第54話
お久しぶりです
その後の話し合いは順調に進み、婚約パーティーは霜備え期最初の休日に決まった。その頃なら日中は汗ばむほどの陽気が続く。冷たいお茶を味わうには最適だ。私がまだデビュタント前なのでお茶会となるのも幸いした。
霜備え期まで四十日足らず。今のうちにあれこれ決めておこうと、試飲会は打ち合わせに変わった。
「では、この果実入りのリナーリス茶は、二人のために意見交換会の皆様が発案なさったと紹介いたしましょう」
「ありがとうございます。お二人の婚約にふさわしい門出のお茶となりましょう」
母の申し出に、ダフニー様は麗しく微笑んだ。意見交換会の方々も淑やかに控えているが、目は爛々と輝いていた。
イエルやグレーナーは澄ました顔で見ている。父やダスティンは何事もなかったように振る舞っていた。私は周りが気になるも、母や意見交換会の方々と話し合いを続けた。果実の確保に輸送や保存、保冷箱の手配等決めておくことはまだまだあるのだ。
有意義な時間も終わり、ご令嬢たちをお見送りした後ダスティンと目があった。ちょうどいい。私は近寄って話しかける。
「ダスティン様。先程ご令嬢達をわざと煽ってましたね?」
「ああ。ミリカはこちらを窺っていたから」
「……合図ではなかったのですけれど」
「おや、余計なことだったか」
「いいえ、とても助かりましたわ」
「はは、勘違いが功を奏して何よりだ」
そう笑ったダスティンは私をエスコートして端に寄った。
「今日のダフニー嬢をどう思う?」
ダスティンは私にだけ聞こえるように呟く。
「とても興奮しておられましたね」
私の小声を拾うため、ダスティンは少し顔を寄せた。
「いつもはああも安い挑発にのることはないよ」
「ダスティン様からの言葉でも?」
「ひどいな。確かに嫌われている自覚はあるけど」はははと軽く笑って「もっと慎重に立ち回るひとだ。だから、今日のご令嬢達に違和感があった。いや、既視感かな」
ダスティンはそこで私の方にそっと屈んで呟いた。
「あの高揚ぶり、学院のときの私達みたいだと思った。諌めるエンリケにくってかかった自分たちのようだ」
「……呪い、が?」
驚く私に、ダスティンがにっこりと笑った。
「それならリナーリス茶が反応すると思うよ。でも、何もなかった。だから」
ダスティンは耳元でそっと囁く。
「神官騎士を疑っている」
目を見張る私に、ダスティンは続けて囁いた。
「ご令嬢たちは彼に唆されたのじゃないかな。また後で話そう。笑って、ミリカ。婚約者がじゃれているように見せないと」
ふふ、と笑うダスティンの腕を軽く叩いて私は睨んだ。
「そうそう。だから気をつけて」
私はすねたふりをしてそっぽを向くと、イエルとバッチリ目があった。いつから見られていたのだろう。イエルはこちらへずんずんとやって来て、明るく声をかけられた。
「ダスティン・リックウッド伯爵令息にブロック嬢、今日はお招きありがとうございました。リナーリス茶をこんな風に広めていただけるなんてありがたいことですねえ」
「ああ、今日はご尽力感謝します」
ダスティンが答える横で、私は笑顔を見せるにとどめた。いいえ招いてませんが? と本当は言いたい。
冷えた空気を察して、グレーナーが割り込む。
「この度のご協力誠にありがとうございます。我々全力で取り組む所存ですので」
そう言ったグレーナーは無表情のまま、イエルは愛想のよい笑顔でじっと探るように見つめられた。気分が悪い。
「よろしくお願いいたしますわ」
私は内心苛々しながら、微笑んで言った。
「では、私どもはこれで失礼いたします」
二人はさっと頭を下げ、あっさりと去っていった。私は思わず溜め息をつく。ご令嬢達が唆されたという見解が、ありそうなのが悩ましい。本当に油断ならない人達。
「さあ、私達も行こう」
ダスティンに促され、私達はその場を離れた。
◇
執務室には両親とリックウッド伯爵が揃って、私達を待っていた。
「お父様」
「うん。ひとまず切り抜けたね」
私の問いかけに父は笑顔で答える。私は疑問をそのままぶつけた。
「神官騎士様達が来られるのを、あえて伝えませんでしたね?」
「あれは私も知らなかったのだよ。当日になってブラドル嬢から連絡が来たのだ。しかし、不測の事態が学べてよかった」
無言で視線を合わせる私に、父は宥めるように言った。横で母も頷く。
「ミリカ、あなたはそちら側の学びは足りていないの。婚約披露パーティーも決まったのだから、実地も交えつつでないと間に合わないわ」
「ダスティンもこれまでと違うところを見せて行かないと。だろう?」
リックウッド伯爵にも窘められる。私達は神妙に頷いてから、ダスティンが尋ねた。
「だから、口出しせずに私達の立ち回りを見たのですね」
「そうだ。まずは見守るつもりでね。もう少し穏便にできればよかったが、結果は悪くない」
「皆様焦ってらしたみたいね。突然、他家にパーティーを開かせようなんて」
「あちらもまだ経験が足りないようだ」
両親の言葉にリックウッド伯爵も頷く。
もしも、ダスティンの予想通りに神官騎士が令嬢達を唆したとしたら、私達の不興を買ってまで囮にするのが目的? それだけ?
「ミリカ」
父に呼ばれて我に返る。
「私達も協力する。これからも二人で力を合わせて励みなさい」
「「はい」」
返事が揃った。微笑んで頷くダスティンに頷き返す。
私達は、その日に向けて動きだした。
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