第53話
しばらく沈黙が続いた後、ダフニー様は目を伏せると淑やかに詫びた。
「私達は、どうやら思いこみが過ぎたようです。親友から家を継ぐ妹を気にかけてほしいと頼まれ、これまでのこともあり、力が入ってしまいました。心よりおわ」
「そのようなことは仰らないで下さいませ」
私は少し被せぎみに遮る。ここは少々失礼をしてでも、高位貴族の令嬢に頭を下げさせてはいけない。
意見交換会の皆様は家を持ち出せば大事になる上に、自分達の力も認めてもらえない。だが、自分達の暴走を認めて今ここで謝罪の形さえ示せば、格下の我が家は引くしかなく内々でなかったことにできる。これが最善手だ。さすが、皆様わかってらっしゃる。
「当家にそのようにお心配りいただいて、ありがたい限りですわ。これからも友誼を結んでいただけるなら、心より嬉しく思います」
私の言葉にダフニー様たちは気を取り直したようだ。
「そう言っていただけるなら何よりですわ。私達、できるだけお力になりたく思いますもの」
「まあ。心強いお言葉、感謝いたします」
私は笑顔で返す。内々に済ますとはいえ、これは貸し一つだ。ダフニー様たちも心得たもので、令嬢の微笑みで返す。様式美は大切だ。しかし、そう思わない者もいるわけで。
「では、みすみす疑わしい人物を放っておくんですか? また仕掛けられるかもしれませんよ? 危ないじゃないですか!」
イエルが大声を上げて、立ち上がる。
「これはブロック伯爵家と領内の安全のために必要なことですよ。領民を守るのが務めでしょう。この機会を利用しないと!」
私は黙ってイエルを見つめた。イエルは鼻息荒く一歩も引かぬ様子でいる。
「申し訳ありません!」
グレーナーが後ろから大声の謝罪とともに腰を直角に折った。そのまま弁解を始める。
「このトンチキは、事件を解決したいという熱意が溢れてまして。どうかどうかご容」
「もういいわ」あまりにも予想通りで、私はため息混じりに遮った。「茶番は飽きたの」
それで二人ともピタリと身体の動きを止めた。私はうんざりした風に続ける。
「そういう役割なのでしょう。神官騎士様が先陣で振り回し、警備隊統括部のあなた様が収める方法。公を司る方は法に触れられなくとも、協力機関である神殿からの要請であれば瀬戸際まで攻められますもの。そうやって解決したことも多いのでしょう。優秀ですわね」
私が言い終えても二人はピクリともしない。イエルの視線が妙に静かで気味が悪いが、私は構わず続ける。
「神官騎士様。先程の言葉は捜査協力中のお立場として仰ったのですか? それとも王都の大神殿からの派遣として、ですの?」
「私は、いつでも王国の平和を望む神の僕として生きておりますよ」
イエルは驚くほど静かな口調で、答えにもならない答えを述べる。なるほど、もとより答えてくれるとは思っていなかったけれど。
「では、そのお立場は貴族の矜持を脅かすに相応しいとお思いで?」
私の問いに、イエルもグレーナーも答えなかった。私は二人を見ながら
「結婚には神殿が関わりますが、婚約はまだ家同士の契約ですわ。貴族の契約たる婚約は、お互いの家の対面や利益を保つためのもの。婚約パーティーはその周知のため、華々しく行われます。それを囮に使えば騒ぎは必須。たとえ無事だったとしても、貴族の矜持を脅かすと同義の申し出と、理解しておられますか?」
なるべく淡々と話した。グレーナーもイエルも表情が変わらなかった。薄々気づいていたのだろう。本当に食えない。
「私どもは」グレーナーが頭を上げ、口を開いた。「王国の治安を守るべく尽くしております。決してご不快を招く意図では」
「そうです! そうですとも! 皆様を守りたい、その一心で動いているのです!」
重々しく答えるグレーナーの横からイエルが大声を上げた。
「それにですねえ、私、リックウッド伯爵令息も治療いたしましたよね。ええ、それが私の本分ですから。ただ、これ、私以外だとここまで大した後遺症もなく、短期間に回復しなかったと思うんですよねえ。私、結構優秀なんです。そういうところもね、考えていただけないかなーと、ね。」
さっきとはうってかわってへらへらと語るイエル。
この二人はやはり、あえてこうなのだ。とはいえ、イエルの言い分も一理ある。
「そうですわね。私の婚約者にとっては命の恩人ですわね」
「でしょう?」
「ですから、リックウッド伯爵邸での捜査に協力もいたしましたのに。まさかお忘れ? 王国民たる私の安全はどうお思いです?」
私はイエルが次を発する前に追撃した。言葉につまるイエルに、わざと大きく息をつく。
「まあ、私も領民を守る立場としてこれ以上は言いませんわ」
静まった部屋で私は皆を見渡す。ここまで両親とリックウッド伯爵は口を挟まなかった。その意味を考えながら、私は結論を出す。
「では、我が家は皆様の試みがつまった婚約パーティーを開催すると致しましょう」
その途端、眉根を寄せるダスティンに微笑んで続けた。
「ダスティン様。私を第一に思いやって下さり、ありがとうございます。あなたを信じて、このような思いきった方法が取れますわ」
そう言った私を、ダスティンは黙って見つめた後にそっと頷いた。
私はざわざわと沸き立つご令嬢達とイエルに向かって、朗らかに告げる。
「これは成功して当然の試みであることと、私どもは伯爵家の矜持を曲げて協力いたしますこと、どうぞお忘れなきよう。これで皆様は、当家から貸し一つ、となりましてよ?」
にっこりと笑う私に、誰も返す言葉もなかった。
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