第21話
お久しぶりです
ダスティンのいる客間に私たちブロック家とリックウッド伯爵夫妻が集められた。
「なぜ私まで?」と愚痴るロージー姉さまをアイリス姉さまが肘でつついて窘めている。リックウッド伯爵夫妻は前よりも落ち着いて見えた。両親と目礼を交わし、ダスティンを見て励ますように頷いた。
グレーナーがダスティンに向かって話し始めた。
「あなたの症状は病気や毒ではなく、呪いによるものと判定されました」
「呪い? まさか」
グレーナーに言われ、ダスティンは思わず軽く笑うが誰も応じなかった。皆の顔色を見たダスティンから笑みが消える。
「悲しいことに事実です。ご自覚はなかったのですね」
動揺したダスティンは答えられなかった。横からイエルが構わず話を進める。
「あなたはミリカ・ブロック嬢と花茶を飲んでいて倒れました。覚えておられますか?」
「あの時は咳が止まらず、胸が苦しくなってその後は……覚えていません」
イエルはダスティンの答えに頷き、また話し始めた。
「あのお茶は真聖菊茶といい、強い浄化の力があります。それを飲んで呪いが強制的に祓われたのです。衝撃であなたは昏倒されました。その後呪いは最後の抵抗を試みてミリカ嬢を襲おうとしましたが、あえなくお茶を浴びせられて消滅しました」
ダスティンは驚いて私を見た。
待ってほしい。その言い方だと私が淑女にあるまじき野蛮人に聞こえるが。
後ろでロージー姉さまが「さすが私の妹」と自慢気に呟く。違う、そうじゃない。恥ずかしくなった私は目を伏せた。
「アイリス・ブロック嬢から渡された真聖菊茶をミリカ・ブロック嬢に振舞われ、呪いを祓われた場所がブロック家であったのも幸運でした。ブロック家の庭の草花には護りの力が満ちており、ここでならあなたの魂も回復が早いかと」
「待ってください。呪いだの、私には理解しがたい」
ダスティンは話を遮ったが、イエルは臆することなくにっこりと笑い返した。
「でしょうねえ」
「は?!」
驚くダスティンにイエルは平然と笑った。
「今のあなたのように、呪われた者は『呪い』を意識させるとまず反発しますから。納得できないでしょうが、ここにいる皆様はあなたが呪いに苦しむ姿を見ておられます」
ダスティンは弾かれたようにリックウッド伯爵夫妻を見た。リックウッド伯爵は重々しく頷く。愕然としたダスティンにイエルはなお淡々と続ける。
「呪いを祓ったとて影響は残ります。後は時間をかけて魂を癒し、ご自分を立て直しましょう。そのために私どもも力を尽くします。そうそう、残滓からの解析で、あの呪いは婚約者や伴侶との絆を腐らせる目的と判明しました」
「何だと!」
ダスティンよりも早く父が声を上げ、皆がざわめいた。イエルは頷いて続ける。
「他愛ないおまじないが一部書き換えられ、呪いに変わっておりました。といってもごく弱いものですから、一度かけたくらいでは全く効きません。しかしそれを何度も繰り返し、徐々に、人知れず、長期間、私が見るに約四年程でしょうか、あなたに呪いを染みこませたのです。ご令息、思い出してください」
イエルはダスティンに近寄り、優しく肩に手を置いて話しかけた。
「あなたが学院に入学してから、ご婚約者さまとはどの程度交流を持たれましたか? 手紙のやり取りは? 休暇中、ご実家やこちらへどのくらい訪れましたか? 学院入学前よりずっと疎遠になったのでは?」
ダスティンは答えられない。それをイエルは無言で見つめていた。
アイリス姉さまが震える声で問いかける。
「神官騎士様。呪いをずっとかけ続けるなんて、本当にできるものでしょうか?」
イエルは青白い顔のアイリス姉さまを見つめながら、はっきりと断言した。
「ええ。書き換えられた術式が、間違いなく亡国のものでしたので」
その一言で、部屋中が静まり返った。
亡国とは、国の領土と王族臣民全てが魔術という強い力で守られていた小国。約二百年前の帝国の北部統一の際、かの小国は帝国と敵対して滅ぼされる。しかし帝国がかの小国から持ち帰った魔術書を使おうとすると、必ず災いが起きた。いつしかそれは呪いとよばれ、かの小国の名すら禁忌とされ、魔術書は帝国の奥深くに厳重に封印されているという。
今の今までおとぎ話だと思っていた。
その術式が使われているというのなら。
「お待ちください。なぜ神官騎士様が亡国の術式をご存知なのです?」
イエルは父の疑問にあっさりと答えた。
「帝国の魔術書は当時の我が国の大神官が中心となって封じたのです。神官は有事の際に備え、亡国の術式を学びます。まさか見る日が来るとは思いませんでしたよ」
帝国の影がずっと前から忍び寄っていたのを知って、私は震える手を強く握った。
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