表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/55

第15話

いつもお読みいただき、ありがとうございます

2/29 加筆改稿いたしました

 思いもよらない問いかけに私は考え込んでしまった。なぜと言われても、とっさにしたことに理由なんてない。


「わかりません。なんとなく……かしら?」


 困る私を、イエルは首を傾げてじっと見つめる。その視線は探られているようでどうも落ち着かない。


「ご令嬢は呪いに触れて、自然に最も生き残る行動を取ったのです。頭で考えるより先に体が動いたのでしょう。だから、反対側の入口扉へは進まずに奥へと」


 イエルに言われて、あの時の自分を思い返してみる。反射的に奥に逃げて、クローゼットの扉から新鮮な風を感じた。それで気分がよくなったのは、風の涼やかさとごく微かな香り、あれは……。


 それに気づいた私は、イエルが持ったままの文箱に目が吸い寄せられる。イエルはニヤリと笑うと、文箱から一通を手に取ってひらひらと振って見せた。


「クローゼットに封印されたアイリス嬢の手紙、そこからの護りの気配に無意識に引き寄せられたのです」


 私は手紙からふわりと漂う香りで思い出した。



 あの頃、アイリス姉さまはよく手紙を書いていた。私は構ってほしくて、話しかけたり抱きついたり邪魔をして、「仕方がないわね」と根負けした姉さまと薬草茶を飲む間だけ相手をしてもらう、そんな日常のやり取り。


「お茶を飲み終わるまで、ミリカの話を聞くわ。一緒に飲みましょう」

「お茶の匂いがスース―するのがイヤです。甘いのがいい」

「あら、ならこの花と茎を足して甘い香りにするわ」

「香りだけ?」

「少しだけはちみつもね。内緒よ?」


 はちみつをほんの少し入れたお茶は、いつもより甘くて爽やかな味がした。足してくれた花は、庭で大切に育てていたあの花は、手紙から優しく香る花と同じもの。



「マトリカリア」


 私の呟きに、イエルは手紙にちらりと目を向ける。


「へえ、手紙の香りづけにマトリカリアを使ったのですか。ブロック邸のお庭のものでしょう。慣れ親しんだ香りが救ってくれたのですね」


 私は胸がいっぱいで、泣きたいのか笑いたいのかわからなかった。


 イエルは文箱に手紙を戻しながら言った。


「ということで、ブロック伯爵。呪いの媒介はミリカ嬢が特定し、浄化をアイリス嬢のお手紙に担っていただきました。私は文箱の忌々しい封印を解いただけ。ブロック伯爵家のお力、お見事です! 今回の役目は楽でよかった!」

「ウオッホン」


 上機嫌で語るイエルを、わざとらしい咳払いでグレーナーが窘める。止めるのが少し遅すぎやしないか。イエルはグレーナーを横目で見てから続けた。


「えー、ご令嬢の様子から疑わしいのは、ジャン・カルド、ニクラス・アザリーの両名です。ただ関与は間違いないのですが、主犯かはわからないですね。私からは以上です」

「ここからは私がお話ししましょう」


 イエルの後を、苦々しい顔のグレーナーが引き継ぐ。


「結論から申します。現時点では我々が両名を捕らえることはできません」


 全員が耳を疑い、いち早くリックウッド伯爵が声を上げた。


「どういうことだ。我が家は、ダスティンだってあのようなっ」

「アーサー」


 父がリックウッド伯爵の肩を掴んで、目で制した。


「申し訳ございません。カルド家、アザリー家の捜査は管轄が違い、こちらの地方保安警備隊では扱えないのです。すぐにカルド家のある中央北地方と、アザリー家の西地方に協力要請いたします」


 どちらの地方もここからは遠い。地方治安警備隊にも縄張り意識はあるだろうし、神殿騎士が向かったとしても難航しそうだ。


 頭を下げたグレーナーに、リックウッド伯爵は深いため息とともに零す。


「それまで呪いなどという得体のしれぬもの、どのように防げというのだ」

「それなら私によい案が」


 イエルがすかさず提案する。


「こちらのお庭に、ブロック邸のマトリカリアを株分けしてもらうとよいかと。胡乱なものも寄せ付けません。ブロック伯爵、いかがでしょう?」


 イエルの言葉に父は力強く頷き、リックウッド伯爵は頭を下げた。


「頼む、キース。この借りは必ず返す」

「アーサー、すぐに手配しよう。これは私たち共通の問題だ。そうだろう」


 目を見て熱く頷きあう二人に、イエルは遠慮なく割って入った。


「リックウッド伯爵、お庭に植える効果的な配置のご相談にも乗りますよ。守りは固い方がよろしいでしょう?」


 イエルはとても悪い笑顔で問う。『効果的な配置』とは神殿の秘術かもしれない。含みのある表情にリックウッド伯爵は呆れたように答えた。


「……相談料という形で寄進を上乗せすればよいか?」

「ありがとうございます! 神殿だけでなく、領地の教会の方にもお願いいたします」


 この上なくいい笑顔でイエルが催促した。どうみても聖職者よりやり手の商人だ。きっとこの場の全員が同じことを思っていた。


「では、神殿の三割ほどの額を教会に寄進しよう」

「今回は、通常神殿にされるのと同額を、教会へお願いいたします」


 貴族の常識的な振る舞いをみせるリックウッド伯爵へ、イエルはさらに図太く要求した。さすがに伯爵も眉を顰めるが、イエルは怯まなかった。


「こちらの領のために必要です。前回伺った際、私は街の神殿といくつかの教会を視察しました。神殿の祭壇は寂れ、教会の孤児院もかつかつの状態で、街の空気も荒んでおりましたよ」

「それは、呪いの影響だろう?」

「そうです。今、浄化しましたが、これはその場しのぎにすぎません。誰でも食に事欠けば判断力が落ち、簡単に悪しきへ流れます。貧民や余裕のない平民は、呪いの格好の餌食なのです」


 そう主張するイエルは紛れもなく聖職者だった。私は彼のことを誤解していたようだ。

お読みいただきありがとうございました。ブックマーク、評価、いいね、本当にありがとうございます。嬉しいです。励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ