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第11話

お久しぶりです

「乗馬服を用意してくれる?」


 自室に戻った私は、即座にエマにそう命じた。


「リックウッド領に行かれるのに、ですか?」


 エマは意外な顔で答えた。


「そうよ。エマも見たでしょう? あの神官騎士は何をしでかすかわからないわ。万が一のために動きやすい恰好をしておきたいの」

「仰るとおりですね。すぐご用意します」


 真剣な顔の私に、エマは何度頷くと素早く服を用意した。着替えと髪を簡単にまとめてもらう間、私はイエルの扱い方を考えていた。


 夢の中で女神さまはイエルを『上手く使って』と言った。つまり、彼の使い方にはコツが要るのだ。


 優しげな顔立ちに鍛えられた体躯はまさに神官騎士のイエルだが、口を開けばこちらを凍らせる発言ばかり。あれはきっとわざとだ。何かを試されているのだろう。全く油断がならない。


 支度を済ませた私が玄関ホールへと降り立つと、既に来ていた父とリックウッド伯爵が途端に残念な子を見る表情になった。なぜ?


「おお、凛々しいお姿ですね! やる気に満ちておられる。素晴らしいです」


 ……イエルの褒め方は気にしないでおこう。


「ミリカ」


 振り返ると、ロージー姉さまがこちらへと小走りで近づく。


「ロージー姉さま」

「これを」


 と、渡されたのは短剣だった。驚く私に姉さまは真剣な顔で言い聞かせた。


「地方警備隊とお父様が同行するから安全だとは思っている。でも、万が一の備えのために」


 私を心配して護身用の短剣を渡してくれたのだ、と胸を熱くしたのは一瞬で。


「自害用の短剣を渡しておくわ」

「……は?」


 にっこり笑ってロージー姉さまは続けた。


「私と違って、心得のないあなたに応戦など無理。最後は自分で矜持を守りなさい」


 あっけにとられる私に、ロージー姉さまは向こう側のイエルへ好戦的な笑みを浮かべる。


「呪いを受けた縁者のもとへ行くのなら、あらゆる想定は必要でしょう?」


 イエルは飄々とした笑みを絶やさず答える。


「おやおや。ご令嬢、どうかご安心ください。私たちは特殊な訓練を受けた選ばれし者ですので」

「こんなにか弱い妹に頼ろうとしておられるのに? フフフ、面白い冗談ですね」

「これは手厳しい。ですが、実践は不測の事態の連続ですよ。少し心得のある程度ではわからないでしょうがね。ハハハ」


 二人とも笑顔で火花を散らしている。


 神に仕える兵と王に仕える騎士は古くから確執がある。とはいえ、私を理由に争うのはやめてほしい。


「ロージー、おやめなさい」


 アイリス姉さまがこちらに来るなり、ロージー姉さまを制した。ロージー姉さまは渋々口をつぐんで引き下がる。アイリス姉さまは直ぐに頭を下げた。


「神官騎士様、謝罪いたします。どうぞ妹の無礼をお許しください」


 アイリス姉さまのしおらしさに、イエルは機嫌を直したようだ。


「麗しい姉妹愛に免じて、受け入れましょう」

「ありがとうございます。さすが、神の兵はお心が広いのですね」

「ハハハ、感謝の念は寄進で表していただけると幸いです」


 イエルはここぞと抜かりなく請求する。


 地方警備隊は国の属する組織だが、神官騎士は神殿や教会からの協力派遣で、治療や解呪の術を受けた場合は神殿や教会に寄進をする慣習だ。貴族は高額を出して存在を示し、貧しい平民は代わりに神殿や教会で奉仕活動をする。


「ええ、必ず寄進はいたしますわ。貴族の義務ですもの。では、この妹にも何某かの果報が与えられますの?」


 おっとりとほほ笑みながら告げるアイリス姉さまに、イエルは不思議そうな顔した。


「果報?」

「我が妹は婚約者の為に捜査に協力いたしますのよ。ご覧くださいまし。このように大切に育てられた、いたいけな娘ですわ」


 アイリス姉さまは背後から私の両肩に手をかけ、更に嘆く。


「それを、荒事が待ち受けていそうな場所へ連れ出すのでしょう? 訓練も受けていない貴族の娘なのに。神の兵に寄進が約束されるなら、我が妹にはどのような果報をいただけますの?」


 真顔のアイリス姉さまにじっと見つめられ、気まずそうなイエル。私はやっと二人の姉が怒っていることに気づいた。自害用の短剣も、果報の催促もイエルに対する嫌味だ。


「アイリス」


 父に視線で窘められ、アイリス姉さまは頭を下げた。


「申し訳ない。末の娘を思うあまりのこと、どうか見逃していただけないか」

「……わかりました。ご家族の仲がよろしくて何よりですねえ」


 父も頭を下げながら謝罪し、イエルも愛想笑いで頷いた。


「あなた方が末娘に何を期待されているのか知らないが、この子の身の安全を第一にお願いする」

「それはもう。ご安心ください」


 イエルは笑って請け負うが、どこか胡散臭いのはなぜだろう。父は頷くと、リックウッド伯爵に向き直る。


「アーサー、私たちを信用できないとは思う。だが、協力してほしい。ダスティンは私の家族でもあるのだよ」


 伯爵と父はしばらく黙ってお互いを見ていた。リックウッド伯爵は小さく頷くと、そのまま一人で歩き去った。 


「では、私とグレーナーはリックウッド伯爵と同じ馬車で行きます。伯爵家の馬車! 乗り心地が楽しみですねえ」


 イエルは無駄に明るい声で呆れたことを言った。その様子に父がにっこりと笑う。これは、父のよろしくない方の笑顔だ。


「神官騎士殿、実に頼もしい限りだ。どれ、あちらでのご活躍をじっくり見せていただこうか。ご自分の価値をどれだけ示されるか楽しみだ」


 父の笑顔での圧にイエルが固くなる。どうやら姉たちに加え、父も怒っているらしい。


 振り回された私としては少し胸のすく思いで、口角が上がってしまう。


「ミリカともしばらく話せていなかったね。馬車ではゆっくり話し合おうか」


 父の笑顔の対象に私も含まれていたようだ。行きの馬車でのお説教がどうぞ長くなりませんようにと、祈りを込めて私は微笑んだ。

お読みいただきありがとうございます。ブックマーク、心より感謝しております。


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