第47話
私の目線に気づき、ダフニー様は侍女やメイドを控えの間に下がらせる。侍女はダフニー様の傍に手持ちの呼び鈴を置いて部屋を出て行った。全員退出してから、私は一呼吸おいて話し出す。
「姉のアイリスの元婚約者で、今私の婚約者であるダスティン・リックウッド伯爵令息は呪われておりました」
私は偶然に菊茶でダスティンを強引に解呪した話から始めた。それでダスティンがしばらく昏睡し、地方警備隊と神殿の捜査の結果ダスティンが呪われており、姉との破局も呪いによるものだと判明した、と。
「姉が送った手紙は、令息を守る護符になるほど気持ちのこもったものでした。それも無効化するため、封印の施された箱にしまわれていたのです。どうしても姉との結婚を邪魔したかったのでしょう」
私はそこで言葉を切った。しばらく沈黙が続いた後で、ダフニー様は静かに問う。
「なぜ、私にそれを明かしたの?」
「先日、私がバローネ子爵家で盛られた毒は、ブラドル商会からの試供品と偽られたものでした」
「……大変でしたのね。私どもはあのお家にそのような試供品は渡しておりませんでしたが、お気の毒に」
「はい。ブラドル商会は名を騙られただけと明らかになっております。今、お話ししたいのは、その被害も呪いが関連しているのではという疑念です」
「どういうことかしら?」
「姉の手紙のように、誰かを強く思う気持ちは護符足り得るのだそうです。エンリケ・サイス伯爵令息がオリビア・バローネ子爵令嬢を溺愛の上送った手紙も同様でしょう」
「それなら、安心ではなくて?」
「はい。呪いが防げたからこそ、身体的な加害へと変えたのではないでしょうか。あのことでサイス様とバローネ子爵家ならびに我が家は傷つけられました。ブラドル伯爵家も狙ったのでしょうが……」
そう言った私にダフニー様は軽く微笑んで答える。
「どなたか知りませんが、見積もりが甘かったようですわね」
余裕を見せるダフニー様に、私は話を続けた。
「神殿の調査によると、私の婚約者の呪いはおよそ四年ほど前からで、ジャン・カルド伯爵令息、ニクラス・アザリー伯爵令息にも呪いの気配がみられるとのことです」
「待って、それはつまり」
そこまで言って、ダフニー様はハッとして口に手を当てた。私は無言で頷く。
それは、今までずっと口にできなかったこと。四年ほど前のダスティンは学院生、同級生の手紙の痕跡からもおそらく呪いは学院内でかけられた可能性が高い。しかし、その事実は公にできないだろう。学院卒は貴族男性の誇り。私達の父親やダフニー様のご兄弟、もっと高位の方々も例外ではなく。
それに思い至ったダフニー様は眉根を寄せて零した。
「捜査は難航するでしょうね」
私はそれに何も言えず、お茶を一口含んだ。小さなカップ半分ほどに残るお茶を見て、私は改めて切りだす。
「私、次はブラドル伯爵家が呪われるのではないかと思っております」
ダフニー様はそれに眉を上げて疑いを表した。
「今回バローネ子爵家での一件は子爵家の令嬢たちへの加害が主な目的で、ブラドル商会に傷をつけるのは便乗だったのではないでしょうか。結果、商会もブラドル伯爵家も揺らがなかったとなれば、次の手に呪いを選ぶ可能性は高いかと」
「なぜ、分かるのかしら?」
「ダフニー様は幸いにも、呪いから遠くにおられたからです。婚約者は隣国のご出身、一番下のお兄様とは七才違いで、学院で呪いがあった時期にはもう卒業なさっておられます」
「今回のことで、その者の視界に入ったってことかしら。嬉しくないわ」
ダフニー様は呆れたように言った。私は眉を下げて言葉を続ける。
「ですから、菊茶を家内の皆様に飲んでいただきたかったのです。真聖菊茶には強い浄化の力があるそうで、現に私でも呪いを退けてしまえた程でしたから」
「あれは特別だったの。本来、東国でも希少なお茶なのよ。ミリカ嬢はお詳しいのね」
「いえ。婚約者が呪われた際、王都から派遣された神官騎士が教えてくれたのです」
「まあ! わざわざこちらまで来られるほどのことでしたのね」
王都からはるばる神殿騎士が派遣されたと聞けば、そう思うのも当然だが。
「それが良い巡り合わせで、偶然に別件で出向いて……」
私は言いかけて、言葉が続かなくなった。
なぜ、私は忘れていたのか。望みのものはもう手に入っていたというのに。私達には浄化の力を持つリナーリス茶があるではないか。
「ミリカ嬢?」
問いかけられたダフニー様を見て、私はやっと気が付いた。意見交換会を率いて、令嬢たちの流行を作るこの人こそ最適解を導き出せる人物だと。
「ダフニー様!」
身を乗り出した私は、驚くダフニー様に構わず迫った。
「ぜひ、お力をお貸しください! 私どもの見つけたお茶を国中に広めたいのです!」
私の話を聞き終えたダフニー様は呼び鈴を鳴らした。すぐに来た侍女に便箋を用意させ、手紙をしたためる。しっかりと封をしたそれを、私に渡してこう言った。
「帰ったらすぐにご当主にお渡しくださいね。私どもの本気を見ていただきたいわ」
微笑んだその表情は、紛れもなく後の大商人のものだった。
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