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第37話

お久しぶりです

 バローネ家に向かう馬車の中、付き添いのエマを隣に、私はダスティンと向かい合っていた。


 あの話し合いの後、すぐにダスティンはサイス様に手紙を送った。サイス様からは一週間後にバローネ家でお待ちするとの返答だった。


 付いてきたものの、痩せた体に馬車の揺れがきつい。私でさえこの有様だ。狙われたオリビア様の心労は如何ばかりか。


 サイス様はオリビア様から離れたくないのか、それとも離れられない状態なのか。


 私は思わずふうっと息を吐いた。


「ミリカ、大丈夫か」


 私が頷くと、ダスティンの眉間に皺が寄った。


「少し休んだほうがよさそうだ」


 私は馭者を止めようとするダスティンを慌てて止める。


「大丈夫です」

「病み上がりで無理はよくない。馬車の揺れも響いているのだろう?」


 ダスティンは私をじっと見つめる。言い当てられて、思い出した。


 前回の婚約時も、結婚後も、ダスティンは私の体調や気鬱を真っ先に見抜いて気遣ってくれていた。そういう優しい人だった。


 私は揺らぎかけた目元にぐっと力を入れた。今は感傷に浸るときではない。


「それなら、なるべく早く着く方が楽です」


 微笑んだのは私の意地だ。


「……わかった。少し急がせる」


 馭者に指示した後、ダスティンは私に言い聞かせる。


「少しでも不調を感じたら、すぐに教えてほしい。わかったね?」


 私も素直に頷く。


「楽な体勢をとるといい。横になるか、私に凭れても」


 ダスティンが言った瞬間、隣から物凄い圧を感じた。


 横から、微笑むエマが冷たい目で威嚇していた。ダスティンもたまらず口を噤む。


「……エマ、凭れてもいい?」

「はい」


 申し出た私に、エマが笑顔で答えると圧が消えた。エマ的に婚約者としてその距離感は不適切だったらしい。


 今の私はまだ十二才。そういう心配は不要だと思うのだが。子ども扱いも気に入らないのですと、エマなら答えそうだ。


「そう、だな。そのほうがいい。うん」


 きまり悪げにダスティンは頷いた。このままでは少し可哀想だと思うと同時に切り出すなら今だと思った。


「ダスティン様。お気遣いありがとうございます。よろしければ頼らせてくださいますか?」


 私が眉を下げて見つめると、ダスティンもふっと頬を緩めて答える。


「ああ。遠慮なく言ってくれ」

「では、この後のバローネ子爵邸で、私、確かめたいことがあるのです」


 予想と違ったのだろう。ダスティンにまじまじと見つめられた。


「私を、信じていただけますか」


 そう言って見つめ返した。しばらく目を合わせた後、


「危ないと思ったら、すぐ止める。それでいいね?」


ダスティンにそう言われた。私はホッとして頷き、エマに凭れて目を閉じた。エマは私の髪を直すふりでそっと囁く。


「お見事です」


 私は口の端を微かに上げてみせた。



 出迎えに現れたサイス様とアイビーには疲れが見えた。微笑むアイビーは顔色が悪く、サイス様は目の下にくっきりと隈があった。


 ダスティンも一瞬言葉に詰まったが、にこやかに声をかける。


「エンリケ、お招きありがとう。忙しいときにすまなかったな」

「久しぶりだな。来てくれて嬉しいよ、ダスティン。さあ、ブロック嬢もこちらへ。お互い息抜きしようじゃないか」


 傍目には何事もなかったかのように、私達は親しげに振舞う。


 以前とは別の客間に通された。庭は見えないが、花々の絵が飾られている。眺めていたら懐かしい花を見つけた。前回アイリス姉さまから送られ、温室で育てていた花だ。


 アイビーは使用人たちを早々に下がらせる。おもむろに話し始めたのはサイス様だった。


「まず、謝罪を。前回のお茶会では、ご令嬢に誠に申し訳ないことをいたしました。我が婚約者に変わり、お詫び申し上げます」


 そう言って立ち上がり、膝をついて頭を下げる。


「おやめください!」


 静止する私よりも早く、ダスティンがサイス様に駆け寄る。体を支えて立ち上がらせようと、声をかける。


「エンリケ、そこまでしなくとも」

「いいや。今の私はオリビアの名代だから」


 サイス様は引かなかった。


「おやめください、サイス様」


 声を張る私をサイス様が見た。その表情に私は息を呑む。


 そこには私と同じ目をした男がいた。


 重い後悔と、それを上回る憤り。何より愛しい人の悲劇を防げなかった己への激しい怒りを宿している。自分を許せない者の目だ。


 それを見て確信した。彼はこちら側へ引き込める。


 今日は学院でのことや、疑わしい令息とその周辺について聞きだすつもりだったが、予定変更だ。


 私もサイス様へ歩み寄り、声をかける。


「サイス様、どうぞ席にお付き下さい。私たちは、酷い災いに巻き込まれた者同士ではありませんか」


 じっと私を見る彼に、淡く微笑んで告げる。


「オリビア様の心中お察しします」


 途端に目が揺らいだ。激情に耐えかねて彼は俯き、拳を握り締める。その腕をダスティンが労わるように触れた。


「私達は、あなた方のお力になりたいのです」


 私の言葉に、サイス様は顔を上げた。すかさずダスティンが手を差し出す。ややあってサイス様は頷き、その手を取って立ち上がった。


お読みいただきありがとうございました。


不定期更新にもかかわらず、評価、ブックマーク、いいね等ありがとうございます。

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