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第17話

 不用意な声を出したせいで、全員に注目されてしまった。


「ブロック嬢、どうなさった?」


 リックウッド伯爵に優しく問いかけられ、私は思い切って言ってみた。


「菊茶をお使いになるのはいかがです? 浄化の力があって、東国では皆が飲むのと聞きました。こちらでも同じようにすればいいと思いますわ」


 私の発言に誰も頷かず、その場はしんと静まり返る。リックウッド伯爵は黙り込み、次期伯爵は気まずそうだ。グレーナーからは可哀そうな目を向けられた。なぜ?


 ややあって、父が困った顔で答えた。


「ミリカ、菊茶はまだ我が国に流通していない。たとえ手に入ったとしても、高価なものを領民に配るのは現実的ではないよ」

「……そうでしたか。申し訳ございません」


 間違えた。菊茶が安価に出回るのは数年後だ。前回の記憶と現在が混同している。私の思い付きはとても非常識なものだ。恥ずかしくなり、思わず俯いてしまった。


「いや。いいかもしれません」


 イエルがぽつりとつぶやき、皆がぎょっとしたようにそちらを見た。イエルはしばらく考え込んでいたが、皆の視線に気づくと顔を上げた。


「ああ、菊茶ではありませんよ。領民に配るという手段の話です」

「どういうことです?」


 問いかける次期伯爵にイエルは笑って答えた。


「ブロック嬢にはお話ししましたが、東国では秋の祝祭の日に神殿が菊茶を配ります。夏までの穢れを祓う大切な行事で、貴賤に関わらず国中の皆が飲むのだとか。それをこちらでも取り入れればよいのです」

「しかし、菊茶の流通はマトリカリアが根付くより時間も費用もかかる」


 イエルは伯爵の苦言にもあっさりと答えた。


「菊茶に変わるものが、この地方にもあります」

「!」


 思わず皆が息をのんだ。一同の驚きを、イエルは楽しそうに笑って語りだす。


「私、もともとこちらへは、エクマン領の神官見習い候補を見に来たのですよ。というのも、その子の力は畑で活きるということでね。王都は畑が少ないですから、エクマン領まで見に行ったらこれが素晴らしくて! リナーリスってご存知ですか?」 

「エクマン領の、庶民用のお茶の原料かな?」

「あの赤い茶なら飲んだことがある」


 父と伯爵の言葉に頷いたイエルは嬉しそうに言った。


「その子が育てたリナーリスには、浄化の力が宿るのです」


 それはあまりに想定外で、誰も何も言えなかった。イエルは喜び溢れるままに話し続ける。


「その子、前に神官見習い候補になった時は王都での選考に漏れ、手土産に自分の育てたお茶を献上して帰ったのです。その後、大神官が浄化に気づいて再び呼び寄せたのですが、王都では相性が悪いようで。今回の検証で、リナーリスが最も浄化の力を籠めやすいとわかり、栽培に適した盆地のエクマン領専属神官見習いとして修行することになりました」


 語り切ったイエルは得意げに周りを見渡す。全員がしばらく呆然としていたが、いち早く立ち直ったのはリックウッド伯爵だった。


「そうか、幸いにも隣領。こちらの領民にもリナーリス茶が広まれば……」

「祭りで縁起物として振舞う、いや、先に貧民への炊き出しで食料とともに配るのもいい」


 父と伯爵が顔を見合わせて、頷きあう。


「「神官騎士殿、我が領に紹介を頼みたい」」


 声を合わせた二人に、イエルがにんまりと笑う。


「ええ、ええ。ご紹介いたしますとも! エクマン領内では言わずと知れた健康茶ですが、他では知名度が低いのですよ。孤児院発祥なので、教会繋がりで他領のバザーから草の根運動で広めようかと思案しておりました。お申し出、実にありがたい!」


 おかしい。イエルは聖職者のはずなのに、出入りの商人風に見えるのは私だけだろうか。


「庶民のお茶ではありますが、領民だけでなく、ブロック伯爵家、リックウッド伯爵家の皆様にもお飲みいただきたいですね」

「そうだな。しばらく我が家では、使用人も含め日常的に飲むようにしよう」


 イエルの勧めに、リックウッド伯爵と次期伯爵も頷いている。


「皆様方は護りを強化でき、エクマン領は栄え、神官見習いは修行を積み、三領の結びつきは強固となる。これぞ神の御導きですね!」


 発言と表情が見事に嚙み合っていない。イエルはやり手の商人の顔で聖職者の殊勝な台詞を語り、私はその姿に呆気にとられるばかりだった。


 ……何とも濃い一日で、さすがに私も疲れきってしまった。その日は夢も見ずにぐっすりと眠れた。

お読みいただきありがとうございました

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