第30話
学院の入学資格は貴族の子息限定だ。最初の二年は基礎課程、残りの二年を専門課程に分かれて学ぶ。王国内の貴族男性はほぼ全員が学院の卒業生だ。私の婚約者、ダスティン・リックウッドも、目の前のエンリケ・サイス伯爵令息も。
サイス様は少し考えていたが、横目でオリビア様を窺ってから話し始めた。
「入学直後はダスティンと同じクラスだった」
これは初めて聞く話だ。私の間を真っ直ぐに見てサイス様が続ける。
「その頃は席が近くてよく話をしたな。弓が好きだと聞いて、領地の森で一緒に鹿狩りもしたよ。ブロック嬢が見た手紙はその時の誘いだろう。その後、私はオリビアに相応しくあろうとした結果、上位クラスに移った。それからダスティンとは疎遠になってしまったよ」
言い終えたサイス様はオリビア様に優しく笑いかけた。オリビア様も微笑み返す。
前回の生、夜会で遠目から同じものを見た。知り合いとの挨拶の合間に、目を合わせては微笑みあう二人。お互いしか目に入らない仲睦まじい様子は、ご令嬢やご婦人方の羨望の的だった。
「それは表向きの理由でしょう?」
横からのアイビーの声に、サイス様は少し呆れた顔で言った。
「初対面のご令嬢の前だよ。こちらの面目を保たせてくれないか」
「そんなごまかしはいらないわ。ミリカ、この人はね、学院でやらかしているの。暴力沙汰よ」
「人聞きの悪い。ちょっとしたじゃれあいだろ」
「その程度で家に通達が行くものですか。殴り合いをして、三日ほど謹慎になっているのよ」
「煽られたから煽り返したら、向こうから手を出してきた。倍返しにしただけさ」
悪びれずに紅茶を味わうサイス様に驚いていると、眉を下げたオリビア様が静かにこぼした。
「あのときは心配したわ……」
「大丈夫、オリビア。もうあんなことはないから」
サイス様は宥めるようにそっとオリビア様の手をとる。困り顔のオリビア様はサイス様にそっと微笑む。頷きあってから、サイス様が私を見てニヤリと笑った。
「そのクラスは次男や三男が多かった。素敵な婚約者がいると妬まれやすくてね。居心地も悪くなったし、思い切って上位クラスを狙ったら上手くいったよ」
「ミリカ。前に話したでしょう。お姉さまにこの人から週に八通の手紙が届いていたこと。その時なのよ。どうかしているわ」
「勉強のいい息抜きになったよ」
「読むのとお返事で、私も忙しくなりましたわ」
呆れるアイビーに構わず、お二人はそう言って微笑みあう。アイビーがげんなりした顔で私を見るので、曖昧に笑っておいた。
「その点、ダスティンは奴らと上手く付き合っていた。あれには感心する」
ふと思い出したようにサイス様が言った。私はすかさず聞いてみる。
「そうなのですか?」
「ああ。ダスティンは難癖を躱しつつ、気が付くと仲良くしていた。そいつらと何人かで一緒にいるのをよく見かけたよ」
「揉めたお相手を、お聞きしても?」
「ニクラス・アザリーとジャン・カルドだ」
やはりだ。前回も今回もダスティンの周りにいて、手紙に呪いの気配があった者達。
考え込む私に、サイス様が慌てて付け足す。
「いや。私とは相性が悪かっただけで、ブロック嬢が貶められることはない。安心してほしい」
「「え?」」
思いがけない言葉に、オリビア様と同時に声を上げた。
「どういうこと? サイス様。まさか、暴力沙汰はお姉さまを貶められて、なの?」
アイビーがサイス様に詰め寄ると、サイス様はそっと目をそらした。
「まあ、結果的に上位クラスで学べて、不要な縁も切れた。オリビア、もう終わったことだ」
サイス様が俯くオリビア様の両手を取って覗き込む。大きくにっと笑って見せると、オリビア様も弱々しく笑い返した。
「ブロック嬢もすまない。あの頃の奴らは私達が妬ましかったのだろう。それぞれの道に進んだ今、心配はいらない」
「お気遣いいただきありがとうございます」
とりあえず私はサイス様に頭を下げた。前回のダスティンの周りを思い出すと、その言葉には素直に頷けない私がいる。
ニクラス・アザリーとジャン・カルド。
二人はサイス様とダスティンを妬んでおり、サイス様は実力行使で退けた。ダスティンは上手く付き合っていたと言うが、取り込まれていたのでは? それなら呪いはいつから作用していたのか?
「ミリカ様」
オリビア様に声をかけられてはっとした。いつの間にかオリビア様に見据えられていた。
「せっかくお招きしたのに、このような話を聞かせて申し訳ありません」
「いいえ。私がお願いしたことですから」
頭を下げるオリビア様を執り成す。気まずい場を変えようと、アイビーがぽんと手を叩いた。
「仕切り直しましょう。お姉さま、あれを試してはいかが?」
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