なんで私が
「お前も、もう要らない」
冷たい血に塗られたような、赤い目。そして光にきらきらと輝く、金髪の髪。
「お……お嬢様!!おやめください!」
おびえた目で、メイドが震えながら声を出す。しかし、その冷徹な『お嬢様』は、優しく微笑みかけた。
まるで、聖女のように。
しかし、彼女は。
「お嬢様……ね。そう呼んでいいのは、一人だけなの」
そうあざ笑うように言うと、指を広げる。
すると、その手に、光がともるように、花が咲いた。
そして、その咲いた花を、細い指でぐしゃりと潰す。
その瞬間、メイドが声も上げずに絶命した。
「ルビーお嬢様!もうおやめください!!」
別のメイドも声を上げるが、刹那に花びらが舞い、絶命する。
彼女は、世界でただ一人、「命の魔法」を扱える魔女だった。
その魔女は、ある深い青色の瞳をしたメイドの手を握った。
「お前だけは、私のそばにいてくれたよね。お前は、この魔法の使い道を導いてくれた。
だから、お前は殺さないわ。私と一緒に来るのよ」
そうして、命を思いのままに操れるようになった彼女は、メイドの手を掴み、稲光を背に、高笑いで闇へと舞い上がった。
______________『捨てられた魔女』最終章より
うっすら差し込む光が瞼を刺す。
なぜ私がここにいるんだろう?
顔を上げると、古びた本の香りに包まれた。
「……ル。エル?」
「……?」
「魔法蔵書の棚の整理は済んだかしら?メイド長が、私たちに話があるから、なるべく早くホールに集まってほしいみたいよ。あんたも早くホールに向かったほうがいいわ」
魔法蔵書?メイド長?訳も分からずとにかく立ち上がると、自分の服装に息を呑んだ。
それは、黒いメイド服だった。本当になんでこんな格好しているんだろう?
たしか、よく眠れるようにって色々な睡眠薬を飲んだはずなのに。
もしかして、薬の過剰摂取で死んでしまったとか……?
もしかしてもしかして、これがうわさに聞く転生……?
どうせ転生するなら、お姫様とか王女様とか、メイドなんかじゃなくてもっと位が高い人が良かった‼
……それにしても、昔読んだ懐かしい本に出てきた図書館によく似ている。
白い本棚のメッキは金の塗装がされている。
あけ放たれた窓からは、美しい花園が見える。
その本の内容は、魔法を使える孤独なお嬢様が、権力を握りたい一心だった悪のメイドによって、闇の魔法使いになり果ててしまう話だった。
そして、闇の魔法使いになったお嬢様は、修得した「命の魔法」で自分を虐げてきた周りの者を皆殺しにして、自分の面倒を見てくれた唯一のメイドだけを生かす。最後は二人で逃亡するんだっけ。
なんで今さらあのお話を思い出すんだろう?そういえば、あのメイドの名前は確か―…
「エルシー!!まだそこにいるの?ホールに急いで来てってば!」
はるか下の階段から、顔をのぞかせてこちらを呼ぶ声がする。
……今、あのメイドさん、私のことエルシーって言った?
うーん……まさか、ね……?
自分のものではないはずの身体でとりあえず走りだす。
私がエルシーだったら、ちょっとびっくりだわ。
だって、あの悪のメイドも、エルシーという名前だったんだもの。
長い階段を駆け下り、分厚くて重たい扉を開けると、すでに数十名のメイドが招集されていたようで、何の話があるのか分からず、そわそわしていた。
周りを見渡すと、眼鏡をかけ、髪を一つに結った厳しい顔つきのメイドが取り巻くように、周りのメイドも集まっている。
大理石でできた磨き上げられた床に、白と金があしらわれた彫刻。
……本当に、似ている。あのお話に。
あの本は、自分の中でも特別な本だった。自分は幼いころに両親を亡くし、愛情を受けたことがほとんどない。どの親せきの家に預けられても、邪魔者扱いをされて生きてきた。
そして初めてあの本を読んだときに、侯爵家の中で呪われた赤色の瞳を持って生まれてきた、という理由から愛されずに育った『ルビーお嬢様』に感情移入していたのだ。
それでも、ルビーお嬢様にはひとりだけ、強い味方がいた。エルシーと呼ばれる、ルビーお嬢様を闇の魔法使いに仕立て上げた悪のメイドである。
エルシーは、権力のためにルビーに近づき、あえて優しく接する。弱った心に漬け込み、己の魔法の力を目覚めさせたのだ。
そうだ。私は、あの本が好きだったんだ。孤独な自分にも、世界を変える力があるのかもしれない、と希望を持たせてくれる本だったから。
それにしても、あの小説と同じ名前のメイドに転生するなんて。
「みなさん、集まりましたか。それでは、静粛に。」
眼鏡のメイドが話を始めると、騒がしかったホールが一瞬で静まり返る。
……やっぱりこの人がメイド長なんだわ。
「本日皆さんを招集したのは、めでたいことに我が侯爵家に、二人目のお嬢様が誕生したからです。」
その言葉を聞くと、メイドたちから歓声が上がる。みんながお嬢様の誕生を心から喜んでいるように見える。
「この侯爵家では、代々美しき青色の宝石眼を持った子が生まれてくることが伝統です。よって、代々この家では青色の宝石にちなんだ名前が名づけられてきました。」
ここで、メイド長が一息ついた。
すると、自分の近くにいたメイドがひそひそと話しかけてきた。
「そうよ、侯爵様はタンザナイトというお名前だし、先にお生まれになった上のお嬢様はラピスラズリというお名前を持っていらっしゃるわ。お生まれになったお嬢様は、どんなお名前を賜るのでしょうね」
メイド長がゆっくり息を吸い込んで、名前を告げた。
「お生まれになった第二のお嬢様は、奥様によって『ルビー』と名付けられました。」
その瞬間、メイドたちの間にさざめきが広がった。
なぜ、青色の宝石ではなく、赤色の宝石なのだろう?
そのざわめきをよそに、私は目が点になった。
……こんな偶然ある?転生して、エルシーというメイドになって、生まれてきた女の子がルビー?
やめてよ。まさか、あの本の中に転生しちゃってるってこと?
あの悪役のメイドに?!
「みなさん、静粛に。お嬢様は、青色の瞳をお持ちではありませんでした。その代わり、深紅の美しい瞳をお持ちだそうです。」
深紅の瞳。再びメイドたちがざわつく。
だれもが頭をよぎったのは、『呪われた子』。
代々青色の瞳が受け継がれてきた家で、赤色の瞳を持つ者が生まれるのは、喜ばしいことではない。
メイド長は深いため息をついた。
「静粛に。先刻から話が進みませんね。本題に入ります。奥様は、ラピスラズリお嬢様に専属メイドのルースがついているように、ルビーお嬢様にも専属メイドがつくことを願っています。どなたか引き受けてくれる人はいますか?」
今度は、水を打ったように静かになった。いったい誰が呪われた子のメイドになりたいというのか。
誰もがメイド長と目を合わせないようにうつむく。
待ってよ神様。転生するのはいいんだけど、よりによってこんな悪役メイドに転生させるなんてひどいんじゃない?
……でも待って。私なら。私がエルシーなら。わざわざ悪女になる必要なくない?
私はべつに権力なんて望んでないし!もし、ルビーお嬢様を闇の魔法使いにしなければ?
私はいたって普通のメイドよ!それなら、あの子の運命を変えることができる。
今まで大理石とにらめっこしていたが、ゆっくりと顔を上げる。
「メイド長。私に、やらせてください」
その瞬間、周りのメイドたちや、メイド長でさえ恐れおののいた顔をした。
……あれ?私もしかして結構大変なこと引き受けちゃった……?
「……そう。ではエルシーにお願いしましょう。他に引き受けたいメイドはいますか?」
パラパラと小さく拍手が起きる。
それを引き金に、みなが尊敬に値する、とでもいうように拍手を始めた。
もう、ほんとに勘弁してよ……。