第50話
それからは全員が果実をお茶に入れたり、搾った果汁を混ぜたりと様々な方法を試していった。
「この果実の甘いこと!」
「美味しいけれど、お茶の風味を消してしまいますわ」
「でしたら、コンフィチュールは合いませんわね」
フェリシア・ウィーラー侯爵令嬢とマーキア・ノールズ伯爵令嬢が、赤い小さな果実を入れたお茶の感想を言う。
「こんなに香り高いのに」
「なぜ後味がこうも薬っぽくなるのでしょう?」
アベリア・ターラント伯爵令嬢と私は、薄緑の果実を合わせたお茶に首をかしげる。
「リモンの果汁入り、悪くはないが」
「紅茶と比べると個性がないな」
リックウッド伯爵と父の言葉にダスティンも頷き、三人で飲み干していた。
「夫人はどれがお気に召しましたか?」
「そうですわね。こちらはお茶に合う甘酸っぱさで美味しゅうございました。ただ……」
「見た目、ですわね」
グラスの中、細かい粒が集まった赤紫の果実はお茶で黒く染まってしまった。母とダフニー様は困り顔で微笑む。
「どれも決め手にかけますねえ」
のんきな声のイエルは試飲のグラスをさくさくと空けていった。残り一つはくさび形に切られたリモンが縁に飾られたグラスだけ。グラスから外したリモンを搾ろうとして、
「おっと」
手が滑ったようだ。皮ごとグラスの中に落としてしまった。
「失礼しました。ああ、取り替えなくて結構です。神への祈りがこめられたもの、全て美味しくいただきますとも」
グラスを替えようとした給仕をイエルは笑顔で断った。リモンを皮ごと入れたお茶は苦いので、果汁だけ搾り入れるのが普通だ。それを飲みほすと言うとは、さすが聖職者。
「神官騎士さまは心がけが違いますな」
感心したリックウッド伯爵が言うとイエルは嬉しそうに答える。
「エクマン領で頑張る彼と、今回はターラント領の同輩の力もありますのでね。研修時から、同輩は祈りにのる土の恵みが評判でした。今回、その成果が両方味わえてとても嬉しいのです。皮の苦さなんて全く気になりませんとも」
そう言ってグラスから一口飲むと、カッと目を見開いて叫んだ。
「え、なんで? 苦くなーい!」
イエルは何度も確かめるようにお茶を一口飲んでは目を見張っていた。驚いてその様子を見つめていると、飲み終わって顔を上げたイエルと視線が合ってしまった。
「えっ、これ私だけ? あっ、ブロック嬢、飲んでみてください!」
「え、私ですか?!」
「そうですよ。ほらほら早く」
イエルに強引に押し切られ、私はしぶしぶ新しいリナーリス茶のグラスに皮ごとのリモンを落とす。予想する苦味にためらっていると、イエルがにこやかに視線で圧をかけてきた。覚悟を決めて一口含むと、ふわりと口の中に広がったのは全く違った味だった。
どこか野趣のあった香りが、リモンによって洗練されすっきりと上品に変わった。軽い酸味で爽やかさが増し、微かな甘みが後を引く。
「苦くないし、美味しい」
思わず呟いた私にイエルはにんまりと笑って答えた。
「そうですよね! やはりこのお茶は皮ごとのリモンがあうんですよ。さすが見習い! さすが同輩!」
悦に入るイエルの声に、他の人々もお茶に皮ごとのレモンを入れて飲み始める。
「まあ」
「これはすごい」
「ここまで変わるなんて」
皆が口々に驚きを表すなか、私は不意に閃いた。フルートグラスに先程の薄緑の果実と皮ごとのレモンを重ねた上に、冷たいリナーリス茶を注ぐ。グラスをくるくると回して撹拌すると、一口含んでみた。
その香り高さは変わらず、なのに後味の嫌な薬っぽさがなくなった。どこまでも爽やかで飲みやすい。
「ターラント様、リモンを加えたらあの後味がなくなりましたわ」
私の言葉で同じように試したターラント様も驚きで声が大きくなる。
「ええ、先程とはまるで別物ですわ!」
私達にならって、他の人々もリモンなしと有りを比べ始めた。
「赤い実に合わせると、優雅な甘みになりましたわ」
「本当に」
「皮ごとのリモンで、お茶の風味がより際立つ」
「まあ。皆様、こちらをご覧になって!」
母が驚きの声を上げ、グラスを高く掲げた。
陽光に照らされたフルートグラスの中、リモンと赤紫の果実は、リナーリス茶に染まることなく新鮮な輝きを保っていた。
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