第22話
客間は静まり返り、しばらく誰もが口を噤んでいた。
私も、次々と沸き起こる疑問に振り回されていた。
ダスティンが約四年呪いに侵されていたのなら、アイリス姉さまへの態度は呪いによるものだった? ならば前回もダスティンは呪いに侵されていた? では私が殺されたのは呪いのせい? でも、前回殺される二年前までは悪くない扱いをされていた……待って、イエルは絆を腐らせる呪いと言った。私が気づかなかった? 私も呪われていた? では、あの、前回殺される二年前のあれは、
「私は、本当に呪われていたのですね」
ダスティンの呟きが聞こえ、私ははっとした。イエルは静かに答える。
「はい」
「誰が、私に、どうしてそんな」
「まだ調査中ですが、関わりのある人物が。ジャン・カルド、ニクラス・アザリーの両名とはお知りあいで?」
「……友人です。学院で親しくしていました。彼らが、私を?」
「わかりません。ただ、手紙に呪いの残滓がありました」
「そうですか」
ダスティンはそう言ってアイリス姉さまを見た。困惑した表情でまっすぐに。視線に気づいたイエルがアイリス姉さまに問いかける。
「アイリス・ブロック嬢。リックウッド伯爵令息とご婚約なさっていたとき、両名と関わったことはおありで?」
客間の空気が凍る音がした。リックウッド伯爵夫妻が私達を気遣うように見る。何とも気まずい。皆が息をのむような間の後で、アイリス姉さまは笑みを絶やさず答える。
「二度ほどお目にかかったことがあります。一度目は我が家での年明けの祝いの時、二度目は私のデビュタントでした」
「詳しくお聞きしても?」
アイリス姉さまは少し考えてから話し始めた。
「一度目は三、四年前でしょうか。直接にはご挨拶をしたのみです。それから偶然にリックウッド伯爵令息とご友人たちのお話が聞こえてしまいました。『令嬢と関わるのは肩が凝る。男同士が気楽でいい』と」
「それはっ」
「リックウッド伯爵令息。私はブロック嬢にお聞きしております。お控え下さい」
イエルは、声を上げたダスティンをぴしりと窘めた。アイリス姉さまは微笑んで答える。
「軽口だと分かっておりますわ。若い男性だけですと気が大きくなるのでしょう? 一度目はそれだけです。二度目のデビュタントの時も、ご挨拶と少しお話したかしら? 私ダンスが苦手で、デビュタントは必ず踊らなくてはいけないでしょう? 始まる前は緊張で、終わった後は疲れてしまって、皆様とのお話はご挨拶くらいしか覚えておりませんの」
「なるほど。ありがとうございます」
そう言ってイエルは思案していたが、思い出したように顔を上げた。
「ああ、リックウッド伯爵令息。しばらくご実家に戻らずこちらで静養なさってください。呪いは祓われても、魂の歪みが見られます」
「歪み、とは?」
怪訝な顔をするダスティンに、イエルは少し眉を顰めて告げた。
「あなたは多感な時期に呪いを受け続けたため、まだ影響があるようです。悲しいかな、ごく自然に近しい異性を下に見る傾向が見受けられます。いくら政略の間柄でも、現婚約者の前で元婚約者を縋るように見たり、元婚約者の話を遮るなど、いかがなものでしょう」
ダスティンの顔から血の気が引いた。衝撃で言葉も出ないらしい。イエルは気の毒そうに続けた。
「ご心配なく。時間が経てば薄れていきます。念の為、ご友人たちとは少し距離を置かれた方がよろしいかと」
「彼らから連絡があれば、私たちにすぐ知らせてください。決して手紙は開封なさらずに」
グレーナーの念押しにダスティンとリックウッド伯爵夫妻が頷く。ダスティンは俯いている。
「ダスティン」
父の声にダスティンは力なく顔を上げた。
「きみも大切な家族の一員だ。今はここで静養を第一に考えなさい」
「……ありがとうございます」
ダスティンは頭を下げたが、目を伏せたままだった。
……きっと、今は何を言っても届かないのだろう。こういう時のダスティンは酷く頑固になる。
頭を上げたダスティンはそのままアイリス姉さまを見た。ほんの数秒、二人の目が合う。お互いにしかわからない何かを通じ合わせるように。
ずきりと、胸が痛んだ。
その後、ダスティンは私を見た。私は口角を緩く上げた。きれいに微笑んだように見えるだろうか。ダスティンが頷き、私も頷いた。でも見つめあっても、何を思っているのか、何を伝えたかったのかわからない。
最後には、私を見てくれると思っていいのだろうか。
お読みいただきありがとうございました。