第28話
お久しぶりです
残念ながら、ロージー姉さまはアイビーが去る時刻までに帰ってこなかった。
「まだご帰宅されないのね……」
「そのようねえ」
落胆するアイビーに軽く答えた私は睨まれてしまった。アイビーはただ一目見る機会すら逃したくないらしい。私はそこに遠慮なく付け込んだ。
「あら。あなたが私を招いてくれるなら、まだ機会はあるわ」
「どうしてよ。ロージー様は全てのお茶会を断っておられるじゃない」
そう。ロージー姉さまはもうお茶会に出席しない。とあるお茶会でロージー姉さまの隣を巡って令嬢達が諍いになり、更に後日に招かれなかった令嬢達から主催へ数多の抗議があった。それ以来、ロージー姉さまは社交を最低限に留めている。
でも、抜け道もあるのだ。
「ええ。姉さまはお茶会には行きません。でも、私を迎えに来てくれるかも」
アイビーの眉がぴくりと動いた。予想通りだ。私は明るく笑って続けた。
「ねえ、アイビー。ロージー姉さまが私を迎えにくれば、あなたに紹介できるわね。先程のこと、よく考えてもらえないかしら?」
とどめの一言が効いたようで、三日後には我が家にバローネ家から招待状が届いていた。さすがアイビー、仕事が早い。さて、私は何も知らないロージー姉さまをどうやって説き伏せようか。
その考えはあっさりと杞憂に終わった。
「その日、迎えに行くだけでいいなら」
鍛錬から帰宅したロージー姉さまに話を切り出すと、快く引き受けてくれた。
「よろしいのですか?」
「護衛の練習になるし、バローネ子爵家にはご挨拶したかったから。ミリカ、いい機会をありがとう」
そう笑うロージー姉さまの顔には疲労が浮かんでいる。近衛の採用に向けての鍛錬はより激しくなっているようだ。
「姉さま、お身体は大丈夫なのですか?」
「これくらいは平気にならないと勤まらないよ」
苦笑する姉さまに私は何といっていいのかわからなくなる。
今期の女性近衛の募集は、王女殿下付きを見込んでのこと。王族の警護に当たるには、私の想像を絶する訓練が必要なのだろう。
『命を顧みない戦いが評価されて、王女付きになったの』
『ロージーはこのまま変わらなければ、また王国と心中する。どうか救ってあげて』
女神さまの言葉を思い出し、私は思わず俯いた。不安で胸がいっぱいになる。
ロージー姉さまは急に私の鼻をきゅっと摘み、おどけた声で言った。
「そんな顔しないで。あなたのお姉さまは優秀だよ? 期待して頂戴」
そう言ってロージー姉さまは明るく笑ったのだ。
◇
姉さまと別れ、廊下を歩いていて呼び止められた。
「ミリカ」
振り返るとダスティンが元気そうに笑っていた。
「義兄様。お部屋から出られるようになったのですか」
「ああ。明日からは普通に過ごしてよいそうだ」
イエルと医師は定期的に診察をしていたらしい。
「よかった。もう大丈夫ですね」
「心配をかけたね……」
ダスティンは少し言いよどんだ後で
「ありがとう」
と照れ臭そうに笑った。私も笑い返す。ダスティンはこの前言ったことを覚えていてくれたのだ。
「庭の散歩に行かないか?」
「ええ。ご一緒しますわ」
差し出された腕をとり、私達は歩き始めた。
夕方の風が少し涼しくなっていた。季節が変わり、香りの強い夏の花も終わってしまった。夕暮れの中、ダスティンは私の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。
揺るぎなく私を支える手の感触はしっかりと覚えているのに。私はアイリス姉さまとの話を聞いて、ダスティンにどう向き合えばいいかわからなくなっていた。
無言で歩いていくうちに、ダスティンがぽつりと言った。
「ミリカ。あのときはありがとう」
「義兄様?」
言われた意味が掴めず、私は首を傾げる。
「婚約解消のときに。いや、あのときだけではないな。花茶を飲んだ時も、ミリカに助けられている。改めて言わせてほしい」
ダスティンは私の目を見て次の言葉を告げた。
「ありがとう。ミリカ。今の私は、きみに支えられてここにいる。私の一生をきみとともに」
私の手を取ると、ダスティンは頭を下げてそっと爪先を額につけた。
「義兄様」
私は上手く言葉が出てこなかった。前回も含めてダスティンからこのようにされたことはない。これではまるで誓いのような。
「必ず君に報いる。私の一生をかけて」
まっすぐに私を見るダスティンは真剣で、そこに熱は全く感じられなかった。
ああ、これはダスティンなりの禊だ。呪いの影響で、アイリス姉さまに、私に、ブロック伯爵家に害をなした自分へのけじめ。
この言葉に頷いたなら、私はダスティンに大切にしてもらえるのだろう。前回よりもずっと真心のこもった言葉が、視線がそう伝えてくる。
きっとこれでいい、はず、なのだけれど。
「ありがとう。……義兄様、もう暗くなるわ。戻りましょう」
私はにっこりと笑って、夕闇を言い訳にした。ダスティンも微笑み、元来た道を引き返していく。庭を抜ける間は二人とも目を合わさず、当たり障りのないことだけを話した。
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