第52話
「どうですか、と言われましても」
注目の中、私は眉を下げて言った。それに対し、イエルはにこやかに答える。
「婚約パーティーを開けば、お茶の御披露目と怪しい人物が一気に片付けられますよ。いい考えでしょう?」
ねっ!と念押しに笑いかけられ、私は曖昧な笑みを浮かべた。そっと回りを見て、皆の反応を窺う。
意見交換会の皆様は微笑んでいても、視線がぎらついていた。ダスティン様は険しい表情で、リックウッド伯爵と父はむっつりと黙り込んでいる。母は伯爵夫人らしいおっとりとした表情で座っているが、確実に怒っていた。そして、グレーナーはずっと黙ってこちらをみている。どうやら各々の思惑がありそうだ。
「なるほど。意見交換会の皆様と神官騎士様はそういう意図の婚約パーティーを開くべきとのお考えですのね?」
私の問いかけに、イエルはぱっと両手を広げて答える。
「ええ。お茶も広まって、身の安全も守れる。いいことずくめじゃないですか」
その言葉に令嬢達が頷き合う。
確かに、利点はなくもない。考え込む私にダスティンが声を上げた。
「ミリカ。拒むんだ。自分が招いたからとはいえ、言いなりになる必要はない」
その言葉を聞き、ダフニー様が噛みついた。
「まあ! 私達が強要しているみたいに仰らないでくださる? 失礼だわ」
「正直、貴女方の家格からこのように『提案』されると、状況的にもこちらには命令と変わらないように聞こえるが?」
「嫌だわ。それはあなたがアイリスにしていたことでしょう。年上の男だからっていつも上からものを言って。ミリカ嬢、丸め込まれてはいけないわ」
「貴女方は何もわかっていない。婚約パーティーだぞ? 次期伯爵夫人としての起点から彼女を躓かせようというのか?」
「お二人とも、落ち着いてくださいませ!」
私はやり合う二人を止めようと声を張った。不満げではあるが、口を閉じた二人にほっとする。向こう側でイエルが面白そうにニヤニヤしているのが見えた。軽く息をついて、私は話し始める。
「まず、私どもを気遣い、ご提案くださったことありがとうございます」
私はそう言って頭を下げた。姿勢を戻し、回りを見渡す。両親とリックウッド伯爵は見守るように、ダスティンは心配そうに、意見交換会の皆様は挑むようなまなざしで、グレーナーは冷静に、イエルは面白がってこちらを見ていた。ぐっと気を引き締め、私は続ける。
「此度のご提案は、ブロック伯爵家として判断すべきもの。よって、私は次期伯爵夫人として発言をいたします」
一旦、言葉を切って反応を確かめる。全員、意味を受け止めているようだ。私はさらに続ける。
「その上で、お訊きしたいことがございます。此度の提案は、どのお立場からお薦めいただいたのでしょう?」
「……立場、とは?」
ややあってダフニー様が問いかけ、私は微笑んで答える。
「はい。先程のダスティン様は私の婚約者であり、未来の夫、次期伯爵として提案を受け入れられないとしました。しかしまだ婚約者であり、今はリックウッド伯爵家の令息。まだ我が家の決定権は持てません。ですから、私が次期伯爵夫人として発言いたします。今、この場での直系は私ですので」
じっと見つめるダフニー様に微笑み、私は伝える。
「ですから、様々なことを鑑みての判断が必要なのです。
意見交換会の皆様からのご提案は、妹の私を心配する姉の友人として、なされたものか。
または、高位貴族としてお家の、もしくは縁付く先の判断ありきでのご提案なのか。
若輩者が真っ直ぐに問うことを、どうぞお許しください。我が家も他家に祝祭を委ねるとなれば、相応の理由が要りますゆえ」
私はそう言って頭を下げ、もう一度頭を上げたときには、部屋が静まりかえっていた。……自分でもずいぶん苛烈なことを言った自覚はある。
私は、今回の意見交換会の皆様からの提案には、複数の目的があると見ている。
まず一つめが、意見交換会の皆様が我が家の両親とダスティンに一矢報いること。
皆様は、両親とダスティンが優秀なアイリス姉さまを認めなかったと思っている。だから、友人の妹を案じる名目で格下の伯爵家に華々しく介入し、意見交換会の、ひいてはアイリス姉さまの優秀さを我が家に思い知らせたかったのだろう。
本来なら、姉の友人の高位貴族からの提案は、ダスティンのいう通りほぼ命令だ。しかし、彼女達は高位貴族であろうとも爵位の継げない一令嬢。現時点では、我が家の直系となる私の方が家については権限がある。何なら今の私はダスティンよりも発言権が強いくらいだ。
二つめは、意見交換会の実力を広めること。
先程は我が家が対象だったが、今度はそれぞれのお家に対しての誇示だ。現在の意見交換会は、社交界の華としての存在にすぎない。特に、ダフニー様がブラドル商会の貴婦人部門を立ち上げるには実績が足りないのだ。前回の生では、皆様は貴婦人部門を足掛かりにのしあがっておられた。それを今回の提案で成し遂げる計画だろう。
つまり、今、貴婦人部門が立ち上がっていないのなら、それぞれのお家の力は借りられない。ならば縁付くお家も論外、間違えば婚約破棄もありうる。
ダフニー様は私から目を反らさなかったが、何も言えないようだ。アベリア・ターラント伯爵令嬢、マーキア・ノールズ伯爵令嬢も表情が強張っている。フェリシア・ウィーラー侯爵令嬢は真っ青になっていた。
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