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第4話

 翌朝、アイリス姉さまを囲んで早めの朝食を取った。またしばらく家族全員が揃う機会はない。皆でこの時間を和気藹々と過ごす。


 私達三姉妹は全員が同じピンクブラウンの髪にココア色の瞳だが、印象は全く違う。


 アイリス姉さまは顔の部品一つ一つが柔らかな顔立ちのお母様似だが、配置具合がしっかりした顔立ちのお父様似なので、優しい中にも芯のある理知的な印象になる。


対してロージー姉さまは顔の部品がお父様似で配置はお母様似なため、切れ長の目はすっきりと、かつ表情が甘い。正直、令嬢に大人気だ。


 私は目はお母様似で鼻と口はお父様似と混ざり合った結果、よく言えば甘く柔らかな、悪く言えば舐められやすい顔立ちになっている。前回はお年頃に子供っぽく見えるのが嫌で、目の化粧にこだわったものだ。

 

 朝食後、家族がいるうちに私はダスティンを呼び止めた。


「ダスティン義兄さま」

「何かな?」


 ダスティンはにこやかに応じた。去年からほぼ住み込みのダスティンは家族同然、さっきも朝食の席にいた。実家には週末だけの帰宅だ。


 つい、ダスティンの笑顔に見惚れてしまう。こんな風に見つめられるのは久しぶりだ。私はこの笑顔が大好きだった、死ぬまでは。


「これからのことをお話したいのですが、ご都合はいかがです?」


 両親や姉さまたちが微笑ましく見守っているのを感じる。ダスティンは優しく答えた。


「そうだね。今日なら……私と午後のお茶を一緒に楽しんでいただけますか? ミリカ嬢」


 おどけて誘うダスティンは、完全にこちらを子ども扱いだ。まあ、今の私は十二才。十八才のダスティンからみれば仕方がない。中身は二十二才の私は笑って了承する。


 前回はダスティンからの誘いを待っていて、二人で会ったのは半月ほど後だった。その間小さな花束やカードを送られて喜んでいたし、自分から誘うなんて思いもしなかった。その結果が毒殺なら、少しずつでも違う行動をとっていかないと。


 今日の午前中は家庭教師による授業だ。王国の歴史の講義を受けながら、私は昨日聞いたことを考えていた。



 姉さまは、さんざん泣いた私の涙を優しく拭ってくれた。


「私の我儘を受け入れてくれてありがとう」


 目尻に当てられたハンカチから清涼な香りがした。異国の薬草だろうか。私は初めての香りを嗅ぎながら言う。


「私は何も。ロージー姉さまには、言っておいた方がいいかもです」

「そうね。ロージーの未来を潰すところだった。謝らないと」


 姉さまはそう言ってため息をついた。前回を思い出した私はうまく気休めも言えず、黙って首を横に振る。姉さまはこちらにハンカチを渡して続けた。


「私、隣国でやっとましになれた気がしたのに。昔と同じ、空回りばかりね」

「姉さま、何を言うのです」


 自嘲する姉さまに私は心底驚いた。ブロック伯爵家の才媛と呼ばれる人が何を言い出すのか。


「もともと地味で気が利かないもの。私が至らないから、家族にも迷惑をかけて。ごめんなさい」


 目を伏せた姉さまは信じがたいことを言った。『至らない』だなんて。前回の私が姉たちとどれほど比べられ、冷笑されたことか。


「姉さま」


 戸惑う私に、


「二人を心から祝福するわ。婚約おめでとう、ミリカ」


 姉さまはふわりと笑い、そう言った。



 前回の生で、アイリス姉さまとこのように語り合ったことはない。


 遠慮して距離ができ、疎遠になってしまった。今回話したことは全く知らなかったことばかり。


 あれから、私はずっともやもやしている。


 アイリス姉さまは多才な人だ。本の知識の再現が好きで、厨房で料理人と不思議な料理を作ったり、庭師と土いじりもするし、我が家ではかなりの自由人だ。


 それが高じて意見交換会でも一目置かれる存在となり、我が王国初の貴族令嬢の隣国留学者として薬草学を学んでいる。


 なのに、あの自己評価の低さ。


 確かに王国では令嬢の才や、強い主張を好まない。男性を後方から支え、美しさを磨き、控えめな態度が求められる。今のアイリス姉さまとは違う。


 だが、そうあろうとしていた過去の姉さまをダスティンは軽く扱った。


 姉さまの心は折れてしまったのだろう。


 今の姉さまは我が家の誉れで、王国の誇る才女なのに。……それでも消えないほどに傷ついて。


 幼いころからの婚約で、貴族の結婚は義務だと耐えていたのか。でも、婚約期間から軽んじられたなら結婚後はもっと酷くなるのでは? 姉さまだってそれは予想しただろうし。と、そこまで考えて気が付いた。


 私は、姉さまは隣国の薬師になりたいから婚約解消したのだと思っていた。


 逆かもしれない。婚約解消するために、留学して隣国の薬師を目指した?


「聞いておられますか、ミリカ様!」


 家庭教師の厳しい声に、私は慌てて表情を引き締めた。

 


 アイリス姉さまは昼過ぎに発つ予定だ。


 急いで向かった玄関ホールには、アイリス姉さまがもう支度を終えて立っていた。傍らにはロージー姉さま。アイリス姉さまの手を取り、何か話している。私は急いで階段をかけ下り、声を張った。


「姉さま!」


 一緒に振り向いた二人に、私は勢いのままに抱きついた。


「そんなに急がなくても」


 くすくす笑うアイリス姉さまと、


「おてんばミリカ、危ないよ?」


 わざと真面目な顔で窘めるロージー姉さまにぴったりとひっつく。


 後から来た両親にも行儀が悪いと窘められたが、私は姉さまたちに触れておきたかった。前回はこの先は最低限の交流のみで、あの結末だった。時間のあるうちに姉妹の絆を深め、とことん運命に抗ってやる。


 手の空いている使用人たちも後ろに控えて、アイリス姉さまのお見送りをする。


 姉さまは今晩はブラドル伯爵家に一泊し、意見交換会の皆様との夕食会に出席するそうだ。翌日、船で隣国へ向かう。


 家族や使用人も別れを惜しみ、アイリス姉さまに次々と挨拶をしていく。ダスティンも声をかけた。


「アイリス嬢。旅の無事を祈っております。どうぞお元気で」

「ありがとうございます。リックウッド様も恙なくお過ごしくださいませ。……どうぞ、ミリカをよろしくお願いいたします」


 お互い礼儀正しく、視線が交わったのはほんの一瞬だけ。


 ダスティンは下がり、貴族的な笑みで佇んでいた。アイリス姉さまはすぐ私たちに「次の帰省は冬になります」と告げた。私も話しかける。


「アイリス姉さま、お手紙をお送りしてもいいですか?」

「勿論よ、ミリカ。待っているわ」

「お忙しい時のお返事は要りませんから」

「ありがとう。本当に時間のないときは許してね」


 姉さまは微笑み、私の髪を撫でた。ダスティンの方は敢えて見ない。


「いってらっしゃいまし」

「旅の御無事を」「隣国でもどうか健やかに」


 皆に見送られ、アイリス姉さまは去っていった。いつまでも馬車の方を見ていて、ロージー姉さまにぽんぽんと肩を叩かれる。振り向くと、玄関でジャスティンが待っていた。


「ミリカ」


 ダスティンに笑顔で呼び止められ、私も愛想よく返す。


「ダスティン義兄さま、何でしょう?」

「少し早いが、今から話し合うのはどうだろう?」


 ダスティンの肩越しに父さまが頷いた。うまく仕事の調整ができたらしい。私はにっこりと応じた。


「ええ、ぜひ。支度をしてまいります。ティールームでお会いしましょう」


 部屋に戻り、侍女のエマに着替えを頼む。


「こちらはいかがでしょう」


 エマが選んだのはウエストに青のリボンのついた水色のデイドレス。髪色がよく映えて、かつての私が大好きだった服だ。一時期は家でこればかり着ていた。何故か着なくなってしまったけれど、どうしてだったか……。


 懐かしい、と呟きかけて慌てて言葉を飲み込む。


「それにするわ」


 髪と服を整えている間、エマが指示を仰ぐ。


「ミリカ様。午後のお茶ですが、アイリス様から隣国の珍しいお茶をいただいております。お出ししますか」

「いいわね。お願い」


 そういえば、前回でもお土産のお茶はもらっていた。あれは誰と飲んだのか、私はどうしても思い出せなかった。


 きれいに梳かした髪とお気に入りの服で、支度は万全に整った。


 今から赴くのは前回の結末を回避するための一歩、気を引き締めて事に当たらねば。


 私は大きく深呼吸をして、ティールームへ向かった。

お読みいただきありがとうございます

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