第20話
お久しぶりです
翌朝、目覚めた私は自己嫌悪でいっぱいだった。
あんなことに嫉妬するなんて。今回、アイリス姉さまとダスティンが婚約解消したのはほんの数日前のこと。今までの呼び方になって当たり前なのに、あの時私は反射的に思ってしまった。『私の夫なのよ』と。
「情けない」
思わず呟いた。
前回、私が災いの元だと知って動揺したのもある。過ちの原因も姉さまたちへの嫉妬や劣等感に因るもの。前回の自分に影響されすぎだ。
……あれは前回結婚して間もない頃、私は「温室を作りたいわ」と夫となったダスティンに願った。私達三姉妹の花壇の場所に温室を作り、アイリス姉さまから結婚祝いに送られた隣国の花を育てたいと。
「今植えている花は全て『初めの花壇』の隣に植えようと思うの。いいでしょう?」
「ああ、いいとも。きみの思うとおりにしよう」
そうして私は強引に事を進めた。花を移動させ、花壇を潰して温室を作り、毎年きれいに咲かせたその花を夫の執務室に飾ってはこう思っていた。
あなた、忘れないでね。この花はアイリス姉さまが私達の結婚祝いに送ってくれたの。あなたと結婚した私こそがブロック伯爵夫人、あなたを伯爵にしたのは妻である私なのよ。だから、アイリス姉さまより私を大切にしてちょうだいね、と。
なんて浅はかなんだろう。それがあの死に繋がったというのに。
「私、殺されても何も学べていないのね」
ため息を吐いて自分にうんざりしていたら、ドアの向こうからエマの声がした。
「お嬢様、起きてらっしゃいますか?」
「ええ。今、目が覚めたわ」
部屋に入ってきたエマがしげしげと私を見た。
「おはようございます。お嬢様、お顔の色が優れないようですが」
エマの言葉に私は内心どきりとしたがとぼけておいた。
「そう? しっかり寝たのに。嫌ね」
「ここ数日間は大変でしたものね。洗顔の後、お顔のお手入れをしましょうか」
「お願いするわ」
ごまかすように応じた顔の手入れは思いのほか効果的で、絶妙な力加減で肌を撫でていくエマの指で心までほぐれた気がした。
「顔色が一段明るくなりましたね」
「すごいわ、エマ。気分まですっきりよ」
私が褒めるとエマは嬉しそうににっこりとした。エマの笑顔に、あの時女神さまのところで見た光景が重なる。煙に巻かれ倒れたエマに容赦なく炎は迫っていった……。
もう前回の私の気持ちには引きずられない。一人で落ち込む間に、やれることがあるはず。
私はもう二度と間違えてはいけないのだから。
「私に嫉妬する資格なんてないのよ」
忘れないように私はそっと呟いた。
◇
朝食の終わる頃、私はアイリス姉さまにお願いをした。
「アイリス姉さま、私に花壇の世話を教えてもらえませんか?」
アイリス姉さまにはわたしの申し出がとても意外だったようだ。
「ええ。構わないけど、どうして?」
「神官騎士様が言うには、この家の護りの要はアイリス姉さまとお母様の花壇で、特にマトリカリアに強い効果があるそうです。私は、姉さまが隣国に行った後も花壇を守りたいのです」
ここで花壇を守り切るのが何よりも私に求められている役割だ。私の言葉にアイリス姉さまは嬉しそうに答えた。
「わかったわ。私がここにいる間にできるだけ教えます。私が隣国に行ってからは私の師匠に頼んでおくわ。よろしくお願いしますね、お母様」
「ええ。ビシビシ鍛えてあげましょう」
おっとりと答える母に私は驚いてしまう。
「お母様が?」
「そうよ。アイリスの師匠は私で、私の師匠はロン爺やよ」
得意げな母。アイリス姉さまも横で笑って頷いている。ロン爺やはうちの最古参の庭師だ。
「ミリカ、花壇の世話は大変だから、庭を毎日散歩して体力をつけるといいわ」
ロージー姉さまも助言をくれた。
「ロージー姉さまのように走らなくてもよいのですか?」
「急に走るなんて無理無理。まずは毎日歩くことから始めないと」
私の家族は優しい。私に理解があり、協力的だ。私は笑顔の裏で固く心に誓う。
きっと大丈夫、今度こそ皆を守ってみせる。
その日から私の日課に花壇の世話と散歩が加わった。
◇
ダスティンは順調に回復し、三日後には起き上がって普通の食事もとれるようになった。その次の日、再びイエルとグレーナーが我が家に訪れた。
お読みいただきありがとうございます
ブックマーク、評価、いいね等、深く感謝しております