れた。彼は無言で二人の装備を見回し、重々しい声で言った。
「装備の調整は完璧だ。アーク・ピストルのフラックス・カートリッジは新型で、エネルギー効率が向上している。……ただし、無駄撃ちはするな」
そう言うと、彼は二人に小型の通信機を手渡した。
「これで常に繋がっていろ。問題が起きたらすぐに知らせるんだ」
DDのホログラムが壁に映し出され、船の中から声をかけてくる。
「ほっほっ、わしが監視塔のセキュリティを撹乱してやるから、侵入は楽になるはずじゃ。じゃが、甘く見てはいかんぞ」
シークレットは装備の最後の確認を終え、ミラーに映る自分を見つめる。
「よし……行こう」
オダコンも深呼吸し、無言で頷いた。
ジークフリードは二人の背中を見送りながら、静かに言葉を投げた。
「生きて戻れよ。お前たちはヴェルヴェットの剣なのだからな」
二人は無言で頷き、ヴェルヴェット号を後にした。
メルカトル・コロニーの外縁部。そこには一般人の立ち入りが厳しく制限された発電所群が広がっている。その中心に、巨大な中央監視塔がそびえ立っていた。高さ数百mに及ぶ構造物。その周囲は電磁フェンスと頑強なバリケードで囲まれており、上空にも索敵装置が網の目のように巡らされている。塔全体は完全な防御体制を敷いており、通常の手段では侵入不可能に思えた。
索敵装置には、人工知能やドローン、知的生命体を感知する高度なセンサーが搭載されている。この領域内に存在する職員や警備員、ドローンや機械人形は、あらかじめシステムに登録されたデータに基づき識別され、敵と見なされることはない。
ヴェルヴェット号の中、DDは無数のホログラムを前に指を踊らせていた。
「さて、これから20分間だけ、汝らに道を開いてやるわぃ……」
彼の老いた指先がターミナルを操作すると、中央監視塔の索敵システムに偽の信号が送られ始めた。無数の監視ドローンが軌道を変更し、一時的に索敵網が緩む。
「うむ、装置は20分間ダウンしたぞぃ。急ぐのじゃ!」
DDの声が通信機越しに響く。
シークレットとオダコンは発電所の影に身を潜め、塔を見上げていた。
「50メートルの垂直壁……ここからが本番だね」
オダコンは静かに頷き、自身の腕を見下ろす。その肌は軟質化し、吸着物質が手足に現れる。そして二人はステルス迷彩を起動。オダコンは身体を同じように闇に溶け込ませる。
「拙者が先に行く。そなたはサインを見たらすぐに来るのだ」
彼はそう言うと、壁に手を当て、粘着質の音を立てながら垂直の壁を登り始めた。彼の柔軟な体はあらゆる凹凸に吸着し、驚くべき速さでその壁を登っていく。
シークレットは下からその様子を見上げながら、ワイヤーリールの装備を確認した。
やがて、オダコンが換気ダクトの近くに到達。彼は静かに手を振り、シークレットに合図を送った。
「OK、行くよ」
シークレットは腰のワイヤーリールを展開し、ダクト付近に向けて発射。ワイヤーが壁に突き刺さり、一気に体を引き上げる。風を切る音と共に、彼女はわずか数秒でオダコンの元へ到達した。
オダコンはすでに換気ダクトを開けており、中へと体を滑り込ませていた。シークレットもその後に続き、静かにダクト内に侵入する。
「ここから先は慎重にな」
「任せて。ウチらに不可能はないでしょ」
二人は狭いダクト内を這うように進む。換気ファンの回転音が響く中、オダコンが先頭を行き、シークレットが後に続く。
やがて、オダコンは内部の非常用扉に辿り着いた。彼は器用に内部ロックを解除し、静かに扉を開ける。
「こっちだ」
シークレットは頷き、扉を通過した。そして、二人はついに中央監視塔の内部へと侵入することに成功した。
目の前に広がるのは薄暗い廊下。赤い警告灯が淡く点滅しており、遠くから警備ドローンのホバリング音が聞こえる。
シークレットはアーク・ピストルを構え、オダコンはレーザー手裏剣を手の中で起動させた。
「ここからが本当の勝負だね」
二人は無言で頷き合い、廊下の奥へと進み始めた。
冷えた廊下の奥深く。断続的に点滅する警告灯が、壁を走る二つの影を歪に映し出す。シークレットとオダコンは、無言のまま慎重に進む。彼らは、塔内部の職員たちの動線を巧妙に避けながら中央監視システムへと近づいていく。
遠くから足音が近づいてくと、二人は壁際に身を寄せ、息を潜めた。通路を歩く警備員の背後からオダコンが滑り込み、その軟体の腕で口元を塞ぐ。
「静かにしていろ……」
警備員は抵抗する間もなく意識を失い、オダコンは彼を陰に引きずり込み隠した。
シークレットはさらに奥へと進み、廊下の角で別の職員に遭遇。彼女は素早く近づき、手刀で首筋を打ち、気絶させる。
息の合った連携で、誰にも気づかれることなく塔の上層へと近づいていった。
上層へ向かう階段を登った先、塔の構造はむき出しの鉄骨フレームに変わった。細い足場や鉄骨が張り巡らされたその場所は、わずかなミスで奈落へと落ちる危険地帯だった。
「これは…悪趣味だな」
シークレットは体幹を活かし、バランスを取りながら鉄骨の上を駆ける。彼女の足取りは軽やかだが、下に広がる深淵はその緊張感を際立たせていた。
その時、DDの声が通信機から響く。
「ここから先は敵の見張も強固じゃ。残り12分…急ぐのじゃぞ!」
だが、そこにはドローンと戦闘型機械人形が巡回していた。DDのハッキングが届かない“最後の砦”として存在している強固なセキュリティだった。
忍び足で素早く駆け抜ける二人。しかし、鉄骨の隙間からドローンが姿を現した。その瞬間、ドローンの眼は赤く点灯する。その視界にサーマルセンサーで人型がハッキリと映り込んだ。オダコンは反射的に手首のレーザー手裏剣を起動。薄く輝く円盤が宙を舞い、ドローンの核を正確に貫いた。
「……沈め」
ドローンは爆発音一つ立てずに機能を停止し、そのまま鉄骨の壁に突き刺さる。警告音は鳴らず、静寂が保たれた。
だが、その直後、複数のソルジャーが異変を察知し駆け付ける。彼らはビーム兵器を構え、即座に攻撃を開始する。ソルジャーたちはヒトでは到底反応できない速度で動き、そのパワーは鋼鉄の梁を一撃で砕くほどだった。
シークレットとオダコンは散開し、鉄骨の上で激しい戦闘が始まった。
シークレットはアーク・ピストルを連射しながら駆け回る。敵のビームが彼女をかすめるが、その俊敏な動きで致命傷を避けていく。彼女の身体能力はヒトを遥かに超え、鉄骨の上をまるでダンスするかのように駆け抜けた。
オダコンは壁を這いながら、敵の死角に回り込む。彼の軟体は狭い鉄骨の隙間に入り込み、通常の兵士では不可能な角度から攻撃を仕掛ける。
一体のソルジャーがシークレットに接近し、ビームブレードで斬りかかる。彼女はそれを素早く回避したが、不規則な動きに強烈な蹴りを受け、バランスを崩して鉄骨から投げ出された。
「くっ……!」
シークレットの視界に深淵が広がる。心臓が一瞬止まったかのような感覚が彼女を襲った。
(終わり?…な〜んてね)
瞬時にグラビティポインターを取り出し、近くの鉄骨に放つ。装置が張り付くと局所的な重力場が発生し、シークレットは逆さまに壁面へと着地した。
「さすがに肝をひやしたぞ」
下から見上げるオダコンの声が聞こえた。
シークレットは逆さまのまま微笑む。
「へへ。ちょっと手を抜きすぎたかなっ!」
彼女は重力を利用して宙を駆け、鉄骨の間を縦横無尽に移動。グラビティポインターを次々と移動させ、ソルジャーたちを翻弄した。
その隙にオダコンが一体の背後に忍び寄り、ビームナイフを核を突き刺した。だが、ソルジャーは最後の抵抗としてオダコンを振り払おうとする。その圧倒的な腕力に耐えながら、オダコンは渾身の力でナイフを深く押し込んだ。ソルジャーは機能を停止し、その場に崩れ落ちた。
しかし、その隙に残った一体が警報装置にアクセスしようとする。
「警報を鳴らされるぞぃ!」
DDの声が緊迫感を増した瞬間、ソルジャーの手が赤いボタンに触れかける。
「……!」
DDの指が端末を叩く音が通信越しに響く。
「……むぅっ」
ついに、力強く端末を叩く音が鳴ると。ソルジャーは動きを止めた。DDのハッキングが成功したのだ。
「今じゃ!」
シークレットは即座に反応し、アーク・ピストルで頭部を撃ち抜いた。
「あっぶなー!」
シークレットは転がる人形の残骸を蹴り飛ばしてマガジンを交換した。
そして歩を進めると、鉄骨の奥に強固な金属製の扉が現れた。
「DD、開けて」
「ふむ……この程度なら朝飯前じゃ」
――数秒後、扉がゆっくりと開いた。シークレットとオダコンは無言で頷き合い、制御室へと足を踏み入れた。
「よいな、二人とも。あと7分じゃぞ……」
さあ、ついに塔の中央監視室に到着しました。次の展開をこうご期待。
小話
この時代はすでにビーム兵器が一般化されています。シークレットやオダコンが使用するビームピストルや、手裏剣などもそのうちの一つです。ケイは実弾銃とナイフを好んで使用しているところにそれぞれの戦闘スタイルの違いやこだわりが現れています。
ヴェルヴェット号は船自体は古い時代のものですが、DDもジークフリードも最新技術を使って十二分に仲間の能力を発揮させてくれています。
アーク・ピストルはアーク放電を利用したプラズマ兵器の類です。その源としてフラックスカートリッジというエネルギーマガジンを装填して闘います。
ビーム手裏剣はジークフリードがオダコンに合わせて作ったオリジナルの武器です。
また、グラビティポインターは重力場を作り出す小型の設置型装置でシークレットのように身体能力がずば抜けた者が使うのに持って来いの装置です。
ステルス迷彩は色々なSF作品に出てきますが、サーマルセンサーにはモロに写ってしまうのが難点です。
対ドローン、対ロボット戦には少し不向きかもしれませんね。
今後も様々なタイプの武具が出てくるのでお楽しみください。