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第13話

お久しぶりです

 少しも具合がよくならないまま、リックウッド邸に着いた。


 私は両側から父とエマに抱えられて馬車から降りた。ハンカチで口を覆い、よろよろと歩く。


「ご令嬢、大丈夫ですか?」


 イエルが労わりの声をかけてきた。神妙な表情と思いきやからかうような目つきをしている。面白がられているのか、観察されているのか。多分両方だろう。今の私には怒る気力もなく、小さく頷いた。


「ご子息のお部屋を見せてもらえませんか?」


 イエルは出迎えた執事への説明も省き、案内を乞う。リックウッド伯爵が頷いたので、私たちは執事の後ろをついて言った。


 正直、私は馬車から降りたらもっと楽になると思っていた。しかし頭痛は鈍痛から締め付けられるような痛みに変わり、吐き気は収まらず息苦しさも増すばかりだ。


「こちらです」


 通されたダスティンの部屋を眺める余裕もなく、私は立っているのがやっとだった。こらえきれずよろめいて父に支えられた。


「椅子を」


 リックウッド伯爵の言葉ですぐ椅子が用意され、エマに介助されて座る。私は目を伏せてひたすら気持ち悪さに耐えていた。


「ご令嬢も限界のようですね。手早く終わらせましょう」


 イエルはそう言って、リックウッド邸の使用人に何事かを指示していた。私はとにかく辛くて目を閉じていると、幾人かが動き回る気配がしていた。


「ご令嬢」


 イエルの声に目を開けると、こちらを優しく見つめていた。


「こちらを見てください」


 いつの間にか目の前に小さな台が置かれ、その上に封の空いた手紙が一通置かれている。イエルに促されて手に取ると、ダスティン宛のものだった。


「差出人をご存知ですか?」

「……いいえ」


 書かれた署名に見覚えはなかった。ダスティンの友人だろう。結婚後は疎遠になった人かもしれない。イエルは手紙を右の箱に収めた。


「こちらはどうですか?」

「……エンリケ・サイス様。存じ上げております」

「婚約者のご令息から、この方のお話を聞いたことは?」

「いいえ、私は。……姉なら、あるいは」


 私が手紙を戻すと、イエルは一人で頷いてまた右の箱にしまう。それからも次々と手紙を見せられ、私は頭痛と吐き気に悩まされながら答えていった。差出人は全く知らない人や、名前だけはわかる人、前回交流のあった人など、様々だった。


「こちらを」


 イエルが次の手紙を差し出した時、強い吐き気に襲われた私は思わず顔をそむけた。


「お嬢様っ」


 駆け寄ったエマの胸に顔を埋め、とにかくこみ上げるものを飲み下す。どうにか落ち着かせ、エマに目で大丈夫だと伝えた。気合でイエルに向き直り、手紙を手に取った。


「……失礼しました。ジャン・カルド様、カルド伯爵家の、ご三男」

「ご存知です?」

「昔、我が家の新年の祝いで、お目にかかったと、聞きました。私は幼くて、覚えておりませんが」


 そう、今回はまだきちんと交流はない。前回は婚約中と新婚の頃、夜会で挨拶もそこそこにダスティンを連れていき、『男同士の話』をしていた仲間だ。婚約中は私の若さを褒めつつも軽んじ、結婚後はじっとりとした視線の挨拶に変わった。前回の私が薬草農園を広げてからは付き合い方を改めて……。再び吐き気がこみ上げてきた。私はハンカチを口に当て、必死で押し留める。


「神官様、これ以上はおやめください。お嬢様はもう耐えられません」


 エマが声を上げた。イエルは手紙を左の箱に入れながら、困り顔で答える。


「これで最後ですから、頑張ってください。こちらです」


 すっと手紙を差し出された時、酷い悪臭が漂った。あまりの生臭さに吐き気が甦る。


「うっ」


 私はうめき声とともに椅子から転がって逃げた。


「お嬢様っ」

「ミリカ!」


 呼ばれるのも構わず、ほとんど這うように部屋の隅に移動する。蹲って壁によりかかると、どこからか涼しい風を感じた。なぜか窓ではなく、クローゼット風の扉から流れてくる。私はそちらへ顔を向けてゆっくりと息を吸うと、少し吐き気がおさまった。エマがすぐに隣で私の背中をさすり始めた。


「申し訳、ありません」


 私は蹲ったままでなんとか謝罪した。イエルは手紙の署名を見て、穏やかに問う。


「ニクラス・アザリーという方をご存知ですか?」

「はい。ダスティン様の、ご友人、アザリー伯爵家のご次男……」


 言いながら、イエルを見てぎょっとした。なんと満面の笑顔で、いそいそと手紙を左の箱に入れて蓋をした。


「そうですか! 素晴らしい!」


 叫んだイエルは喜色も露わに私の方へやって来た。


「ああ、おかげさまでよくわかりました。ご令嬢のご協力に心からの感謝を。では些少ですが、私からのお詫びをお受け取りください」


 言うなり、イエルがクローゼットの扉を一気に開けた。涼しくて心地よい風がこちらに溢れてくる。私は奥からの爽やかな香気に誘われて中に入った。すぐに一つの木箱から良い香りが溢れてくるのがわかった。ふらつきながら木箱に手を伸ばす。その手を後ろから重ねられ、驚いて振り返った。


「頑張りましたね」


 そう私に微笑んだイエルは、叫ぶダスティンに見せた表情と同じで。一瞬見惚れた隙に、私の手ごと開けられた木箱から涼風が広がった。

お読みいただきありがとうございました

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