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第9話

お久しぶりです

「皆様、お集まりですね!」


 イエルの声が場違いな朗らかさで響いた。


 我が家の居間では私達ブロック家と、リックウッド伯爵夫妻が集まっていた。空気の読めないイエルをグレーナーは睨むが、効き目はない。


「私達は何故集められたのでしょうか?」

「昨日我が家に来られた際に、全てお話いたしましたが」


 リックウッド伯爵夫妻は腑に落ちない様子だ。それもそのはず。お二人が先ほどまでダスティンの傍に付いていたのを、イエルがこちらに呼びつけたのだから。


「ええ。それはですね、面倒だからです」


 イエルは笑顔で呆れたことを言い切った。


「ブロック領とリックウッド領の往復に疲れまして。お話聞くのも一気に終わらせたいなと。私も、結構忙しいのですよ」


 ……堂々としないでほしい。全員が言葉を失う中、グレーナーが口を開いた。


「彼の発言はさておき、お集まりの皆様の疑惑が晴れたため、こうしてお話しできることをご了承ください」


 険しい顔のグレーナーはイエルの発言をそれなりにとりなしていた。実は苦労性らしいグレーナーに、私はそっと同情する。イエルは頓着せず話し始めた。


「で、現在、ダスティン・リックウッド伯爵令息は現婚約者のミリカ・ブロック伯爵令嬢とのお茶の時間に、元婚約者アイリス・ブロック伯爵令嬢から渡された東国産の花茶を飲み、強制的に長期に渡る呪いを解かれて人事不省に陥っています」


 リックウッド夫妻の険しい視線に、私とアイリス姉さまは目を伏せた。


「私、これは面白、っと、興味深い事件だと思いまして」


 言い直すイエル。失礼がすぎる。リックウッド伯爵夫妻からピリピリと怒気を感じた。イエルは全く気にせずにっこりと笑った。


「こちらのお庭は、花や木や薬草の調和が素晴らしいですね。どなたの御趣味です?」


 全員があっけにとられた。なぜいきなり庭の話になる? いち早く立ち直った父が答える。


「お褒めの言葉、ありがたいですな。我が妻と、娘のアイリスの希望を庭師が叶えました」

「さすがですね! では、アイリス嬢、なぜ花茶をお土産にされました?」


 急に飛ぶ話題に、アイリス姉さまは困りつつ答える。


「隣国で今大流行りですの。美しくて、珍しいでしょう?」

「ご自身も飲まれました?」

「ええ。あちらで何度も。目の疲れにもよく、家族や友人にもと」


 声が小さくなる姉さまには構わず、イエルが嬉しそうに頷く。


「私も花茶を試してみたいので、ご用意いただきました。皆さん、いただきましょう。お願いします!」


 メイドたちがティーセットを運び込んでくる。


「お待ちください。どういうおつもりかしら」


 リックウッド伯爵夫人が冷ややかな声を上げた。


 倒れたままの息子を置いて、その一因のお茶を飲もうと言われては無理もない。


 しかし、イエルは夫人に笑顔でぶちまけた。


「ああ! リックウッド伯爵夫人は、まだブロック伯爵家を疑っておられますよね。大丈夫ですよ。私が毒見をいたします。ご安心ください」


 夫人は押し黙り、怒りと侮蔑の混じった目でイエルを睨んだ。私達はなるべく表情を変えまいとするが、イエルは朗らかなままだ。この男はどういうつもりなのか。


 凍る空気の中、私たちの前に花茶が置かれた。ガラスのカップには蓋が付いており、中で花がゆっくり開いていく。


 イエルは楽しそうに私たちに語りかけた。


「このお茶の正式名称は真聖菊茶(まきよらきくちゃ)。浄化に長けた真聖菊(まきよらきく)の花を乾燥させたお茶です。東国は、季節の神事が簡略化して民間に広まっているとか。その一つが、秋の寿ぎと呼ばれる祝祭の日にこのお茶を飲むものです。溜まった疲れと穢れを祓い、秋の恵みを蓄えます。あ、もう飲み頃です」


 カップを見ると、琥珀色のお茶に浮かぶ花は白く開ききっていた。蓋を取ると清涼な香りが立ち上る。


「いい香りですよねえ。これだけでもすっとした気持ちになります。では、失礼して」


 イエルはつかつかとリックウッド伯爵夫人に歩み寄り、カップをひょいと掴むとお茶を一口飲み下した。


「はあ、ご馳走様です。ほの甘くてほろ苦いのですね。伯爵夫人、この通り毒見は済ませておりますので。どうぞ」


 渡されたカップを何とも言い難い顔で見つめるリックウッド伯爵夫人からは、刺々しさも消えていた。大人しく皆でお茶を味わう。こんな時でも、真聖菊茶は変わらず美味しかった。イエルはグレーナーに耳打ちをすると、グレーナーは侍女の一人を連れて部屋を出ていった。


「で、ご令息の呪いについてですが」


 イエルの声に、全員が注目した。


「正直、さほど強いものではないです。ご令嬢が祓えてますからね。ただ、根が深い」

「根、とは?」


 リックウッド伯爵の問いにイエルが答える。


「ご子息の心の奥底にまで呪いが染みこんでいる、ということですね。弱いものでもかけ続けることで効力が増すのです。強く一気に呪いを発動させるのではなく、ゆっくりと深く魂にまで達するような呪い方ですね。ご子息は幾度も呪われているのだと思います」

「……そんな」


 そう呟き、リックウッド伯爵夫人が青ざめた。そっと肩を抱くリックウッド伯爵も沈痛な面持ちを隠せない。


「そのように呪われていると、自然と周りにも影響がでます。でも、このような場合は変化を感じにくいのです。あまりにも長期間弱い呪いにさらされると麻痺して、小さな異変も普通だと受け入れてしまいます。まあ、それが狙いなんでしょうね」


 イエルの言葉に、私は鳥肌が立った。ダスティンはそんなに長い間恨まれていたのか。誰に? なぜ?


「でも、ご令息がブロック伯爵家にいた期間は、呪いも休眠状態だったと思いますよ」


 私の思考を断つようにイエルは言った。疑問を浮かべる皆の表情を見て、イエルは楽しげだ。


「クレイエア、エライワー、マトリカリアなど、こちらのお庭には浄化に優れた植物がたくさんありますね。上手に作用しあって、敷地内が聖地に近い状態になっています。呪いも抑えられたでしょう。とどめに、真聖菊茶ですから。上手く重なりましたね。それに」


 そこでイエルが言葉を切ると、慌しい足音がして


「イエル!」


 大声とともにグレイナーが駆け込んできた。途端に遠くから獣の叫びが聞こえ、皆が恐怖で引きつる。イエルだけが目をらんらんと光らせ、嬉しそうに告げた。


「では、私の仕事にかかりましょう」

お読みいただきありがとうございました。ブックマーク、評価、いいね、深く感謝しております。

現在、体調を崩しており不定期更新になりますが、気長に楽しんでいただければ幸いです。

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