第51話
満場一致で皮ごとのリモンの採用が決まった。
「実は、今回積み込んだ果実の中でリモンが一番少量でしたの。このように使えるなんてありがたい限りですわ」
そう言ってアゼリア・ターラント伯爵令嬢は朗らかに笑った。
「これで高位貴族向けのお茶は決まりましたわね。リモンと季節の果実を合わせれば、寒くなるまで飽きずに楽しめますわ」
ダフニー様は全員を見渡しながら言い、皆が笑顔で納得したように頷く。
その中で私はちらりとダスティンを盗み見た。ダスティンは、今日も最初の挨拶以外は令嬢達から話しかけられていない。それでも姿勢を崩さず、場にふさわしい態度で臨んでいた。
ダフニー様は皆の反応を確認した後、イエルに向かって問いかける。
「そう言えば、神官騎士様、土の恵みとやらとこのお茶の浄化は、組み合わせても効果は変わりませんの?」
「浄化の効果でしたら、何も問題はありません。土の恵みは土に宿り、作物がよく育ち、品質がよく美味しくなるもので、浄化に及ぼす影響はないので」
「そうですのね、わかりました。では、私達は心置きなくこのお茶を広めて参りましょう」
イエルの答えに、ダフニー様は満足げに頷いた。
私はほっとしていた。これでこのお茶は必ず流行する。この国の秋の残暑の厳しさ、貴族の新しきもの好きの気風、それに意見交換会の後押しで、高位貴族にはすぐに広まるだろう。そうすれば、貧民への炊き出しもすぐに行える。上と下から浄化を進めていけるはず。
ところが、ダフニー様は次にとんでもないことを切り出したのだ。
「それで、ご提案があるのですけれど。このお茶の大々的な御披露目として、ダスティン・リックウッド伯爵令息とミリカ・ブロック伯爵令嬢の婚約披露パーティーを開きませんこと? そこで皆様にこのお茶を振る舞うのですわ」
……何を言われたのかわからず、父も母も私も呆気に取られてしまった。そのくらいこの申し出は予想外だった。
「それはとてもいい案ですねえ!」
いち早く声を上げたのは、まさかのイエルだった。
「お祝いごとはいろんな方が集まりますし、このお茶も名が売れるし、それに隠れている鼠もおびき寄せるのにもいいですよねえ」
イエルの言葉に、我が家とリックウッド家の親子はハッとした。確かに婚約披露パーティを開けば、ジャン・カルドやニクラス・アザリーは来る。それどころかアルバン・ウィスカムもやって来るかもしれない。
「うまく行けば捕まえられるかも。いいえ、関係者をまとめて、完全な浄化もできるかもしれません」
そう言ってイエルは子供のように目を耀かせていた。
「ね。とても良い案だと思いますわ。いかがでしょう?」
ダフニー様の提案に、意見交換会の皆様が微笑んで頷き合う。
確かに良い計画だと思う。パーティーで浄化のお茶を振る舞い、呪いにおかされたものを炙り出して浄化する。お茶の効能と呪いの恐さを知らしめ、神殿の有能さを見せるには絶好の機会。でもそれは、自分達が婚約パーティーの主役でなければの話だ。
私が口を開くより先に、その声はよく響いた。
「折角だが、それは受けられない」
今まで黙っていたダスティンが、はっきりと拒否を示した。
それを聞いたダフニー様は、ようやくダスティンと目を合わせた。微笑みを保ちつつも冷たい視線とは裏腹に、柔らかく問いかけた。
「まあ、何故ですの?」
「両家にとっても大切なことだ。そのように利用されるのは」
「うふふふふ。いつぞやのデビュタントを台無しになさった方とは思えませんわね」
ダフニー様は言い分を遮って嗤った。それでもダスティンはダフニー様から視線を反らさず答える。
「ブラドル嬢。その通りだ。私は取り返しのつかないことをした。謝ろうが償おうが過去は変えられない。だから、これ以上ブロック家が傷つかないように動くと決めたのだ。その提案はお断りする」
「……そうやってまた、ご自分の意見に固執されるのかしら?」
「自分達の祝宴は自分達で行いたい。それだけだ」
それきり二人は何も言わずに睨み合っている。場の空気がチリチリと焦げつくかに思えた時だった。
「じゃあ、もう一人のお方にも聞いてみてはいかがです? ミリカ・ブロック嬢、どう思われました?」
呑気なイエルの声で、全員の視線が私に向いた。
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