第12話
お久しぶりです
馬車が順調にリックウッド領へと向かっている中、私は向かい側に座る父に顔を上げられずにいた。隣に座るエマも同じように俯いている。
「申し訳ありません」
私は小さな声で謝った。沈黙が続く。
「……昨日も聞いたが、どのような協力を求められたのだね?」
「お伝えした通り、呪いの特定を手伝ってほしいと。まさかリックウッド邸まで出向くとは思いませんでした」
父のため息が聞こえた。私はますます顔を上げられなくなる。
「婚約者が倒れ、罪人の疑いをかけられて気が動転したのだろうが、対応を誤ったね」
父の声はごく穏やかなものだが、発せられる威圧がただただ恐ろしい。
「私達にも落ち度はあるのだよ。ミリカへの教育は一般的な令嬢のものだけだった。ダスティンと領を治めていくのならそれでは足りない。その準備をする間もなく、このようなことになるとは」
そうだ。私が十年前から戻ってまだ数日しか経っていない。前回とは違い、いろんなことが起こりすぎている。
威圧が消えたのを感じて顔を上げると、父がまた話し始めた。
「おかしいとは思わなかったか? ダスティンが倒れて、ミリカが毒を持った疑いがかけられた。普通なら地方警備隊と医師の派遣ですむ。なぜ神官騎士まで来るのだね?」
「それは、私がおかしなものを見たからです」
「ダスティンが倒れた時点で、それを知っているのはミリカだけだろう?」
私はハッとした。なぜ気づかなかったのだろう。神官騎士は、神に背くものの事件に派遣される。関わりがわかる前から来るわけがない。
「ミリカが下りてくる前に、神官騎士殿に聞いてみたのだよ。王都からとても早くお着きだったがご無理なさったのでは、と」
「何と答えたのですか?」
「たまたまエクマン領の孤児院に、神官見習いの面接に来ていた。帰りにグレーナーのところで事件を知り、念のために控えていたが祈りが間に合ってよかったと言われたよ。なんとも出来過ぎた話だ」
再び沈黙が続く。帰りにグレーナーのところに寄ったのは偶然か、それとも。
エマが横目で私を窺う。そちらにそっと微笑んでから私は父に訊いてみる。
「何が狙いなのでしょう?」
「ふむ。『何が』もだが『誰が』も気になるな。いや、『どこが』と言うべきか」
戸惑う私に父は軽く笑った。
「我が家はアイリスの留学で注目されており、面白く思わない者も多い。両家に何かがあれば幸いと思うだろうね。実際、ダスティンは被害に遭った。きっと仕掛けたのはどこかの貴族だろう。さらに懸念ができた」
私が話についていけないのを見て、父は表情を引き締めた。
「ミリカのことだよ。今回のことで利用価値ありと見なされたなら、神殿に囲われる」
「まさか」
父は真剣な顔のまま無言だった。
ひょっとして女神さまの言ったイエルを『上手く使って』とはそういうことも含むのか。
「我が家を継ぐのなら、立ち回りを考えなくてはいけない。よく覚えておきなさい」
「はい。お父様」
私はまだまだ甘かったようだ。気を付けるべきところが増えてしまった。
無言で馬車に揺られながら、私は考えをまとめていた。
今わからないのは、ダスティンはいつどこで誰に呪われたのか。ダスティンの呪いは何を狙ったものなのか。これらはリックウッド邸に行けば糸口はあるだろう。
そしてイエルはなぜ我が家に来たのか。これは慎重に調べなくては。どう調べてよいかもわからないけど。
前回は何も知らずに殺されただけだった。今回はまず大切な人たちを守る。そのためにも私は神殿に閉じ込められるわけにはいかないのだ。
……そう一人で決意していたのも束の間。
「ミリカ様、少し外の風にあたりましょう」
「腕に捕まりなさい。ゆっくりと動くよ」
私は父とエマに両脇を支えられ、私はふらふらと馬車から降りる。リックウッド領の街道の端でへたり込んだ。
情けないことに、馬車に酔った。
リックウッド領に入った頃、少し息苦しくて窓を開けてもらった。そのまま進むうちにどんどん頭が重く、気持ちが悪くなってきた。とうとう耐えきれず、私はエマの膝枕で横になっていたのだ。普段、馬車酔いなんてしないのに。
私はこみあげる吐き気をハンカチで口元を押えてやり過ごしていた。
「大丈夫ですか?」
気遣うグレーナーにも頷くしかできない。後ろからイエルも来たようだ。
「ご令嬢とはかくもか弱いものなのですね」
心底驚いたように言うイエルに、エマの視線が冷たくなる。私はエマの腕を軽く触って宥めた。
「申し訳、ありません。少し休めば、よくなります、ので」
正直言い返す余裕もなく、気合でどうにか返事をした。
グレーナーに睨まれるイエルの向こうで、父と我が家の馭者がじっと様子を見ている。皆に心配をかけてしまった。
「エマ。馭者に、私は大丈夫と。戻ったら、いつもと同じに、走らせてと伝えて」
私が言うと、エマは渋々馬車へと向かった。
私の不調で足止めしてしまったのは事実だ。この短期間にいろんなことがありすぎて、思ったより疲れているのだろう。
「お待たせして、申し訳ございません」
私は意地で微笑んでみせた。何をさせられるのか知らないが、面倒なことは早く終わらせるに限る。
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