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第43話

 私が慌てて跪こうとすると、


「ああ、そういうのはいいわ。それよりも繋がってよかった」


 女神様は朗らかに言った。私はその笑顔にそっと目を伏せて伝えた。


「恐れながら、私、何度かおすがりしようとしたのです」

「ええ、知っているわ。でも繋がらなかったの。あなたに拒まれていたから」


 私の言葉に女神様は困ったように続けた。


「え?」


 意味が分からず戸惑う私に、女神さまの口調は優しかった。


「ごめんなさいね。あなた、真実を知って私の予想以上に傷ついてしまったの。私があなたの傷を軽く考えてしまったのね。だから心を閉ざしていて、繋がれなかった」


 私が? 女神様を拒んでいた?


 女神様はそっと手を伸ばし、私の頭に触れた。


「あの子のこと、つらかったわね。よく耐えたわ」


 女神さまが優しく私の髪を撫でる。私は胸の中が騒いでいるのに、どこか他人事のようにも思えた。


 混乱したまま女神様に労わられて、私は突然すとんと理解した。


 ああ、そうか。私はただどうしようもない痛みをダスティンと分かち合いたかったのだ。前回亡くしてしまったあの子を二人で悼みたかったのに、私達はお互いの傷を広げ合うしかできなかった。


 それは呪いに弄ばれたことも原因だが、きっとそれだけではなかった。


「女神様」


 呟く私を優しく見つめ返して、女神様は頷いた。


「ミリカ、あなたの心残りをきちんと思い出せた?」


 私の心残り。その言葉に、私は素直に心の内を口にした。


「はい。あの子を、もう一度私の元に。どうかお願いいたします」


 今度こそあの子を無事に産んで、私の命ある限り守り通す。いいえ、たとえ命尽きた後でも、あの子が損なわれることのない盤石な立場を築いておく。きっとそれが私の今世の生きる意味だ。もう二度と誰にも奪わせるものか。


 決意をもって目を合わせる私に女神様が微笑む。


「では、私からあなたに餞を送りましょう」


 女神様はご自身の額と私の額をそっと合わせた。急に目の前が明るく眩み、反射でぎゅっと閉じた瞼の裏側まで眩しい光が届いた。


「ミリカ、忘れないで。あなたが使命を果たすなら、私は必ず報いるわ」


 その声で目を開けると、私はあの白い部屋ではなく自室のベッドに横たわっていた。



 今朝見た夢の余韻がずっと続いている。


 馬車はブラドル領へ向かっており、ゆるやかな丘を越えて海が見える道を進んでいた。きっと窓を開ければ潮の香りがするだろう。


 正直、ダフニー・ブラドル嬢に会うのは怖い。それでも根拠のない『大丈夫』という気持ちがある。最後に受けた女神さまのお慈悲で気が大きくなっているのだろうか。バローネ家に紹介を頼んでから、今日に至るまで準備は念入りに整えた。きっと大丈夫。遠くにきらめく海を見ながら、私はゆっくりと深呼吸をした。


 ブラドル伯爵邸は、意外にも古風で重厚な外観だった。しかし、一歩足を踏み入れると全く趣が違う。玄関ホールに飾られているのは異国の品が多く、それらは前回の生でもう少し後に流行していた美術品や調度品だった。今から目をつけていたとは流石の大商人。しかも、古風な屋敷とそれらは絶妙に調和していた。


 この屋敷に招かれたのは初めてだ。前回は商会の貴婦人部門設立後だったから、商会の彼女の執務室での面会だった。


 今でもよく覚えている。美しく波打った黒髪を顔まわりに一筋垂らして、流行りの型に高く結い上げていた。理知的な額と、美しく整えた眉に意志を感じる眼差しと通った鼻筋。緩く弧を描く唇に薄紅の艶めく華やかで強い女性、それがダフニー・ブラドル嬢の第一印象だった。 


 その堂々たる姿を思い出すとその時の緊張が甦り、私は動悸が激しくなる。落ち着こうとそっと息を吐いたときだった。


「お待たせしました」


 階段の上から聞き覚えのある通る声がして、私の心臓が大きく脈打った。声の方を振り仰ぎ、私は呆気にとられた。


 美しく波打つ黒髪はハーフアップに纏められ、理知的な額に幾筋かの波打つ黒髪が短く落ちている。眉も目も鼻も意志を感じる面立ちは変わらないのだが、唇は自然な艶だけで……幼いというか若いというか、可愛い。そこには拍子抜けするほど迫力のない、十六才のダフニー・ブラドル嬢が立っていた。


「ようこそ、ミリカ嬢。お会いするのは初めてね! あなたのお話はアイリスからいろいろ聞いているのよ」


 こちらに駆け寄り、うふふと友好的に笑う姿は単なる若いご令嬢に過ぎなくて。


 美しく微笑みながら流行を作り出し、異国との取引を纏めていたやり手の商人というこれまでの印象がガラガラと崩れていくのを感じる。無理もないか、だってあれは十年前なのだから。わかっているのだけれど。


「初めまして、ダフニー・ブラドル様。私も姉からすてきな友人のお話を聞いております」


 そう言って微笑んだ私は、上手く笑えているか心配でたまらなかった。



お読みいただき、ありがとうございました。


評価、ブックマーク、リアクション等深く感謝しております。

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