第41話
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紹介状を手に入れ、当たり障りのない談笑の後で辞去する。
オリビア様は
「ミリカ様の辣腕を期待しておりますわ」
といたずらっぽく笑った。
その横で男二人が微妙な空気で向かい合っている。サイス様は何かを言いあぐねて口を開けてはとじており、ダスティンは視線が定まらず首に手を当ててつっ立っている。結局二人は何も言わないまま、ダスティンがサイス様の肩を叩いて別れた。
ダスティンが私をエスコートして馬車に向かおうとしたその時、
「ミリカ!」
アイビーが声とともにこちらへ走ってきた。驚いて立ち止まる私に飛びつくように抱きしめてくる。私もアイビーをぎゅっと抱きしめた。
「アイビー、信じてくれてありがとう」
最悪、今日でアイビーとの友情も終わる覚悟はしていた。それなのに友人を信じると言ってくれて、どれだけ嬉しかったことか。
「お礼を言うのはこちらよ。ミリカ」
潤んだ目のアイビーが言う。
「ロージー様の最後のお茶会を覚えている?」
そのお茶会では、ロージー姉さまに近づこうとするご令嬢達が危うく掴み合いを始めんばかりになっていた。当のロージーの静止も耳に入っていない様子で。
その中で最も興奮していた侯爵令嬢のドレスに、アイビーは躓いた振りで裾に果実水をかけたのだ。それにミリカが驚いて泣き出し、侯爵令嬢はお召替えの為退室、両家の夫人は侯爵令嬢と主催に謝罪し、子供たちを連れ帰った。
「あの時、あなたが泣いたから私はそこまで注目されなかったわ。私達のグラスは空で、泣いたあなたが果実水を零したことになった。侯爵家にドレスを汚した賠償金とともに、ブロック伯爵家からお互いの平穏を守りましょうと言われれば、侯爵家としても矛を収めるほかないでしょう」
事の次第を明かすとバローネ家からの連絡は来ていた。それを断ったのはブロック伯爵家だ。この際、ロージーがらみの揉め事を一掃するのによい機会だからと。
ロージーに関わってくれるなと言われたも同然の侯爵令嬢は親に泣きついた。さすがにこちらに賠償金が返ってくることはなかったが、侯爵家から細かい融通が利くようになったらしい。その一つが、ロージーの近衛抜擢であるとも聞く。
「私はあの令嬢たちが煩くて癇癪を起こしただけよ」
「ウソ泣きで?」
「ええ。早く帰りたかったもの」
しれっと答えた私にアイビーは忍び笑いを漏らした。
「私、あの時からずっとあなたを信用しているわ」
アイビーが涙を滲ませてそう言うから、私まで泣きそうになる。どうにか堪えて頷くと、私はダスティンの腕を取って、馬車に乗り込んだ。
先程とは一変して何とも言えない空気の中、馬車は帰路を駆けてゆく。
ダスティンに聞きたいことならたくさんあった。
サイス様の胸の内を知っていたのか。知らなかったのなら、衝撃を受けていないか。全て承知してのことなら、それでも受けてくれたのは何故か。何よりも、アイリス姉さまのデビュタントで何があったのか。
それでも疲れたように目を伏せたダスティンを見ていると、訊けなかった。
だから、
「ダスティン様、申し訳ありません」
私は代わりに頭を下げた。不思議そうな顔のダスティンに続ける。
「過去の出来事は呪いによるものと弁明もできたでしょうに」
ああ、とダスティンは苦笑いをした。
「ミリカも見た通り、エンリケは一途な男なんだよ。オリビア嬢のことなら簡単に黒を白と偽るだろう。そして、オリビア嬢はとても貴族の令嬢らしい令嬢だ。あの家には知られない方がいい。ミリカもそう思ったのだろう?」
「はい。でも、ダスティン様の名誉を傷つけてしまいました」
私が眉を下げて言うと、ダスティンは気安く答えた。
「あの程度の挑発に乗ったエンリケも、それは同じさ。痛み分けってところじゃないか。それに、私達にも守るものがある」
そう言って私を見たので頷き返した。
「ええ、ブロック家を、領民を守ります」
それが貴族としての私の役目。
ダスティンはその言葉に頷くと、黙って窓の外を向いた。これ以上は話さないという意思が見えた。
デビュタントでいったい何があったのか。
その疑問を口にせず、私はダスティンの横顔を見ていた。
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