光の氾濫
「やはり闇は光を求めるものだろう。フェルナンデス」
「あのとき……ボロボロの体で立ち上がったあのとき、私はそれでも光を見続けていたのだと思う。だからこんな所まで来た」
仮面を被る男は静かに語る。男の後ろには不気味な機械が存在していた。
そして、仮面の男の前に騎士の格好をしている男が立っていた。
「止めろ、ルーカス! それほどのエネルギー、世界が滅んでもおかしくないぞ!!」
フェルナンデスは緊迫した表情で説得する。
「……私は光を見ていたんだ。汚い奴に体を許していたときも、この状況を変える兆しを必死に捉えようとしていたときも、片目で光を見続けていた。だから、焦らず、絶望せず、チャンスを待ち続けられた」
「……そうして、私の手元に何かがこぼれ落ちた時。何も迷わず、手に取る……手に取り続けることが出来たのだ。その果てに私はここにいる。
他人から見れば奇跡の成り上がり、だが、私から見ればそれは……動揺しない棒渡りだった。そう、光だよ。私は常に光を見ていたんだ」
落ち着いて、確固たる自信があるように。しかし、誰にも理解できないことを仮面の男は語る。
「私には何を言っているのか分からない。ここまで頑張って登りつめただろう!」
フェルナンデスは理解できない何者かに対して、心で抱える友情を元に説得を繰り返す。
「ここまできたとか、もったいないとかではない……ないんだ。ただ渡る、そういうことなんだ。大した距離じゃない」
仮面の男は仮面を外す。
「わざわざ、リスクを取る必要はもうないだろう」
フェルナンデスの声は小さくなっていく。
「ここまで来ることへのリスクは確率で計算するものだったか、私は……僕は全体のリスクを計算して行動するものじゃなかった。一つ一つの道を幅広くしていくものだった。全体のリスクを計算したら到達できないものでも……見続けていたからここに居るんだよ」
仮面の男……ルーカスは重々しい言葉から友達と話すような口調になっていく。しかし、フェルナンデスの表情は暗くなっていく。
「光とはなんなのだ?」
フェルナンデスは聞く。
「綺麗な何か。とても綺麗だよ。眩しくて目が開けていられないぐらいだ。だから、それを道に困っている人に送りたいんだ。道に困っている人。苦しんでいる、悲しんでいる人に」
フェルナンデスは友人が理解できない存在になってしまったことを悟った。
「残念だ。ルーカス……例え君がどのような信念を持っていようとも。私は騎士として君を止めないといけない」
「僕も残念だ。フェルナンデス」
ルーカスは仮面を被り直す。
「……しかし……こうなることは分かっていたように思える。君はやはり普通の人であり、秩序の人であり、皆の味方なのだからな」
「君も皆に入れたかった……」
「残念だが、私は皆ではなく、私なのだ」
剣が交差する。
その日、光が氾濫した。光は道に迷えるものに道を指し示し。夜空へ誘った。
「辛い、辛い……だが、決して届かないけど届きたいと思うなにかがある。だから仕事頑張らないと」
仕事中のサラリーマンはぼやけていた目の焦点を合わせPCに向かっていった。
「辛い、辛い。どうして僕がこんな目に合うんだろう……分からない、でも進んでも良いんだと思った」
そうして彼は包丁を手に取った
「辛い、辛いよお。ま~くんに振られた~。重いって。重くないよね、重くないよね、ねっ、ねっ……悲しくて止まらないけど、彼氏が居ないと私ダメだからまた彼氏を作ろう」
泣いていたギャルはスマホをいじり始めた。
「辛い、辛い。なぜ、あいつだけが報われるんだ! 俺だって頑張っているのに……クソ、頑張ってやる!」
部署で成績二位のエリートは向上心を回復させた。
「辛い、辛い。我が子を殺したアイツを絶対に許さぬぞお!!……そうだ、私は絶対に許さない!!!!」
我が子をハイエナに殺されたトラは復讐の思いを強くした。
「辛い、辛い、自分よりも大切な人が死んだ。どうすれば良いんだ……そうだ、死ねば良いのか」
すでに光を失っていたある男は、自らの光が失っていたことを自覚した。
世界は変わった。
「ルーカス! 君は何をした!!」
フェルナンデスは叫ぶ。
「君が考えているとおりだ。確かに私は君に負けた。しかし、目的は叶えさせてもらう。実はこれはフェイクだ。装置は奥にある」
ルーカスは指で奥を指した。
「なら、お前はっ」
「ああ、君との戦いは時間稼ぎでもあった。
私が目的のために動くとき、誰にも気付かれないことを念頭に置いたが、君になら気付かれるかも知れない、そう思ったからな」
「これから……どうなる」
全てが手遅れなことに気付いたフェルナンデスは絞り出すような声で聞いた。
「人が…いや、全ての存在に光が配られる。光は迷い人には道標になり、もとから光を持っているものはそれを実践する行動力を得る。
光は精神的なものだ。我々、裏の人間が利用する魔力、霊力、そのどれとも性質が異なる。それは精神としてしか影響を与えないがそれは『力』よりも決定的に世界を変えるだろう」
「それで人は救われるのか……?」
「救われるだろう。しかし、迷い人たちが行動を起こさないことで存在していた秩序が崩れることで傷つく者も多いだろう。
だが、私はそういった者たちも差別しない。そのもの達も光を得ている。傷つくことがあっても、迷わず、自らの光のために行動することができる」
「そんな迷いがない世界なんて正しくないだろう!!」
「迷いが正しいというのは遅れた迷信だ。大事なものが2つ合ってもどちらかは優先される。同時に、大事なものがあるのならば両方守ろうとするのは当たり前であり、そのために行動する事ができる」
「それでも、それでも!…そういった存在に無理やり変えてしまうことは間違っているっ」
フェルナンデスはそう吐き捨てた。
「なら……なんで僕は何もしないで生きていられなかったんだ。何かをしなければ生きていられなかったんだ」
ルーカスはそう呟いた。フェルナンデスにとってルーカスの目に嘆きや疑問は見えない。しかし、どこか、彼が初めて見せた弱音だったような気がした。
フェルナンデスはここでの戦いは終わってしまったことにして、責めることを止めた。
これからの後始末は自分が人生をかけて行うことであり、もうすぐ人生を終えようとする元友人に少しの時間を使うことに決めた。
「分からない。分からないが、案外面倒くさがり屋だったんだな。お前」
フェルナンデスは普通の友人が軽口を言うような口調と顔でルーカスに語った。それにルーカスは驚いた顔をして、苦笑をした。
「ああ、案外僕は面倒くさがり屋だったようだ……でも、僕は後悔はしない。
だが、最後、混乱しないですむなら。人がより苦しまないで住むならそれに越したことはないと思えた。そう思えたのは君のおかげだよ。
……実は僕は人間が嫌いだったようだ」
「全く、最後の最後にぶっちゃけるなよ。
でも、実はそうかなと思っていたんだ。お前は優しかったけど、表情の裏でなぜか怒りと憎しみを感じていたんだ……こんなことを考えていたとは気付かなかったけどな」
「はは、悪い。でも、ありがとう。僕は光しか見えていなかった。だけど、僕を見ていた友人が居たのか…………良かった」
フェルナンデスは動かなくなった元友人を見ていたが、立ち上がり、出口に向かっていった。彼は最後に一度だけ振り返ったが、やるべきことをやるためにすぐさま前を向きこの場から去っていった。
後に光の氾濫と呼ばれる現象から一週間は世界が激動の中にあった。
その日の内に自殺と殺人事件と獣害事件が数万件以上起きた。しかし、暴動が起きてもおかしくない事件の数だが人々は冷静に自らがやれることを行い、この規模の変化に比べれば異常とも言うべきほど二次災害が少なかった。
それからは皆がそれぞれ行動的になり、経済は活発化し、どの国でも爆発的な経済発展が起こった。数年過ぎても、騒ぎは留まる所を知らない。
しかし、皆が大事なものを知る世界は不思議とトラブルが少なかった。自らの光を知り、同時にそれらがこの現代社会で得られない者は少なく、殆どのものはこの社会が維持されることを望んだためだ。
こうして、迷うものが居ない社会が始まった。
この事態を招いた元凶を見送ったある一人の男は、社会に対してこの現状は強制的に押し付けられたものであると語り、その危険性について警鐘を鳴らした。
皆はその言葉を知り、警告を受け入れた。しかし、それは他者に強制的に押し付けられる危険性であって、今の光ある生活を誰も手放そうとしなかったという。光を知ったものはその光を手放すことを恐れる。
しかし、大事なものが失われることを恐れるのは当たり前であり、そうならないために頑張るべきだというのが皆の共通認識になっていった。
その男は思った。自分の活動がどれほど皆の役に立ったかは分からない。しかし、少しでも暴発を、人々の不必要な争いを防止できたらならば良かったと。そう思いながら長き眠りについた。
その警告を必ずしも人々が受け入れた訳では無いが、そのものによって救われた人々が数多く居ることは誰もが知っている。偉大な人物の葬式には数多くの人々が集まった。
その遺影は苦笑しながらも、穏やかな笑顔だったという。