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第48話

「無理ですわ」


 淹れたてのリナーリス茶を前にして、ダフニー様はきっぱりと言った。


 今、我が家のティールームには両親と私に加えリックウッド伯爵が集まっている。


 ブラドル家から手紙を持ち帰宅した後、我が家は大騒ぎになった。なんと、ダフニー様は五日後に我が家でリナーリス茶を試飲し、できればリックウッド伯爵と婚約者のご令息も一緒にお話がしたいというお伺いだったのだ。大慌てで了承の返事を早馬で送り、無事準備を整えた。両親と私にリックウッド伯爵にダスティンも揃ってお迎えし、リナーリス茶の試飲をお願いしたところなのだが。


 ダフニー様はリナーリス茶に手もつけず、一瞥でそれを断ったのだ。


 あまりのことに私達はそのままダフニー様を見ていたが、いち早く立ち直ったのは母だった。


「あの、ブラドル様。どういうことでしょうか」


 おっとりと訊ねる母に、静かに微笑むダフニー様ははっきりと答えた。


「このお茶は飲むまでもなく、貴族階級には流行らないと申しております」


 は、と小さく息を漏らしたのは我が父で、それで我に返ったリックウッド伯爵は問いかけた。


「なぜ、味わう前にそのようなことを仰るのかお教えいただきたい」

「この香りですわ。素朴で優しいけれど、華やかさに欠けております。これでは受け入れられませんわね」


 ダフニー様は笑顔でさらりと答えた。


「しかし、お茶に華など」

「リックウッド卿、流行は高位の夫人や令嬢から始まりますのよ。華は必須ですわ」


 臆することなく意見するダフニー様にリックウッド伯爵もたじろいでいるようだ。


「では、こちらのお茶は平民のみに流通させる方がよろしいですか?」


 母の問いかけにダフニー様は悪戯っぽく答える。


「いいえ。必ず貴族に流行らせてみせますわ。難しいものほどやりがいがありますもの」

「……では、すぐには貧民に提供できないか」


 父がぼそりと呟いた声は思いのほかよく通った。


「貧民、ですか?」


 そう言って首をかしげるダフニー様。父はリックウッド伯爵に横目をやった。リックウッド伯爵は父に頷くと、ダフニー様に説明する。


「実は、お恥ずかしいことに、呪いの影響は我が領全体にも及んでおりまして。神官騎士どのはまず弱きものからの救済が必要だと、初めは炊き出しでこのお茶も配る予定だったのだが」

「私が止めましてな。先に下々に広まっては、貴族は見向きもするまいとね。私はこのお茶が国の全ての民に必要だと思うのですよ」


 父が後を引き取って続ける。それを聞いてダフニー様は目を見開いた。


「まあ! では、貧民にも早めに与えたいですわね。でしたら……加工の時に出る細かな屑を集めて煮出したものを振る舞うのはいかがです?」

「おお! その手があったか!」

「せっかくの浄化の力を持つお茶ですもの。余すところなく利用したいですわね」


 ダフニー様の提案をリックウッド伯爵は喜んで受け入れた。


「では、このお茶をよく知るためにエクマン領で畑の見学はできますかしら? あと、私、浄化についても神官の方に詳しくお聞きしたいわ。日程のお話をいたしませんこと?」


 優雅に微笑むダフニー様はさくさくと次の段取りに移る。三日後にエクマン領で畑の見学と神官の面会、七日後に我が家で再試飲会を行うと決まった。どちらにも父とリックウッド伯爵が同行する。それが決まってから、ダフニー様は初めてリナーリス茶に口をつけた。


「こういった味わいですのね」


 一口をじっくりと味わった後、ダフニー様は母を見て、


「再試飲会に意見交換会の令嬢たちも招いてよろしいでしょうか?」


と、とんでもないことを言い出した。それは我が家で今をときめく令嬢たちをおもてなしする大役ではないか。


「光栄にございますわ」


 笑顔で平然と答える母を、改めて伯爵婦人として尊敬した。


「では、ブロック卿、リックウッド卿、三日後にまたお会いいたしましょう。皆様方、七日後お会いできるのを楽しみにしておりますわ」


 別れの挨拶をしたダフニー様は、侍女や秘書を連れて颯爽と帰られた。


 ダフニー様の来訪は嵐のような勢いで、帰られた後の我が家はつかの間気が抜けていたが。


「さあ、これから忙しくなるぞ」


 父の一言で空気が引き締まり、それぞれが立ち動いていく。


 そのなかで、私はダスティンから目が離せなかった。


 ダフニー様は手紙でダスティンの同席を望んだが、我が家では挨拶以外、ダスティンには声をかけなかった。その挨拶すらリックウッド家へのもの。


 父とリックウッド伯爵と話しあうダスティンを見ていると、ふいに目があった。


 二言三言交わした後でダスティンは私の方へやってきた。


「大丈夫だよ。呼んでもらえただけありがたいことだ」


 私が何かいう前に、ダスティンはそう言って私の肩をポンポンと叩く。


「ミリカ、ありがとう」


 笑顔のダスティンはその言葉をどのような気持ちで言ったのだろう。


 私は頷いて、淡く微笑むしかできなかった。


お読みいただきありがとうございました。


評価、ブックマーク、リアクション等ありがとうございます。


GW中にPC故障してぺしょぺしょでした。

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