第46話
このままではいけない。私は焦って否定した。
「違います! ダフニー様」
「隠さなくていいのよ」
「本当に、本当に、違いますから」
「ええ? では本当にデビュタントのことを聞きに来られただけ? 一年も前のことを今更?」
ダフニー様は心底驚いた表情で言った。
そうだ。私は最近知ったけれど、他の人にとっては一年も前のこと。本当に今更なのだ。そう思った瞬間、ふとある考えが浮かんできた。
今更だからこそ、怪しまれずに復讐できる機会だと思った?
もしも、これをジャン・カルドが仕組んだとしたら、今回の話に出てきた関係者を痛めつけることができる。
事実あの毒入り茶の件で、サイス様の大切なオリビア様を傷つけ、ダフニー様の大切な商売を傷つけ、私が被害に遭うことでブロック家を傷つけた。それが狙いだった?
そもそもジャン・カルドはこちらに悪意がある。ダスティンに呪いの手紙を送っていた一人なのだから。
「ミリカ嬢、どうされたの?」
ダフニー様に様に声をかけられ、はっとした。私は急に黙り込んでいたらしい。謝罪しようと口を開きかけた時にそのことに気づいた。
バローネ子爵家に毒入りのお茶を送ったのは、サイス様に呪いが効かなかったからではないか。一年前のデビュタントでそれを知り、もっと直接危害を加えられる手に変えたのではないか。疑われぬよう時間をおいて、確実に痛めつけられるよう時間をかけて、だとしたら。
「すごく顔色が悪いわ。大丈夫?」
黙り込んだ私をダフニー様は心配して声をかけた。どうにも嫌な予感が止まらない。私は何をどう言うかを迷った挙句、
「ダフニー様、その、今回偽られたお茶のことを、お聞きしてもいいでしょうか?」
ぼそぼそと切り出した。すると、ダフニー様はキョトンとした様子でこういうのだ。
「まあ。どれのことかしら?」
「はい?」
「ごめんなさい。最近、意見交換会の名が売れて、うちの商会の品の模倣や詐称がとても増えてしまって」
驚く私にダフニー様が朗らかに応じる。
「対策はしてあるから、悪質なものから順に廃れていくわ。ご心配ありがとう」
穏やかな微笑みの目の奥がきらりと光る。これはこれ以上訊いてはいけないようだ。
「それなら安心ですね」
そう言って私は微笑んだが、ふいにある言葉を思い出した。
『恨み続けるってのは諦めないってことで、そういうのはほとぼりがさめたらまたやります。確実に、こちらの息の根を止めるまでね』
ダスティンが呪われていると分かった時、グレーナーはそう言ったではないか。
今回の手口がダフニー様の痛手にならないと知ったなら、次は忘れたころにブラドル家を呪うのでは? いや、もう知っていて既に呪われている? ダスティンのように時間をかけて蝕んでいる可能性もある。
急に足元から寒気がして、私は震える。予感はもう確信に変わっていた。あの気配がするのだ。ダスティンの中から出てきた黒い靄、あれと同じ気配が後ろから忍び寄ってきている。今すぐできることは、そうだ、浄化。菊茶があれば。
「ダフニー様、今、菊茶はありますか?」
「まあ、ごめんなさいね。あれはご成婚の折に一部だけ流通した季節ものなの」
困り顔のダフニー様の答えに、私は言葉を失くした。どうしよう。
「本当にどうなさったの?」
青ざめた私に、ダフニー様は戸惑っている。私はダフニー様を見つめて、迷っていた。
ダフニー様とブラドル伯爵家の方々、それに商会の人々もすぐに身の安全を固めてもらいたい。そのためには呪いのことを打ち明けなくては。だが、信じてもらえるだろうか。私は神職ではなく説得力に欠ける。それに、たとえ信じてもらえたとしても、家門の恥をさらすことになる。でも、それでも。
「ダフニー様、私の話を聞いていただけますか。信じられないかもしれませんが、本当にあったことなのです」
私の思いつめた表情を見て、ダフニー様は黙って頷いた。長い話になる。私は異国のお茶を一口含んだ。
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