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ei8ht Man  作者: 滝沢和也
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罪の説教

 三月三十日 午後三時


 昼食を摂り終え、十倉が裁判所からの逮捕令状を持ってきた。

 十倉に頼んでいたカツ丼は、総菜なども扱う安価な弁当屋ではなく、揚げ物専門のカツ屋でテイクアウトしてきたものだった。借りのため、レシートを受け取るとひとつ1,480円もする特上のヒレカツ丼で合計4,795円という目玉が飛び出そうな値段だった。

「別にいいっすよ、俺が奢りますから。係長への餞別にしちゃ悪いですけど」

 おのれ、十倉め。

 は、はァ~ん。さては、全国共働き協会の力を年配の私に見せつけようという魂胆か? 全日本赤いちゃんちゃんこ組合に入った私への当てつけで油がギトギトの店を選んできおったか? そもそも退職する私への餞別がカツ丼ってなんだ! なに、貰えるだけ感謝しろだと? あァ、そうですか。こうなったら、餞別のお返しにはカツ丼の大盛りをお前の家へ届けよう、あァ、メガ盛りにしてやるよ、その上からカレーもかけてやる! なに、それじゃカツカレーになるって?

 私は口を尖らせ、十倉を睨みつけながら取調室に入った。

「申し訳ないが、九丈さん。あなたを一ノ瀬蓮殺害、及び四葉書店爆破事件の重要参考人に切り替え、今から四十八時間の身柄拘束に於いて、更に詳しく聴取させていただきます」

 えー、と九丈は緊張感も抑揚もなく嫌悪をにじませ、眉をしかめた。

「あなたに嫌疑がかけられた。逮捕状を裁判所より請求しました、あなたを緊急逮捕します」

「僕が犯人じゃないかってことですか?」

「形だけですよ、かたち」

「犯人はここにいます!」なんとか細胞を発見したというリケジョの苦しい釈明会見のマネをして裏声をつかう。

「それも嘘ですか?」

「バレました、ははは」

 まったく。警察官をバカにしてるのか、私があしらわれているのか。拍子抜けさせ、どうにも掴みどころのない男だ。

「あなたには、黙秘権を行使する権利が与えられている。こちらとしても自白を強要することはできません」

「存じてます」

「ですが、九丈さん。あなたが無関係で潔白、無実であれば捜査にご協力いただければ、この忌まわしい事件の早期解決につながる。この逮捕権限に関しても、違法だと後に訴えてもらって構わない」

「はーい」と、手錠をかけられた両手を前で挙げた。

 咳払いでやり過ごす。

「弁護士は?」

「いいえ」

「ここからは少し窮屈ですし、厳しくなるかもしれません、その辺はご留意いただきたい。私たちはいち早く、一ノ瀬蓮を殺害した犯人を検挙しなければならない。お察しいただけますか?」

「僕が犯人です、キリッ」

 その冗談は、もう結構。ここは完全にスルーする。

「お預かりした貴重品、スマートフォンは聴取の後にご返却させていただきます。補聴器に関しましては、聴取の妨げになる恐れもないものとみなして、そのままお使い頂いて結構です。マスクは衛生面を考慮して、こちらから毎日支給しますので、それをお使いください」

「あざっす!」

「続けても?」

「構いません」

 九丈は、この状況にも怖気ず平然としていた。ふざけているのか、時折り腰を折るような受け答えをするのは愛嬌としておこう。

 道警捜査本部の佐間瀬から連絡がきたのは、三〇分前。すぐに逮捕状を請求して、九丈をそのまま逮捕、拘束した。

 佐間瀬も同行した有限会社クルーズが所有する中の島地区にある古い戸建て住宅を捜索すると、狭い個室トイレの中に三崎隆太が監禁されているのを発見する。

 状況はおぞましく凄惨で、両腕は後ろ手に縛られ、両足の甲は床に五寸釘で打ち付けられ固定されていた。下半身の衣服は着用しておらず、両太ももから臀部にかけては強力な接着剤で便座に貼り付けられ、身動きは取れない状態だった。 さらに、舌は半分ほどに切り落とされており、縫合の跡が見受けられ、瞼と耳栓も接着剤で塞がれていたという。

 便座に座った状態の手前には簡素なテーブルがあり、底も深く大きなアルミ製の食器がいくつも並べられていて、食べ残している中身は水分を多く含んだドッグフードだった。

 壁は防音壁で声も漏れないよう改装してあり、死なない程度の水分と食事を与え、排泄物は後ろ手になりながらも自分で水栓のレバーを引けるようなっていた。適温に保てる小さなファンヒーターも設置してあったという。

『仏さんを見るより、悲惨な状況だったな』

「生きていたなら何よりだ。だが、三崎は柔道をやっていたんだろ? 便座を壊して貼り付けたままで脱出できなかったのだろうか。さすがに舌を切り落とされてまで、」

『あァ、私も最初はそう思ったよ。だがな、零瀬。こいつは、よく考えられてるんだ』

「考えてる、どういうことだ?」

『動体力学だ。トイレに座った状態を想像してみろ。足がだいぶ前になるような形で膝がうまく曲がらない、伸びきった状態でもあった。その態勢で立ち上がろうにも、便座に肌が固定されてしまえば立つことができないんだ。どんな屈強なプロレスラーだろうとな』

 確かにそうだ。

 上へ起き上がろうにも、前へ動こうとすることもできない。

『ドッグフードの成分を今調べているところだが、おそらくモルヒネか覚醒剤などを混ぜて食べさせていた可能性が高い』

 そこは、すぐに理解できた。

 舌を切り落とされた痛み等を紛らわせる強烈な鎮痛剤のような食事を与え続ければ、その食事を摂れば痛みは和らぎ、愉悦かのよう、いつしかそれが当たり前のよう依存していく。それを食べれば痛みは遠のき、ラクになるのだから。

『便座ごと尻につけたまま取り外して、五寸釘は刺さったまま床から抜いて、病院に直行だ。手術が必要になるから、少し時間はかかるが、大きな一歩だ』

「あァ」

『追って連絡をいれる』

 これは、悪魔の所業だ。

 向かい合った九丈は、「いいえ、違いますよ、刑事さん」変わらぬ表情のままだった。

 心を読まれたのか、その言葉に強い疑念を感じた。

「と、いいますと?」

「悪魔は確かに、耳元で悪事を囁きます。その誘惑に突き動かされた人が罪を犯すのでしょうね。けれど、聖書の中では悪魔が殺した人間の数は、わずか10人なんです」

 私は思わず、瞼に力が入った。

「これは間違いなく、神の裁きです」

「……神、ですか」

 またしても出てきた。軽く、ため息をつく。

「北海道の先住民であるアイヌ民族の人々は、大自然のことを神と崇め、カムイと呼んでいます。きっと昨今の自然災害は、カムイの天罰、神の裁きであるように思います。三崎はアイヌの血を引く女性と結婚して、早くに離婚しています。それはカムイの怒りを買ったのではないか」

 腕組みをして、思わず唸った。

「信じられませんよね? けれど刑事さん、聖書の中で神が殺した人間は、どれくらいいると思いますか?」

「さァ、想像もつきませんが悪魔が10人なら、せいぜい一人か、二人でしょうか」

「203万8344人です」

 あまりの驚きで、咄嗟には言葉が出なかった。

「……お、面白い考察と根拠ですが、さすがに警察はそれを真に受けないのですよ」私は、話を切り替えることにする。「先ほど、九丈さんは何かが引っかかると。それは一体なんでしょう? 参考に教えてもらえると、何かのヒントになるかもしれない」

 はい、と背筋を伸ばして、「一ノ瀬と二階堂、三崎にも共通するんです。随分とすんなりいってるなァ、って」

「すんなり? なんだそれ」

 十倉も少しだけ首を傾げ、訝しんだ。

「ここからは、僕の想像です。例えば、包丁や拳銃で脅したり、殺されるかもしれないという恐怖で服従させるのは、ある程度の効果はあると思います。ですが、僕は逆のような気がするんです。三崎なんかは、元警官で柔道の有段者ですから、隙をつけば反撃もできるはずなのに」

「と、すると、」

 ええ、九丈は一度だけ顎を引く。「安心させたんじゃないかなァ、と」

「うむ、具体的には?」

「コスプレです。犯人は警察官の恰好をしていたんじゃないかなと思うんです。人の先入観、見かけで信用してしまう思い込みを利用しているのではないかなって。昭和の未解決事件で有名な、三億円事件のように」

 鋭い洞察力に感じた。

 昭和四十三年十二月の早朝、東京都で金融機関の現金輸送車が何者かに強奪された事件が発生した。

 犯人は、白バイ警官に扮し、「爆弾が仕掛けられている」人員全てを降ろすと、車両下部を覗き込み、「あったぞ! 早く逃げろ」煙も上がった為、避難すれば白バイ警官はカネの積まれた現金輸送車を運転して、その場から消えた。わずか三分の出来事だったという。煙の正体は、ただの発煙筒。白バイは、カラーリングを施した偽物だった。盗まれた現金を現在の貨幣価値に換算すれば、十億円とも五〇億円ともいわれている。

 七年後の昭和五〇年、時効が成立し未解決事件となった。

 今では、警察官の制服も誰が出品するのか不明だが、ネットオークションでは高値で取り引きされているくらいだ。

「一ノ瀬に関していえば、僕が後日訪問しても出てきませんでした。そりゃそうですよね、なんとか逃げたいと思ってるんですから。けれど、前科があって後ろめたい想いがあるところに、警察官が訪問してきたら勝手に観念して出てくるんじゃないかなと」

 なるほど。

「三億円事件では、警察官の恰好をした人が犯人であるのは分かってますよね? 二階堂にしてみたら、爆弾が仕掛けられてるなんて言われたらビックリします。誰でも、そんな時に警察官が現れたら安心しますよね?」

 それは、完全に三億円事件の模倣だ。

 実のところ、捜査本部の読みも同じだった。私も、そうではないかと考えていた。

 三崎は、元道警の警察官だった。

 制服を返却していないものがあったか、実際に三崎の指紋が山ほど検出されている、そう睨んでいたのだが、佐間瀬から、『踏み込んだ時に、安心させるつもりで拡声器を使って警察だと叫んだんだが、逆に騒ぎ立てて暴れてな。おそらく警官の変装をした奴に襲撃されたんだろうな』そう聞いていた。

 三崎が監禁されながらも生きて発見されたことで、捜査は振り出しに戻ってしまった。

 目元を緩ませ、九丈はマスクの下で笑みを浮かべた。反対に私は問い詰める。

「九丈さん。それをやったのは、九丈さんではありませんか? あなたには会社を乗っ取られてしまったという動機が存在します。これはあなたの腹いせによる犯行、仕返しのような。私怨や怨恨からくる復讐ではないのですか?」

 いいえ、とゆっくり首を横に振った。「一〇年も前のことです。僕は今でも幸せに暮らして充実していますし、人を殺すなどという罪は背負いたくありません。どんな地獄が待っていようとも。これは、カムイの裁き。きっと、神の説教です」

「あのなァ」

 十倉は嫌気がさしたのか、舌打ちをした。「黙って聞いてりゃ、いい気になりやがって。あんまり警察を舐めんじゃねえぞ。物証なくたって、状況証拠だけで検察に上げりゃ、お前みたいな奴、一〇年はぶち込めるんだぞ」

「脅してるんですか?」

「訊いてんだよ、お前がやったかどうかをよ!」

 辞めろ、私は十倉をなだめた。「自白の強要はしちゃいかん」矢先に、取調室のドアがノックされた。「捜査本部の佐間瀬課長から、8番です」電話が入ったようだった。

「十倉、少しの間、九丈さんから話を聞いてくれ」

 ふてくされ、もう一度舌打ちをした十倉は、「へーい」隅に置かれたパイプ椅子にどっかり座りこんだ。

 取調室を出て、受話器を上げ、8番を押す。「零瀬です」

『おう、すまんな』

 佐間瀬は、私よりも刑事として長く勤務していたので、経験は豊富だったし、勘も良かった。

 殺人の嫌疑があった被疑者宅アパート付近で張り込みをしていた時。

 長く伸びたパーマに上下白のGジャンにジーンズ、この時はティアドロップの大きなサングラスをして、「目立ちすぎだ! 今どき、そんな恰好してるやつなど一人もいないだろ」と上司に大目玉をくらい、電柱に隠れながらあんパンを食べ牛乳を飲めば、「普通に飯食っていいっすよ。そんなことしてたら目立ちますって」と車内で牛丼を食べている後輩に呆れられながらも、「自分、これで殉職したら本望ですから」そう言ってのけると、被疑者宅の隣りで壁をよじ登り、再犯している下着泥棒を現行犯逮捕したのは有名な話で、代々語り継がれるであろう都市伝説のような逸話がある。

『どうだ、奥さんとは仲良くやってるのか?』

 本件と、まったく関係ない。「あァ、おかげさまでな。そっちこそ、どうなんだ?」

『三崎の件だがな』

 おい! 束の間、拍子抜けした。

 太ももと臀部に貼りつけられた便座と塞がれた瞼の接着剤の除去を優先、耳は明日、足に刺さった五寸釘は明後日に手術の予定だという。

『薬物の副作用で寝てばかりいてな。起きたところに、なんとか喋ることはできるが、聞き取りづらい。耳栓で塞がれてはいたが、私の拡声器は届くようでな。だが、病院側からひどく怒られてしまった。それで右目だけ、多少の視力があるようで、写真を見せていったんだ』

 意思の伝達が容易な言葉を発することができないのは、こちらとしては歯がゆいところはあるが、何より一ノ瀬の頭部に残っていたのは三崎の指紋だ。生きていただけ有難いと思うところだ。

『一ノ瀬の顔写真を見せたんだが、何も反応はなかった』

「……どういうことだ?」

『憶測にすぎないが、やはり利用された可能性がある。あの監禁状態で、頭部やバッグを持たされたということだ』

 なるほど。

 そうすれば、三崎の指紋がつく。三崎を犯人に仕立てようということか?

『九丈の写真を見せた』

「あァ」

 心臓が高鳴っていた。

『首を横に振った。伏し目がちに、少し怯えるような様子は見受けられたがな』

 違う、という意味か。

『現クルーズ社長、六藤の写真を見せると、急にがくがくと震えるほどひどく怯えてな。よっぽどだったということが見てとれる』

「す、すると、六籐が、三崎を?」

『まだ断定することはできないが、六籐にも直接事情を聞く必要ができた。なにやら世間を賑わせて逃げ回ってる男だ、全国に指名手配をかけて確保するつもりだ』ただ、と佐間瀬は声を押し殺して、『九丈の嫌疑も、まだ晴れていない、侮ってはいけない。三崎の居場所を特定したのは、紛れもなく九丈だ。まだ四葉書店の爆破事件に関しての情報が足りないのもある、多くの情報を引き出してほしい』

「あァ、分かった」

『そうだ、零瀬。さっき、何かを言いかけていたが』

「いや、いいんだ。職場の回線を使って話すことじゃない、また連絡するよ」

 電話を切り、取調室に入ろうとドアを薄く開けて中を覗いてみると、二人共俯き、何も話していない状況だった。はっと二人同時に顔をあげ、背筋を伸ばした。

 喉が妙にいがらっぽい。咳をすると、

「刑事さん、ちょっといいですか?」

 九丈が、すぐに声をかけてくる。「先ほど僕がお話した七元徳、七つの徳目なんですが」

「ええ、それを積むようにという、説法の。それが?」

 はい、こくりと九丈は首を縦に振る。「やっぱり、引っかかるんです。どうしても」

「警察官の恰好をしていたであろう事とは、別な見解ですか?」

「七元徳と相反する、罪の説教があるんです」

 罪の、説教、だと?

「それが思い出せないんです」九丈は、身体を前に折りながら、「なんだっけなァ、七つの、あれ?」首を傾げ、眉を寄せながら、「なんだっけ、反対の、えっと、七つの、」

「大罪じゃねえの?」

「それだ!」九丈は、目を丸くして縛られた両手をあげ、十倉を指差した。「それです、七つの大罪!」

「どういうことですか?」

「これは、七つの大罪になぞらえて、神が罰を与えているんですよ」

 九丈は、意気揚々としながら説明する。「僕も、うろ覚えなんですが、七つの大罪は、憤怒、嫉妬、それに強欲、傲慢と暴食、それと、あとふたつは、」

「色欲と怠惰(たいだ)。で?」十倉が応えた。「それが、この件とどう関係すんだよ」

 はい、「これは説教です。考えてみてください。一ノ瀬は、純潔な愛を知ることもなく、色欲に溺れた。二階堂は、僕に慈愛の心すら感じることなく、素直になれない嫉妬があった。三崎は、節制しなければならない生活保護を利用して暴食を続けていた。それぞれが大罪における罪を犯して、罰を受けていると思いませんか?」

 言葉がなかった。

 一ノ瀬は、性欲に身を任せる獣だった。二階堂に至っては、慕う先輩に対してどうすればいいかの葛藤に悩み、精神疾患にまで陥り廃人のよう寝たきりになったとでもいうのか。三崎は、生活保護の不正受給をすることになり、何者かに拉致され、薬物入りのドッグフードを食べさせられていた。

 だとしても。

 たとえ、神の説教だとしても。法律で重罪に問えないとしても、許されるものではない。許してはいけない。これを許せば、法治国家の根底が音をたて崩れる。

 十倉は立ち上がり、デスクに思い切り手を叩きつける。「だとしたら、こいつは繋がってる。あと四つの罪を犯している人が罰せられる。そう言いてえのか?」

「それは、分かりません」

「根拠もねえこと言ってんなよ!」十倉は激高して、九丈の胸倉を掴んだ。鼻先がくっつくほど引き寄せる。「いいか? もし、そうなったらお前が犯人だ。くだらねえもんに結び付けて、怨恨で人を殺し、人を不幸に貶めたのは、お前しかいねえ」

「神に誓って僕じゃありません」瞬きもせず、否定する。

 右手を離して、拳を握った十倉は、「手前ェ、さっきから神、カミ神って。そんなもん、この世にいねえんだよ!」

「辞めろ、十倉!」振りかぶった腕を取り押さえた。「私情を挟んじゃいけない。これは九丈さんの聴取で、九丈さんの単なる憶測だ。冷静さを保て、分かるな?」

 突き放すようにして十倉は手を離した。九丈は、見向きもせず襟を直した。緊張が走った空気を正すことにする。

「九丈さん。その推測でいくと、後は、誰が被害者になりえますか?」

「一番の被害者は、ここにいる僕です」

 きっぱりと言い放つ九丈の目は、鋭く力強く感じた。「それを神様は見ているんです。どんな人でも地獄に堕ちるにも関わらず、罰を、裁きを下しているんです。必ず続くはずです」

 私は首を横に振り、「お気持ちは分かります。とするならば、その七つの大罪、残る四つに当てはまるであろう人物をお教え頂きたい。今なら、その方々に注意喚起することができる。あなたは、ここにいる。どうすることもできない状況ですから」

 ふう、と息をつき、上を見上げた九丈は、「はっきり分かるのは、六籐です」

「む、六籐ですか。あなたの、後釜になった?」

「後釜とは語弊があります。僕が指名した訳じゃありませんし、会社は乗っ取られたんですから」九丈は、昏い目で私を見据えた。「一ノ瀬も、二階堂も、三崎も。ひょっとすると、六籐の仕業かもしれません。必ず、六籐は神に罰せられ、地獄に堕ちます」

「それでも、あと三つあんだろ」

 貧乏ゆすりをしながらイラつく十倉は、ぞんざいに言い放つ。

 うーん、と考え込んだ九丈は、「そういえば、今でも不思議というか、謎なことがあります」

「と、いうのは?」

 私の中に緊張が走った。背筋がざわついた。

「四葉書店側です。窃盗事件の対応なんですが、僕は、迅速かつ誠意を持って対処しました。ですが、断固として被害届を出してくれなかったんです」

「ええ。最初に伺いました、その対応をしたのが、えっと、」関係者名簿に目を落とすと、

四方(よも)(やま)副社長です」

 九丈はすぐに応える。「四方山副社長には、夏と冬にお中元とお歳暮を欠かさず送っていました。気難しい方でしたが、礼節は大事ですから。その人が被害届は出さないの一点張りだったのは、何故なのかなって。よほど警察の厄介になりたくないのか、警察に対して後ろめたい、やましい事があるのかなって、当時は思いました」

 資料を拝見しますと、「四方山副社長は、一年半ほど前に解雇処分を受けてますね。理由までは分かりませんが」

 え、と九丈は眉をしかめる。「クビですか? もう会社にはいない……」うわ言のよう呟きながら、何かを考え込んでいる。「爆破事件、辞めている……? お歳暮? 四方山副社長……、ひょっとして、辞めた人を狙っている?」

「どういうことですか?」

 はッとした顔で、私を通り過ぎ、「刑事さん!」十倉のほうを向いた。「あと四つの大罪は何でした?」

「あァ? なんで俺なんだよ」

 面倒だと顔をしかめた十倉だったが、指を折りながら、「色欲に暴食と嫉妬はでただろ。あとは、憤怒と強欲、怠惰に、えーっと、」

 九丈は私を見つめ、「傲慢だ。思い上がり、傲り高ぶり、他人を見下す、正義とは真反対。四方山副社長にぴったり当てはまる」きつい目を向けた。「刑事さん、四方山元副社長が危ない」

「……え?」

「お歳暮ですよ。きっと有限会社クルーズの六籐は、人に媚びを売るのが得意だ、未だに贈答品を渡している。会社に住所録は残っているはずですから、僕から代替わりしても送っていたに違いない。きっと退職された後でも」

 まだ理解できない。「お歳暮、ですか? ちょうど三カ月ほど前で、」そこで妙な勘が働いた。三カ月前の出来事。「まさか……」

 私は、咄嗟に取調室を飛び出し、捜査本部の佐間瀬に電話した。息があがる、身震いすらする、心臓の鼓動が聞こえてくる。

 もれなく、『佐間瀬だ、どうした』

「四方山、元副社長宅だ。四葉書店に勤めていた」

『よもやま、だと?』

 焦りが呑気な声を打ち消す。「四方山が危ない、自宅に爆弾を送りつけられている可能性がある。急いでくれ」

読んでいただき、ありがとうございます!

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