第36話
お久しぶりです。
「ミリカ……!」
居間に入ってきたダスティンは、私を見て絶句した。
無理もない。今の私は頬がこけ、髪も肌もかさついて酷い有様だ。これでもエマが化粧を頑張ってくれたのだが、倒れてから会わなかったダスティンには衝撃だったようだ。
私の隣にいるロージー姉さまもさっき同じ反応をしたせいで、きまり悪げに目をそらしている。
「心配をかけてごめんなさい」
座ったまま頭を下げた私にハッとしたように、ダスティンが答えた。
「ああ、いや。それは、こちらこそすまない。だが大丈夫なのか? まだ寝ていた方が」
「いいえ」
私は声を張って遮った。
「もう充分、静養いたしました。これ以上は時間を無駄にできません」
私の強い主張に、一応引く形でダスティンは腰を下ろした。
メイドと侍女を下がらせて、部屋の扉を閉めると私達三人だけで向き合った。
「ロージー姉さま、この前のお話の続きをお願いいたします」
早速私が切り出すと、ロージー姉さまはダスティンにちらりと目をやった。その迷いに私は言葉を続ける。
「私は義兄様、いいえ、ダスティン様にも次期当主として知っておいてほしいのです。ダスティン様、よろしいですか」
私の問いに頷いたダスティンの表情が引き締まった。ロージー姉さまは強い視線を向けて話し始めた。
「この話は関係者にだけ明かされ、第三者には口外禁止。ダスティン様はミリカと添い遂げる者としてお話します。どうぞ、その覚悟で」
そうしてロージー姉さまはお茶に混ぜられていた花が王家の毒『妖精の窓』の原料であることと、その毒の効果を語った。ここまでは私も聞いた。
「とはいえ、お茶に盛られたのがこの原料の花だけなのも幸いでした」
「どういうことです?」
ダスティンの疑問に、ロージー姉さまはゆっくりと答える。
「原料の花は単体での毒はごく弱く、体に影響が出るまで長期間かかるのです。なので、ミリカには何の影響もありません。多分仕掛けた者はこの珍しい花が王家の毒の原料だと知っていたけれど、調合はわからなかったのでしょう。だからバローネ家で試し、経過を見ていたと思われます。そこへ毒を学ぶ私が来て……本当に間に合ってよかった」
最後にそう呟いて、ロージー姉さまは大きくため息を吐いた。横にいるダスティンは青ざめている。話を聞くうちに、いつしか私も体が硬く強張っていた。
前回、あのお茶は貴族がこぞって買い求めていた。一番長く愛用していたオリビア様たちが養子をお迎えになったのはそういうことなのだろう。そして、わたしも。
ひょっとして前回とお茶の産地が違っているのは、まだ研究中だったから?
最悪の想像に、背筋が凍る思いがする。
「姉さま、バローネ家の方々のご容態はご存知ですか」
「大事無いとは聞いていますが」
その一言で、詳しいことは伝えられていないと分かった。関係者とはいえ、他家に漏らすことではない。私は背筋を伸ばし、姉さまとダスティンに向き直った。
「姉さま、ダスティン様、バローネ家と我が家は共通点が多いと思いませんか」
ブロック伯爵家とバローネ子爵家はどちらも王都から離れた田舎の領地でほどほどに栄えている。我が家のアイリス姉さまは意見交換会でブラドル伯爵家のダフニー様と縁があり、バローネ家はブラドル伯爵家と縁戚関係だ。アイリス姉さまとオリビア様の婚約者たちは一時期同じクラスで交遊もあった。そして、時を前後して両家は不幸な事故に見舞われた。
意見交換会か、学院か、または両方が関係しているのだろう。私が考えつくくらいのこと、姉さまや他の人達はとっくに気づいているはず。特にイエルやグレーナーはとっくにそちらに狙いをつけているだろうに。私はここまで考えが至らなかった。
「ミリカは怪しんでいるのだね」
「はい。あまりにも重なりすぎていると思うのです。それで、ダスティン様」
ダスティンは神妙な顔つきで私を見つめた。
「私、学院での交友関係が気になって、アイビーにサイス様に会わせてもらいましたの。それがあのようなことに……人づてに知ろうとした私が浅はかでした。ですから」
私は勇気を出して、ダスティンから目をそらさず話す。
「サイス様とお話いたしませんか。お二人なら気づくことがあると思うのです」
私はずるい。こんなに痩せた風貌で、すがるような眼差しで、友人に裏切られたばかりの婚約者に旧友と向き合って話せと頼むなんて。
それでも、聞いてもらわなければ。
ダスティンは沈黙の後、「わかった」と静かに頷いた。
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