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第31話

お久しぶりです

 運ばれてきた紅茶からは華やかな甘い香りがした。


「まあ」


 驚く私にアイビーがにっこりと笑った。


「こちら、南方の品なのですって」

「とても良い香りがしますのよ。どうぞお試しになって」


 オリビア様にも薦められ、私はカップに口をつける。水色は濃い茶褐色。香りは甘く、こっくりとした味わいでとてもおいしかった。


 私は懐かしさで胸がいっぱいになる。これは、前回で死ぬ四年程前にお気に入りだった紅茶だ。



 あれは私達がやっと本当の夫婦になれた頃。


「これを、きみに」


 帰るなり、ダスティンはこの紅茶を私に手渡した。私の驚く顔を見て嬉しそうに笑ったのを覚えている。


 当時、バローネ子爵家愛用品の紅茶が社交界で大流行していた。


 バローネ子爵家夫妻となったエンリケ様とオリビア様は、婚約時からその仲睦まじさで知られていたが、二人には結婚後数年を経ても子はいなかった。悩む夫人と苦渋の決断で離縁を申し出た婿入りの子爵は、親戚筋から養子を取る。優秀な跡取りを迎えて夫婦仲もさらに深まり、子爵家は大いに栄えていた。


 件の紅茶は外国産で、夫人の喜ぶ顔見たさに子爵が取り寄せたそうだ。その絆にあやかりたいと、皆が挙って求めていた。


 やっと手に入れた紅茶の甘い香りに、私はすぐに夢中になった。


「私達もあのご夫妻に倣って過ごしましょうね」

「そこは子爵夫妻以上に、だろう?」


 ダスティンとそう話して、夜のひとときに紅茶を楽しんでいたのだが。


 その年の冬、私は性質の悪い風邪にかかった。半月ほどで治ったが、それまでは好んでいたお茶の香りがつらく感じ、全く飲めなくなってしまった。



 またこの紅茶を味わえるなんて。私は懐かしく甘い香りを存分に味わった。


 サイス様は、この頃からオリビア様のために茶葉を取り寄せていたのだ。


 しかし、時々前回との差異を感じる。アイビーは南方の品と言ったが、前回では中西国の品だったはず。


「ミリカ様、いかがですか?」

「芳醇で素晴らしいお味ですね」


 私がオリビア様に笑って答えると、少し表情が和らいだ。


「お気に召されたようで嬉しいわ。こちら、まだ出回っておりませんの」

「まあ。そんな貴重なものを?」

「ブラドル家の商会からのお試しをいただきましたのよ。せっかくですから、ミリカ様にもご感想を聞きたくて」

「さすが勢いのある商会ですわね。これはきっと流行りますわ」


 私の答えでオリビア様の表情が明るくなった。


 バローネ子爵家とブラドル伯爵家は縁戚関係だ。こういう品もいち早く回ってくるのだろう。


 私が感心していると、サイス様がオリビア様を見ながら話す。


「これは『シェリー』という名の茶葉でね。この香りも名前も、オリビアのためにあるとしか思えない」

「もう、キケ。やめてくださいな」


 顔を赤らめるオリビア様を見て、サイス様は実に楽しそうだ。


 この大切なひと(シェリー)という名も流行った理由の一つだろう。


 気が付くと、オリビア様とサイス様は二人だけの世界で見つめ合っている。これは前回と変わらない。私がまだ白い結婚だったお茶会でも、死ぬ前に夫婦仲が冷え切ってからの夜会でも、垣間見た二人の幸せな様子が私はとても羨ましくて、同じくらい妬ましかった。あの頃を思い出すと胸の奥が痛む。


 ふうっと、横から大きなため息が聞こえた。見ると、予想通りうんざりしたアイビーが冷めたお茶を入れ替えてもらうところで。


「あら?」


 私はそのカップの中身に気づいて声を上げた。アイビーのカップだけお茶の水色が薄い。


 その視線にアイビーはいたずらっぽく笑う。


「気づいたのね。このお茶は香りもよくておいしいけれど、私は一杯で充分」

「アイビーは甘いものが苦手よね」

「ええ。見てごらんなさいな」


 アイビーはスンとした表情で、あの二人をちらりと見て声を潜めた。


「私、高頻度であの甘ったるいやりとりを見せられているのよ。口にするものまで甘いと胸焼けしてしまうわ」

「……なるほど?」


 私は曖昧に笑うしかなかった。


「それよりも、今日はロージー様はいらっしゃるのよね?」


 アイビーの顰めた声には全く隠しきれない期待が滲んでいた。


「ええ。鍛錬の後に迎えに来ると言っていたわ」

「ああ! ありがとう、ミリカ。あの麗しい方にご挨拶できるなんて」


 アイビーがうっとりと呟く。


 あの麗しい方とは、毎朝料理長に「卵はこの倍はあってもいいと思わない?」と強請っているロージー姉さまのことだろうか。


「あの涼やかな佇まい! 思わず見惚れてしまうわ。でも、大丈夫。私達はあの方のお邪魔にならないように応援すると決めているの。安心してね、ミリカ」


 そう目を輝かせるアイビーに私はまたもや曖昧に微笑むしかなかった。


 それからこちらへ戻って来たお二人も交えて話したが、めぼしい情報は得られなかった。やがて、


「ご歓談中に申し訳ございません。ミリカ・ブロック様、お姉さまのロージー・ブロック様がお迎えに来られました」


使用人に案内されてロージー姉さまが客間に入ってきた。アイビーの緊張が隣から伝わってくる。


「ロージー姉さま」


 私の朗らかな声にロージー姉さまが微笑んだ瞬間、その表情が強張った。大股でつかつかと歩み寄ると、慌てて立つ私の手を強く引き寄せた。テーブルに体が当たり、食器が嫌な音を立てる。


「姉さま?!」


 驚く私に構わず、自分の背に庇う。三人がその剣幕に息を呑むのがわかった。


「どういうつもりだ」

 

 ロージー姉さまの威圧に思わず足が竦む。しかし、次の言葉はその衝撃を上回るものだった。


「妹に毒を盛り、全員ただで済むと思うなよ」 

お読みいただきありがとうございました。

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