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第49話

お久しぶりです。

 七日後、我が家のティールームで行われた再試飲会で、意見交換会の華やかなご令嬢たちがリナーリス茶を前に夢中で話し合っている。私は張り付けた笑みで聞き役に徹していた。


 そっと周りを窺うと、リックウッド伯爵はご令嬢たちの勢いに表情が繕えていないし、父はかろうじて笑顔だが目が虚ろで、隣にいるダスティンも同じ表情だ。その後ろにはグレーナーが控えめに立っている。そう、警備隊統括部のグレーナーだ。


 そして、朗らかに語り合う令嬢たちのなかには一際大きな男性、神官騎士のイエルが再試飲会にしっかり参加していた。


 さっそく令嬢たちと意気投合して妙に馴染んでいるのはなぜだ。こちらから招いたなど聞いていないのだが。


 チラリと父に目をやると、極薄く私に微笑んだ。それでごまかされると思っているらしい。視線を合わせたままにしていたら、軽くひきつっていた。母はそれに目も向けず、おっとりと微笑んでいる。


 まあ、おかしいとは思っていた。


 三日後、エクマン領から帰った父がいつもより疲れているのは気づいていた。きっと好奇心旺盛なダフニー様に振り回されてきたのだろう。私にも覚えがある。


 普段ならもっと労るところだが、今回の再試飲会にいらっしゃるのは皆様侯爵家から伯爵家の方々で、我が家より格式が高い。その方々から新しいことを試したいとの申し出もあった。よって屋敷総出で粗相のないように準備を進めており、こちらも余裕がなかった。


 この時少しでも話題を振っておけば……。まさかこうなるとは思わなかった。私は本心を見せまいと淑やかに相槌を打っていた。


「神官騎士様のお話、とても興味深いものばかりですわ」


と、仰るのはフェリシア・ウィーラー侯爵令嬢。


「リナーリス茶についてもっと詳しくお教えいただけますか?」


 それを受けて続けるのはマーキア・ノールズ伯爵令嬢。

 お二人の言葉に、イエルは満更でもなさそうで熱心に生産行程などを語っている。令嬢たちは興味津々で質問していた。


「まあ、その見習い神官のかたが手ずから育てているのですか」

「それが高い浄化効果の秘訣なのかしら」

「はい。実験の結果、今はそれが最良となっております」

「でしたら、生産量は一気に増やせませんわね」

「しばらく今の量を守るのが最善でしょう」

「ええ。手に入らないものほど欲しくなりますもの」

「神官騎士様、いずれお茶畑を増やすご予定はおありでして?」

「それはこの試みが成功してからの話ですねえ」

「あら、私達にかかっておりますのね!」


 最後のアベリア・ターラント伯爵令嬢の言葉で、令嬢達は楽しげに笑った。令嬢達がそれぞれの侍女に合図をすると、すぐにいくつかの木箱が運ばれてきた。使用人達にてきぱきと開けられた木箱には、様々な種類の果実やコンフィチュールが並べられていた。


「あの、こちらは?」

「うふふ。私達が集めた果実ですわ! こちらの料理人をお借りしてもよろしくて?」


 私の疑問にダフニー様が答えた。令嬢たちは選んだ果実をそれぞれテーブルに運ばせた。慌ててやって来た我が家の料理長にダフニー様が次々と指示を出す。


「リナーリス茶を鍋に開けて冷まして欲しいの。それと、これらの果実をカットできるかしら?」


 料理長は一瞬戸惑ったものの、すぐにダフニー様の言葉に従って動いた。鍋に開けられたリナーリス茶は厨房へ運ばれたようだ。集められた果実は種類毎に違った形に切り分けられ、少量ずつが皿に盛られて個々に給仕される。色とりどりの果実が目に楽しい。


「そろそろリナーリス茶もよろしいかしら」


 母の問いかけで木箱の乗ったティーワゴンが現れた。木箱の中にあるのはリナーリス茶の入ったデキャンタだ。人数分のフルートグラスに次々と注がれ、私にも配られた。父が回りを見渡してから、口を開いた。


「今回の再試飲会は、意見交換会の皆様のご協力で珍しい趣向のものとなりました。まずはお礼を申し上げます」


 それにフェリシア・ウィーラー侯爵令嬢がにこやかに答える。


「こちらこそ私どものささやかな思い付きに応えてくださり、感謝いたします。お気に召していただければ嬉しい限りですわ」

「では、今日のよき日、よき出会いに」


 父の言葉に軽くグラスを掲げてから、口をつけた。瞬間、その感触に皆驚きを隠せない。


「よく冷えておりますねえ!」


 イエルが素直に驚きを表し、手にしたグラスはもうきれいに空いている。それをみてダフニー様は華やかに笑った。


「お気に召されたようで何よりですわ。保冷箱で冷やしてみましたの。秋でも暑い日中は冷たい方が好まれますでしょう?」


 保冷箱は今夏ブラドル商会の売り出した新製品だ。北氷国の山にある雪晶石を嵌め込んだ特殊な箱で、箱の中の温度を長時間冷たく保つ。まさかお茶に使うなんて。


「沸かしたお茶を冷やして飲むなんて、これぞ貴族的な贅沢ですわ。きっと高位貴族に流行りましてよ」


 マーキア・ノールズ伯爵令嬢も笑顔で答えた。ノールズ伯爵家は腕のよい特殊加工職人を多く抱えていると聞く。


「では、さらに贅沢を重ねて果実でお茶を彩りましょう。美味しくて美しいお茶で、まずは貴族のご夫人やご令嬢を惹き付けなくては」


 アベリア・ターラント伯爵令嬢は言い終えるといたずらっぽく笑った。ターラント領内は豊富な種類の良質な果実がとれると有名だ。


「私もこのお茶が国中に行き渡るよう、助力いたしますわ」


 フェリシア・ウィーラー侯爵令嬢は上品に微笑んだ。今最も社交界で注目の意見交換会をまとめる高位貴族令嬢。


 これぞ最強の布陣だ。


お読みいただきありがとうございました。


不定期更新にもかかわらず、評価、ブックマーク、リアクションなど、本当に感謝しております。

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