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第35話

本日二度目の更新です。 

※前話を読まれなかった方へのあらすじ

ロージーの話で、ミリカは前回の生で死ぬ二年前の流産が王家の毒『妖精の窓』の原料を含むお茶が原因だったと知る。衝撃で食事ができなくなったミリカの元に、アイビーが謝罪に訪れた。

「この度は当家の落ち度により、ミリカ様に多大なる不安を与えたこと、誠に申し訳ございませんでした」


 部屋に通されるなり、アイビーは膝をついて頭を下げた。胸の前で組まれた手を強く握りしめている。


 まだ立てない私は言葉も見つからず、ただアイビーの姿を眺めていた。横にはロージー姉さまが私を庇うように立っている。


 震える声でアイビーが続ける。


「ブラドル家からの試供品と偽られた紅茶を、確かめもせずに他家のご令嬢にお出しするなどあってはならないことでした。深くお詫び申し上げます」

「偽られた、とは?」


 ロージー姉さまの問いに頭を下げたまま、アイビーが答える。


「はい。あの後調べたところ、ブラドル家から渡された試供品の目録にあの紅茶はございませんでした。取り扱いすらなく、初めて見る商品だと。後ほど、父が証拠の書類をもって参ります。その時にまた正式な謝罪をさせていただきたく」

「どういうことです?」


 姉さまが怪訝そうに尋ねると、アイビーはぐっと息をのむと続けた。


「あの騒ぎの中、新人のメイドが一人、出奔いたしました。おそらくその者があの紅茶を紛れ込ませたのだろうと。経歴も嘘、紹介状も偽造にございました」

「……災難でしたね」

「見抜けなかった私どもの落ち度です。父は今回の不始末の処理にあたっており、私が謝罪に参りました。申し訳ありません」


 部屋の中に沈黙が落ちた。ロージー姉さまは溜息をついた痕、アイビーに話しかけた。


「今回のお茶会では違法に持ち込まれた紅茶が混ざっていたため、様子をみていましたが、両家とも大事無くてようございました」

「お気遣いありがとうございます」


 私が驚いてロージー姉さまを見るが、姉さまはアイビーを見つめて言った。


「紅茶に毒物など入っておらず、何よりでしたね」

「はい」


 返事をしたアイビーがさらに俯く。


 私はやっとロージー姉さまの言葉の意味を察した。王家の毒の存在を知られてはならない。内々のお茶会でのこと。表向きは何もなく、毒を盛られた者などいないのだ。謝罪はあくまで怪しげなお茶を振舞ったことに対してのもの。


「最後に謝罪の機会を与えていただき、ありがとうございました」


 そう言うアイビーへ、ロージー姉さまは当然のように返した。


「決められたのですね」

「はい。三月後、西の山岳地帯にある修道院に参ります」

「な!」

「もうお会いすることも無くなりますね。どうかお元気で」


 驚く私に構わず姉さまはさらりと答え、アイビーは黙って頭を下げた。


 しばらく誰も何も言わなかったが、不意に扉の方に目を向けたロージー姉さまが


「少し失礼します」


そう言ってすっと部屋から出て行った。


「アイビー」


 俯くアイビーに恐る恐る声をかける。顔を上げたアイビーは涙を湛えていた。


「ごめんなさい。ミリカ、こんなにやつれさせてしまって。私、謝っても、謝りきれない……」


 絞り出すような謝罪に、私はかける言葉が見つからない。


「ロージー様は本当にお優しい方ね。私達が話せるように外してくださったわ」


 震える手を握りしめ、アイビーが話す。


 知らないうちに事態は進んでいて、混乱した私は


「修道院って」


としか言えなかった。それを聞いて、アイビーは静かに笑う。


「今回は何もなかった。誰も傷つかなかった。それでもあの品が世に出るところだった。王家としてお咎めなしとはならないわ」

「そんな、そんなの」

「私があなたにあれを薦めたのよ。元凶の私一人を修道院に送れば、バローネ家は生き延びられる」


 きっぱりとアイビーが言う。それでも握りしめた手はほどかない。


「最後に、親友と憧れの人に会えてよかった。どうかお元気で」


 その覚悟を決めた静かな目で思い出した。私はこれを前にも見たことがある。


 前回の生、アイビーから離れたのは私からだった。ロージー姉さまの告白を聞いてから、無邪気に姉さまへの憧れを語るアイビーと会うのが辛くなった。姉さまの近況を訊かれても、距離を置かれた私が言えることもなく。急に避け始めた私をアイビーはどう思ったのか、当時はそこまで考える余裕もなかった。


 ある日のお茶会で、挨拶の後早々に立ち去ろうとした私に


「それではミリカ様、ご機嫌よろしゅう」


 アイビーから、他人行儀な挨拶を返された。それ以降話すこともなく縁が切れ、仕方がないと思った。風の噂で侯爵家の侍女になったと聞いたのが最後。


 今、あの時と同じ目でアイビーが別れを告げる。あのときとの違いは、きっとこれが今生の別れになること。


 私は前回と違う結末を目指して足掻いているだけなのに、アイビーの不幸など全く望んでいないのに、なぜ大切な人たちを傷つけることになるのか。


 倒れて苦しむダスティン、リックウッド伯爵夫妻の悲しむ様子、怯えた顔のオリビア様、目の前で貴族女性としての終わりを決めるアイビー。


「嫌よ」


 声が怒りで上ずった。立ち上がろうとしてふらついた私に、アイビーがあわてて駆け寄った。結局支えきれず、二人して床で抱き合うようにへたり込む。


「ミリカ」

「私は、認めない」


 どう足掻いても傷つけあうなんて、そんな運命は認めない。


「覆してやるわ」


 一方的な死も、アイビーの修道院行きも、私達に降りかかる理不尽を。


「ミリカ」


 大切な親友を離さないように、私はなけなしの力で抱きしめた。



 湯気の立つスープが目の前に置かれて、私はゆっくりと一匙すくって飲み込んだ。野菜を丁寧に煮込んだスープはいつもより美味しい。


 これからもきっと、私は私を許せない。


 二口目をすくって少しずつ飲む。体に染みわたるように落ちていくスープはとても優しくて、自然と涙が滲んだ。


 それでも、生きていくと決めたから。


 私は泣きながら、長い時間をかけて皿を空にした。吐き気はもう感じなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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