第38話
お久しぶりです
サイス様は席に着いたが、まだ気持ちが高ぶっているようだった。
「アイビー様、私の侍女を呼んでもらっても?」
アイビーは直ぐに使用人に命じ、隣の控室からエマを連れてくる。
「お呼びでしょうか?」
私はエマに言いつける。
「エマ、あれを用意してほしいの」
「かしこまりました」
「アイビー様、使用人を二人お借りしても?」
「ええ。どうぞ」
不思議そうなアイビーに優しく笑いかけ、私はエマに指示を出す。
「エマ、必ずこちらの人達にすべて確認をもらってね。必ずよ」
「かしこまりました」
エマは使用人たちと目交わすと、下がって行った。
「ブロック嬢、何をなさるおつもりか?」
サイス様の問いかけに、私はふふふと笑って答える。
「それは後でのお楽しみですわ。準備が整うまで、お話ししませんか? 私、訊きたいことがたくさんありますの」
「この前のお話では、不足でしたか?」
「はい。これでは、オリビア様の守りを固めるには全く足りません」
笑ってはっきりと答えた私に、サイス様の視線が冷たくなった。
「何がおっしゃりたいのか」
そう言ってサイス様は冷えた笑顔をむけた。私は笑顔を保ちながら続ける。
「サイス様は、今回のことが発覚しなかったら、どうなったと思います?」
サイス様の視線が一層険しくなった。
「オリビア様はこのお茶を望まれて、ブラドル商会で扱うようになるでしょう。愛飲されたオリビア様はお子を授かれずに、結婚生活も危うくなったのでは?」
「ブロック嬢、戯言で済むうちに黙りなさい」
サイス様は怒りを露わに睨みつける。でも、私は引かなかった。
「それでも、サイス様はオリビア様と添い遂げるでしょう。そうなれば親戚筋から養子をとる、それこそが敵の本当の目的だと思いませんか?」
その発言でサイス様の表情が強張り、絶句した。私がじっと視線で問うと、ややあって呻くように口を開いた。
「……ああ、確かにバローネ子爵家が乗っ取り可能だった」
「それだけではありません。時期を見てお茶の毒性を明かせば、ブラドル商会とブラドル伯爵家も危ういでしょう」
誰も何も言えずにいる中、私は続けた。
「今日、私はこちらの皆様のお力になりたいと思い、お伺いしました。サイス様、学院でダスティン様と共通の交友関係を詳しく教えていただきたいのです」
「それは、どういう?」
戸惑うサイス様に私は畳みかける。
「私は今回巻き込まれただけとは思えないのです。バローネ家も我が家も、娘婿が後継だと知られています。敵からすればその二家の婿候補と、ブラドル商会まで引きずり落とす好機ではありませんか。さらに痂疲が付いた娘を簡単に手に入れられる、となれば?」
「敵は、私たちの内情にそこそこ詳しく、サイス家とバローネ家、リックウッド家とブロック家の結婚を邪魔し、エンリケと私の位置に成り代わりたい者。ブラドル商会の台頭も気に入らない。だが、高位貴族なら私達にこのような手は使わないだろう」
うんざりしたようにダスティンは答え、サイス様も不快を隠さず応じた。
「ああ、そうだな。つまり、私達に恨みを持つ低位貴族の、嫡男以外の誰かということか。学院にたくさんいたな」
「エンリケはやりすぎてしまったからな」
「ダスティンこそ余計な情報を与えていただろう」
「……それは、そうだな」
そう言うと、二人して大きなため息をついた。
「そうなると、エンリケが上位クラスに移る前の知り合いに限られるな」
「その条件なら、私はニクラス・アザリーとジャン・カルドか。お前の友人なのは申し訳ないがな」
「いや、気にするな。卒業後はあまり関わっていない」
ダスティンは呪いのことをサイス様に明かさず、私は内心ホッとした。サイス様には何となく知られたくなかった。
「そうなのか。ゴードンや、マーカスは?」
「疎遠になってしまったな。そもそもアルバンからのつながりだ」
「アルバン・ウィスカムか! 懐かしいな」
私はその名前を聞いて、心臓が騒ぎ始める。なぜ、ここで、その家名が出てくるのだ。
「アルバンは北の領地へ帰ったのか?」
「そうらしい」
「あの、その方はどのようなお知合いですか?」
たまらず口を出した私に、ダスティンはあっさりと教えてくれた。
「アルバン・ウィスカムは、最初のクラスで私達と一緒だった。雪深い北地域のウィスカム男爵家の次男で、人当たりの良い男だよ」
……なんということ。
私は、前回の生での夜会を思い出す。あのとき垣間見たバローネ子爵夫妻はこう話していたのだ。
「幸い、妻の遠縁のウィスカム家から優秀な養子をもらい受けました。これで我が家も安泰です」
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