第55話
お久しぶりです
婚約パーティーの準備に追われるなか、父から執務室に呼ばれた私は一通の手紙を渡された。
「私はもう読んでいる。ミリカもそこで確かめなさい」
その場でそっと開くと、調査報告と書かれた文字が見える。
私はダフニー様とフェリシア様の伝手を頼って、カルド家とアザリー家、そしてウィスカム家についての情報を購入した。もちろん、貴族年鑑にのらない類いの情報だ。伝手があっても費用は相応。どうにか父を説き伏せた私は、両家が持つ他国との繋がりに絞って調査を頼んだ。
その結果、この報告書にはアザリー家現当主より三代前に、中西国の薬種問屋に嫁いだ庶子がいたと書かれていた。
読んだ途端に目眩がした。
前回の生では、王家の毒の原料を含むお茶は中西国の品だった。そこに、中西国の薬種問屋に嫁いだアザリー家の庶子。養子を迎えたバローネ家。私のいなくなったあの子。
一つ一つが重なって、疑惑が強まっていく。前回の生でニコラス・アザリーから向けられたあの冷たい視線は、私を実験体として見ていたから?
思い出すと、胸が重たく冷えていく。目を閉じてゆっくりと息をしてどうにか自分を整えると、報告書の続きに目を通す。
カルド家については、南方の国の商人がよく訪れると記していた。それも裏では特殊な商品を扱うと知られた商会で、自国では公然の秘密だと。この書き方で表されるのは禁制品か人身売買だ。南方のいくつかの国ではまだ奴隷制度が残っている。
ダフニー様はこう言った。ジャン・カルドは『いつも下位貴族のご令嬢が一人になるのを狙って声をかけて』いると。それに、上から下までなめ回すようなじっとりとした、あの視線。あれは品定めをしているのではないか。
ぞわりと肌が粟立つ。私は腕を擦って自分を暖めながら、報告書を読み進める。
ウィスカム家については、山に囲まれた土地で余所者には警戒心が強く、他国との交流はほぼないとあった。唯一、他国の交わりがあったのは十年前。大雨による山崩れの後、王都からの派遣部隊に他国の傭兵が混じっており、数週間で復旧作業を終えて引き上げたという。それきりだった。
正直、私は帝国との関わりを期待して調査を頼んだ。そちらは何もなく、特にウィスカム家は他国との縁すらない。カルド家、アザリー家については意外な事実がわかった。だが、あからさまに怪しいのはカルド家だけだ。
「読み終わったかい?」
「はい。お父様」
答えながら私は読み終えた報告書を父に渡した。受け取った父は引き出しにしまって鍵をかけ、改めて私と視線をあわせて言う。
「どうやらカルド家は後ろ暗いところがありそうだ」
頷く私をじっと見つめた父は続けた。
「ミリカ、調査結果に納得していないようだね」
その通りだ。しかし、それを説明するには前回の生から話さなければならない。どういえばいいか迷う私を父は静かに見ていた。
「はい。私の中では疑わしいままなのです」
結局私は思ったままを答えた。
「カルド家以外の調査報告に怪しいところはないと思うが」
「……そうですね。でもアザリー家が中西国と縁付いているのが、どうも気になるのです」
「中西国の医の歩みは毒とともに、と言われている。その噂の国の薬種問屋に嫁ぐ、か」
「私が毒に過敏なのかもしれませんが」
「呪いの件もある。当事者のミリカには思うところもあるだろう。しかし、ウィスカム家はきれいなものだ」
「そうですね。きれい過ぎるくらいです」
「逆にそれが怪しいと?」
私は黙って頷いた。父はふむ、と呟いて考え込む。
この違和感をわかってもらうには、前回の生を話すしかないのか。信じてもらえるだろうか。
「では、この三家は警戒対象とする」
その言葉に驚く私に、父は頷いて続ける。
「神殿や統括部には他に狙いもあるだろうが、我が家はその方向で進める。娘がここまで怪しむのだ。ミリカの勘を信じよう」
「……こんなあやふやなものを、よいのですか?」
「勘というのは言葉にできない細かな事柄が重なった判断だ。意外と侮れないものだよ。それに、我が子がここまで危機感を持つのだ。警戒しておくべきだな」
信じてもらえた。本当のことを明かしていないのに。
私は胸がいっぱいになって、父に頭を下げた。
「お父様、ありがとうございます」
「私も勘には幾度か救われているのだよ。主に、信頼する妻の勘にね」
父はそう言って、私に片目をつむった。
お読みいただきありがとうございました。
暑さにやられていました。皆様もご自愛下さい。