第6話
駆け付けた人々が見たのは、部屋で倒れているダスティンと呆然とする私にこぼれた茶と割れた茶器。どう見ても怪しく、私が侍女に命じて一服盛ったと疑われた。
否定したが容疑は晴れず、見張り付きで自室に閉じ込められている。
一人でいるとずっと考え込んでしまう。
ダスティンはぐったりしていた。大丈夫だろうか。お医者様に手厚く診ていただけただろうか。
エマはどうしているだろう。関係ないのに手荒い扱いをうけていないだろうか。
私はため息をついて、項垂れる。
失敗した。これでは十年経たずに毒杯か、修道院または療養所行きだ。
事実は誰にも信じてもらえないだろう。
婚約者が奇妙な靄を吐いて気絶して、靄はお茶に濡れたら消えた、なんて胡散臭すぎる。
このまま罪に問われれば、女神さまからの指令も果たせそうにない。この危機をどうすればいいのか。
私は頭痛がするほど考えてみたが、何も良い案は浮かばなかった。
屋敷内のざわめきを感じながら、どれほどの時間がたったのか。私は部屋の外から呼ばれる声で我に返った。
「ミリカ・ブロック嬢、今から入室します」
それから部屋に入ってきた人々を見て、私は自分の甘さを知った。
普段、領内の事件には我がブロック領の治安警備隊が担当する。今回も警備隊長が来るのだと思っていたが、入ってきたのは領内の治安警備隊長とお医者様に見知らぬ男性が二人だった。一人は小柄で、目つきの鋭い中年男性、もう一人は短い金髪の体格のいい若い男性だった。小柄な方の男性が口火を切った。
「初めまして、私はブロック領、リックウッド領、エクマン領の三地方の警備隊統括部のグレーナーという者です」
なぜ気づかなかったのだろう。ダスティンはまだリックウッド家から預かった令息だ。もう領内で済む話ではなく、地方治安警備隊の管轄なのだ。
「何があったのか、あなたのお話を聞かせてもらいたいのです」
その目に射竦められ、私は伏し目がちに話した。
お茶会中に婚約者が急に苦しみ始めた。侍女に人を呼んでもらったが、間に合わず倒れてしまった、と。
私の言い分を聞くと、グレーナーがいくつか質問をしてきた。
飲んだお茶とお菓子の種類、誰からもらったか、頼んだものか、お茶の用意をしたのは誰か、お茶に変わったことはなかったか。
それについて私も正直に答える。
東国の花茶と祝い菓子、姉からの隣国土産で、頼んでいないし、貰って初めて知ったもの、用意は侍女のエマが、初めて飲むお茶で全てが風変わりだった、等。
「ポットが割れていましたが」
グレーナーの質問に目を伏せたまま答える。
「多分、慌てて落としたのかもしれません」
「多分?」
「……婚約者が倒れて、動転しておりましたので」
グレーナーの強い視線を感じ、私は顔を上げられずにいた。
「落としたにしては、不自然でしたね。テーブルから離れた場所の床が濡れていましたよ。スプーンやカップも、まるで投げつけたみたいにね」
黙る私にグレーナーは続ける。
「だが、倒れたお方と争った痕跡はなかった。どういうことでしょうね」
グレーナーから強い威圧を感じる。私は身体を固くして、床を見続けた。背中に冷や汗が流れる。
「あなたは何か隠していらっしゃる」
その声は冷静なのに、威圧感が一気に膨れ上がった。私はそれに耐えられず、手が震えだす。動揺しているのが明らかだ。隠しきれないと思った私は呟いた。
「お話しても、信じないと思います」
「だが、聞かなければこちらも判断できません」
顔を上げると、グレーナーはまっすぐに私を見据えていた。
終わった。私はため息を吐くと、あの奇妙な靄との対決を告白した。
「……以上が私の見たことです。信じられないとは思いますけれど、嘘は申しておりません」
私の話を聞き終えた人たちは眉を顰め、考え込んだり、困惑していたが皆無言のままだった。
当然だ。同じ立場なら私だって信じない。
これで私が領地を継ぐことも、ダスティンとの結婚もない。幻覚の見える娘など処分の一択だ。毒杯か、修道院いや療養所か。この先の危機には関われず、戦渦に巻き込まれる未来が近づく。あと私のできることは、これからの危機を手紙で書き残しておくことぐらい。最善は無理でも、最悪を回避するためにこの場を収めなければ。
私は一同に頭を下げた。
「私はどのような処分でも受けます。ですから、私一人の罰でお許しいただけませんか」
「ブロック嬢」
グレーナーが私に呼びかける。
「リックウッド様の御心配はされないのですね」
鋭い目つきで問われ、私は後ろにいる領内のお医者様に軽く微笑んで答えた。
「ここにお医者様がおられますし、お弔いの鐘も聞こえませんでした。それにグレーナー様は『倒れたお方』とおっしゃったわ。ダスティン様は最悪を免れたのでしょう?」
少なくとも、お医者様が付きっきりで予断を許さない状況ではないはず。どうかそうでありますようにと、私は切に願った。
グレーナーは私をじっと眺めてから、後ろを向いた。見知らぬもう一人、短い金髪の体格の良い男性と頷きあう。グレーナーも私に向き直ると再び口を開いた。
「ここからは後ろの者が説明します」
まず、私たちの主治医でもあるお医者様が説明を始めた。
「リックウッド様は現在眠っております」
私はダスティンが無事なことにホッとした。
「それは毒の影響ではなく、そもそも毒に侵されていないのです。しかし、眠りが深すぎます。目覚めるのに時間がかかるかもしれません。」
困惑するお医者様の横から、もう一人の見知らぬ男性が話し始めた。
「続きは私から。今回、統括部に協力しています神官騎士のイエルです」
体格のいい金髪の男性はそう名乗り、穏やかに微笑んだ。
神官騎士とは普段は神官として神殿で奉仕に勤めているが、有事の際は武器を持って戦いに臨む『神の兵』。王都の大神殿にしかいないと聞くが、初めて見た。
イエルはよく通る声で言う。
「先ほどお医者様が言われたように、彼はしばらく目覚めないでしょう。それは心身の激しい消耗に、呪いを解かれた衝撃が重なったためと思われます。この場合、ただの疲労回復よりも時間がかかります。体と心の疲労に加えて、魂も傷ついておりますのでね」
聞きなれない言葉に、私は首を傾げる。
イエルはそんな私に微笑みながら言葉を続けた。
「彼は呪われていたのです」
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