表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/55

第40話

3/19  加筆しました

 静かな部屋で、その声はよく響いた。


「では、私がいただきますわ」


 そう言ったアイビーはカップを持ち上げた。


「アイビー!」


 鋭い声で名前を呼ぶサイス様に、アイビーはにっこりと笑う。


「大丈夫です」

「大丈夫なものか! 報復かもしれないだろう!」


 やはりサイス様に警戒されていた。しかし我が家からの報復は、王家の判断に異を唱えると同義。ありえないことだ。毒を盛られて神経質になっているのか、頑ななように思えた。


 そんなサイス様にアイビーは首を横に振り、静かな声で答えた。


「私の友人は、力になると言いましたのよ。私はそれを信じます」


 私を見て、アイビーが微笑む。


 アイビーには伝わっている。そのことが何より嬉しく、私もアイビーを見つめて頷いた。


 アイビーはそのままカップに口をつけ、サイス様の喉がひゅっと鳴った。お茶を含んだアイビーの目が大きく見開かれ、


「あら、意外とあっさりしたお味ね」


けろりと言い放った。サイス様がぐっと口を引き結び、俯く。


 バローネ家の使用人を立ち会わせて用意させ、私が毒見を、その後アイビーが味わったというのに、サイス様は一向に手を付けようとしない。どうして。


「エンリケ」


 ダスティンが声をかける。サイス様は黙って俯いていた。


「これはそちらだけの問題ではない。今回発覚したのがバローネ家だっただけ」

「黙れ」


 短く遮る低い声が響いた。


「他人事だと思って、軽く言ってくれるじゃないか。『だっただけ』だと? さすが、婚約者をデビュタントであのように扱う男だな。そのお前を、私に信じろと?」


 顔を上げたサイス様はダスティンを睨みつける。


 私はサイス様の言葉で、アイリス姉さまの話を思い出す。


 ダスティンと二人で話していた時には『あのデビュタントがあったから、私、隣国で頑張れましたのよ』と。一方でイエルにデビュタントの様子を訊かれて『皆様とのお話はご挨拶くらいしか覚えておりませんの』と答えた。


「あの時私が声をかけなかったら、どうなっていたと思う。考えが浅く、迂闊なお前など信に足りぬ」


 吐き捨てるように答えたサイス様を、ダスティンは静かに見ていた。


「それでも」


 ややあってから、ダスティンは口を開く。


「私だから言えることがある。今、お前の判断はオリビア様を大切に思うあまり、暴走してはいないか? お前がここでバローネ家の面目に拘るのは、最良なのか? ……間違えた私だから言うのだ。エンリケにはそうあってほしくない」


 最後の絞り出すような声に、サイス様の眉根がぐっと寄る。


 二人を見つめながら、私は考えてしまう。アイリス姉さまのデビュタントで何があったのだろう。


 重苦しい沈黙の続く中、突然ノックが響いた。扉に目をやると、オリビア様が侍女に支えられて入ってくるではないか。


「ごきげんよう、皆様。このような無作法、お許しくださいね」

「オリビア」


 慌てて立ち上がったサイス様が、侍女から奪うようにオリビア様を抱きとめる。


「エンリケ。エスコートしてくれるの? 嬉しいわ」

「何故来たんだ! 横になっていないと」

「もうずいぶん調子がいいのよ。少しずつ動かないと、歩けなくなりそう」


 サイス様の怒りを受け流し、オリビア様は優雅に笑った。サイス様の手を借りて、オリビア様は手早く整えられた席に着く。もちろんサイス様の隣だ。


「ごきげんよう、ミリカ様。私もご相伴にあずからせていただけますか?」

「オリビア!」

「まあ、エンリケ。わざわざバローネ家までお持ちいただいたのよ。しかも、茶器から淹れ方全てをこちらの使用人複数に確かめさせ、ブロック家の侍女は指示だけ。ここまでご配慮いただいているのだから、じっくり味わわなくてはね」


 オリビア様はころころと笑って、サイス様をいなしている。強い。


「それに、敢えて新しいお茶を持ってきたのでしょう? ね、ミリカ様」


 オリビア様の微笑みは、後継としてのそれだった。気を引き締めなくては。私も背筋を伸ばして応じる。


「さすが、オリビア様ですね。このお茶を飲んでいただくことで、我がブロック家に表向き屈していただきたく参りました」

「で、我が家をどうなさろうというのです?」

「最終的には、バローネ家に咎なく収められればと」

「あら、何か秘策がおありなのね」

「ふふふ、その為にブラドル伯爵家のダフニー様をお紹介いただけませんか?」


 笑顔のオリビア様に私も微笑み返す。しばらく見つめあった後、オリビア様が答えた。


「お姉さまのアイリス様からお話しなさった方がよろしいのでは?」

「いいえ、バローネ家からのご紹介が必要なのです」


 私の言葉に、オリビア様は微笑んだまま考えておられる。

 

 折よくオリビア様の前に飲み頃のリナーリス茶が置かれ、サイス様の前にも新しいものに取り換えられた。


「いただきましょう。エンリケ。アイビーはもう味わったのでしょう?」


 笑顔で頷くアイビーに笑顔で返すと、オリビア様はサイス様を促した。


「オリビア」

「エンリケ、心配してくれてありがとう。ここは我が家の度量を見せるところよ。あなたと一緒なら、大したことにはならないわ」


 そう言われて、サイス様もしぶしぶカップに口をつける。


 一口味わったオリビア様が、面白そうに目をしばたたかせた。


「飾らない、優しいお味がするわ」

「ああ、思ったより飲みやすい」


 そう言ったオリビア様とサイス様が見つめあって微笑む。


 その時、パリンと音がした。薄いものが割れるような、本当に微かな音。私は自分の茶器を確かめるが、変わったことはない。そっと辺りを見回してみても、何かが壊れたような気配はなかった。どういうことだろう。


「ミリカ様」


 オリビア様に呼ばれて、ハッとした。オリビア様は笑顔で私にこう告げた。


「紹介状をお書きしますわ」


お読みいただきありがとうございました。


評価、ブックマーク、いいね等ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ