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第42話

 私がこの世で一番恐れる人、それがブラドル家伯爵令嬢ダフニー・ブラドル様だ。


 前回の生で、私の姉も含む意見交換会を始動、そこで交わされた知識人脈を元にブラドル商会の貴婦人部門を立ち上げ、自ら商売人として腕を振るう。貴族の女が商売なんて、と眉を顰める方々も、貴婦人部門の商品が社交界の流行の一角を担えばその声も小さくなった。


 そして前回の生で、私に商売人の基礎を厳しく教えてくれた師匠でもある。


 私が商売を始めるきっかけは、あの子を亡くして呆然とする私に、エマが毎日枕元にマトリカリアのサシェを置いてくれたことだ。それに心癒された私は、サシェを未亡人たちが子を抱えながら内職で作っていると知った。自分の子が望めない今、せめて他人の子を支援出来たら。そんな思いで、貴族向けの小物を作る事業を始めようと思ったのだ。慈善事業ではなく、彼女たちが継続的な収入を見込めるように。


「呆れた。こんな杜撰なものを事業計画書なんて呼べないわ」


 初回の面会時、流し見をした後にそう言って書類を突き返された。それから面会はかなわず、何度も書類と手紙を送り続ける日々。


「まずは頭を下げて、書式から周りにご教示願っては?」

「周りも説得できないのに、私を動かせると思っていらっしゃるの?」

「希望的観測で利益は出ませんことよ」


 突き返された書類には必ず辛辣な一言と問題点の詳細な点検があって、なりふり構わず頑張るうちに、気づけばどうにか事業の体裁が整っていた。最後までダスティンの理解は得られなかったけれど。


「妻が働くなど、私が君に頼らねば何もできないと思っているのか」


 ダスティンに抑えた口調で吐き捨てられた時には、もう修復不可能だと思った。私の努力よりもご立派な友人たちの薫陶を大切にしていたから。


 それでもかまわないと割り切って進んだ。夫に尽くさず、子もなさず、商売ごっこを続ける悪妻と言われようと、商売がうまくいけば領内も潤う。未亡人たちを職人に育て、そこから雇用も薬草農園も広げ、品質を上げ、とにかく必死だった。


「これはよい品ね。次の意見交換会に持っていきたいわ。いくつか試作品をいただけるかしら」


 ダフニー様にそう頼まれて、慎ましやかに礼を述べた私は内心有頂天だった。やっとあのダフニー様に認めてもらえた。あの集まりで取り上げられた品は次の流行を作る。これで職人にも臨時手当を払える、さらなる雇用も増やせる、工房を拡張できるかも等々未来の展望を夢見て浮かれて帰宅した。


 気持ちを鎮めるため寝酒を嗜んでいたところに、来たのだ。人の顔を見れば文句しか言わなくなった夫が。そして、有難いお説教が始まった。


 せっかくのいい気分が台無しだと顔を背けてグラスを煽った瞬間、急に息ができなくなった。


 これが私の前回の生の顛末で、今に至る。


 で、今、深夜に私が眠れないのは、明日、今回の生で初めてダフニー・ブラドル様にお会いするからである。


 前回、数えきれないほど叩きのめされてやっと一度だけ認めてもらったあのダフニー・ブラドル伯爵令嬢である。緊張しないわけがない。確かに今は意見交換会で注目されてはいるが、まだブラドル商会の貴婦人部門を立ち上げていない頃。アイリス姉さまと同年だから、今年十七才か。私だって中身は二十二才、恐れることはないと分かっているのだが。


 眠れないまま様々なことを思い出しては、過去の自分の失敗に頭を抱え、呻いたり、打ちのめされたり。やっとウトウトできたのはもう明け方も近い頃だった。



 ぱちり。目を開けると真っ白い部屋にいて、


「お久しぶりね。ミリカ」


 ベッドに横たわる私に微笑みかけるのは、化粧っ気のない白らかな顔で、高い位置でくすんだ銀髪を丸く結いあげ、薄灰色の貫頭衣風の衣装で、椅子に腰かけ足を組んでいて、


「女神様?!」


飛び起きる私に、ひらひらと呑気に手を振る女神マリス様だった。


お読みいただきありがとうございました。


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