第39話
「そうですのね」
私は動揺を出すまいと懸命に微笑む。二人はそのままアルバン・ウィスカムについて話していた。
「聞き上手で、ニコラスやジャンの文句も笑ってやりすごしていたよ」
「意外と顔が広くて、付き合いがよかったよな。なにかの集まりには必ずいたし」
「そうだったか? いいやつだが存在感が薄いから」
「ダスティン……それは、まあ、確かに、私も先程までアルバンのことを忘れていたが」
「エンリケは一年次しか交流もなかったしな」
私はなるべくさりげなく声をかける。
「遠く北地域からも学院に来られるのですね。こちらに縁者など、おありなのかしら?」
私は首を傾げながら、息をつめて答えを待つ。
「いや? 初めて領地から出てきた、こちらに知り合いはいないと聞いたな」
「領とは全く違う、王都のことを教えてほしいと言っていた」
「そうでしたの。そういうかたもいらっしゃるのね」
「結構いるよ。遠方からは嫡男が多いけどね」
「裕福な家の次男や三男も入学するし、優秀なら補助金もあるからな」
「そうなのですね。ああ、申し訳ありません。お話を逸らせてしまいましたわ」
「よし、話を戻そうか。一年次のクラス、他には誰が?」
二人が話を続ける間、私は胸騒ぎが止まらなかった。
どうしても、偶然とは思えない。ウィスカム家の者が学院にいて、ダスティンとサイス様と顔見知りだったなんて。
学院で知り合ったのに、ダスティンから今まで一度もアルバン・ウィスカムの名を聞かなかった。私が戻ってきたのは、死んだ日から十年前のダスティンと婚約を結んだ日。ダスティンの学院一年次はそれよりも四年以上前だ。
なのに、前回の生で私がウィスカム家の名前を聞いたのは、あの夜会の一度きり。
あまりにも、不自然だ。
言い知れぬ気持ち悪さに耐えていると、エマがこちらの使用人とともに部屋に戻って来た。先触れに一人の侍女、ワゴンを押すメイドの後ろからエマが付いて入室する。エマは私の顔を見てそっと頷き、バローネ家の使用人に目で合図した。侍女が手際よくお茶を淹れていく。
私はふいに、アイビーがずっと黙ったままなのに気づいた。
しっかりしなくては。
紅茶よりはるかに赤い茶が注がれ、全員に給仕された。私は気を取り直して話し始める。
「これはリナーリス茶。エクマン領で広く親しまれているお茶です。僅かに浄化の力が込められており、毒の無効化はできませんが、弱った体の癒しになると神官からも承認されています」
少し硬い表情のサイス様とアイビーは、無言でカップの中を見つめていた。無理もない。私は今、貴族の彼らに庶民用の茶を薦めたのだから。
「私の侍女はこちらの使用人に淹れ方を教え、茶器の用意から全てをバローネ家に任せております。毒見も、私の侍女とこちらの使用人双方で行いました」
私の言葉にエマが頷く。私はにっこり笑うとカップを持ち上げた。注がれたリナーリス茶は適温で飲みやすそうだ。
さあ、今が勝負どころ。背筋を伸ばし、優雅さと微笑みを忘れずに振舞え。
「まず、私から味わせていただきますね」
私は思い切ってカップの半分ほどの量を飲んだ。カップをソーサーに戻し、一人一人の目を見て微笑む。
「どうぞご賞味ください」
しばらく、誰も動かなかった。サイス様もアイビーも表情を変えずにいる。
当然だ。先日お茶に毒を仕込まれたばかりのバローネ子爵家側に、巻き込まれたブロック伯爵家から新たなお茶を出されたら警戒もする。しかし、我が家の家格が上であり、完全な被害者側。バローネ家に拒否権はない。
今までなら縁戚のブラドル伯爵家からの力で避けられたが、今回は怪しいお茶をブラドル商会からの品と偽られたのだ。商会の信用を傷つけたバローネ家を庇いはしないだろう。
その上での私の行動は、伯爵家から子爵家に屈せよという強要だ。
それがわかっているから、サイス様は動けないのだ。
本当は、もっと穏当に事を進めるつもりだった。考えを改めたのは、サイス様の怒りに燃えたあの目を見たから。
サイス様は、最愛のオリビア様を守るためなら手段を選ばない。二度と傷つけないようにありとあらゆる手を使って危険から遠ざけるだろう。まずブロック家を、次にブラドル家を遠ざける。守ったつもりで孤立したバローネ家は、前回の私達のように内側から食い荒らされる。
その前に私は立場を振りかざして、サイス様をこちらに引き入れる。
それはバローネ家を潰さないために必要なことで、同時に私はアイビーの友情を失うだろう。伯爵家として線を引いたら、もう友人ではいられない。
それでも、アイビーを守るために私は退かない。
アイビーが送られる予定の修道院は西の山岳地帯、あのニクラス・アザリーの家が治める領地にあるのだ。
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