魔王になる方法
僕は何か暗い所で目を覚ました。あれ、確か僕は…思い出そうとすると酷く頭が痛んで頭を抱えて蹲ってしまった。
【あ、やっと起きた?】
「えっ…?」
可愛らしい声が聞こえたかと思うと、目の前にピンク色をした…小人?妖精?がふわふわと浮かんでいた。
その子は僕と目が合うとニッコリ笑っておはよう、と声をかけてくれた。
「君は…?」
【もう忘れちゃったの!?私はアリアナ、あなたのパートナーよ!】
そう胸を張って答えてくれたが全く記憶にない。というかなんで僕はこんな所にいるんだ…?
暗さに目が慣れてきたから周りを見渡す。ここは…牢屋?鉄格子の内側、つまり僕は囚われている…?
【もう最悪よね!私達は勇者様御一行なのにアイツら全然信じてくれないんだもの!】
そうプンプンと怒りながら鉄格子をガンガンと蹴りつけるアリアナを止め、とりあえず事情を聞く事にする。
「あの…僕は…いったい…?」
【…さっき捕まった時に頭思いっきりぶつけちゃってたけど、それで記憶なくなっちゃった?】
そうして頭を撫でてくれるとその辺りがズキズキと痛む。自分でも触って確認するとヌルりとした感覚が手に伝わる。それを見てみると血がべっとりと付着していた。道理で痛いわけだ…
「なんでこんな事に…」
【とりあえずここから出ないと…ちょっと待ってて!】
そう言うと彼女は狭い鉄格子の隙間から無理矢理脱出すると何処かへと飛んで行った。
それを見送ると僕は自分の格好を確認する。動きやすそうな布の服に簡素な鎧…みたいな物を纏ってこれまた動きやすいズボンとブーツという格好だった。
あれ、僕こんな格好してたかな…そう、もっとこう…
【鍵あったわ!今開けるわね!】
そう考えているとアリアナが戻ってきて鉄格子の鍵を開けてくれた。
なんで僕がここにいるかは分からないけれど、勇者を捕らえたという事は勇者の敵対者、つまりは魔王側の人間という事…?
【ほら、早く逃げるわよ!】
「う、うん…!」
そうして僕とアリアナは逃げ出した。なるべく人に見つからないように隠れながら移動する。道中でアリアナが僕のものだという荷物を見つけてくれてそれも持っていく。その中には少し…いやかなり物騒なものが入っていたが今はとりあえず逃げるのが優先だ。
「やっと出れた…」
【もう、隠れたりしないで正面突破すればよかったじゃない!】
「戦うなんて無理だよ…」
それでも勇者なの!?と怒り出した彼女を尻目に僕は歩き出す。大体僕は勇者なんかじゃないのに何を言っているんだろうか?
……ん?僕は今なんで勇者なんかじゃないなんて思ったんだ?そもそも本当に僕は一体何者なんだっけ…?
そんな疑問がぐるぐる僕の中に渦巻くのが分かった。
「……そういえば、僕の名前って?」
【そこからなの!?】
その後安全そうな所まで逃げるとアリアナは殆どの事を忘れてしまったであろう僕のために説明をしてくれた。
僕の名前はソウタという事、ある日突然現れた魔王を倒すために選ばれた勇者である事、今は魔王の居城を目指して旅をしている事、その途中で魔王の手下に捕まってあの牢屋の中にいた事。
そこまで説明してもらってもどこか他人事の様な自分をアリアナはとても心配してくれた。まぁそういう事なら魔王討伐の為に旅をしなければいけないのか、と考えとりあえずアリアナについて行く事にした。
【さぁ、魔王を倒しに行きましょう!】
そのアリアナの言葉を聞いてなんだかゲームみたいな話だなぁと考えはたと気付く。ゲームってなんだろう…?
起きてからいまいち自分がよく分からない、なんだか自分が自分でなくなったみたいだ。
「とりあえず頭の傷なんとかしないと…」
【それくらいなら魔法でちょちょいのちょいよ!】
そう言って彼女が腕を振るうとみるみるうちに頭の痛みがなくなっていく感覚がした。とてもスッキリしたけれど、それなら何故と疑問に思う。
「なんで牢屋にいた時に回復してくれなかったの?」
【……あの時は逃げるのが優先だったんだから別にいいでしょ?】
そう言いながらそっぽを向く。……忘れてたのかな、それなら悪いことしちゃったかな、そう僕が考えていると頭の中で声がした。
『そんなんだから貴方は察しが悪いのよ!』
『貴方なんて産まなければよかった!』
そんな事言わないでよ××××、僕いい子にするから。
……なんでそんなこと考えたんだろう、傷は治ったはずなのにまた頭が痛む。
僕は一体何を忘れているんだろうか。
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それから僕はアリアナと2人で旅を続けていた。もう何度もモンスターや魔王の手下に襲われたけれど何故か身体は的確に動いてくれる。まるで僕の身体じゃないみたいでちょっと怖い。
主にモンスターが主食でたまに街でパンみたいなものやご飯っぽいものにありつけるけど基本的には肉と草だ。
だいたい街に着いたら宿に泊まれたり買い物が出来るものだろうけど何故か僕が行くと追い返されるか法外な値段で売りつけられるかだ。ずっと外にいてお風呂にも入れないから身なりが汚いのかなと思って近くで水浴びしてから行っても同じだから意味が分からない。
「勇者って嫌われてるの?」
【きっと魔王を倒せたら皆感謝してくれるわよ!その時にいっぱいいい思いしましょ!】
そう疑問を投げかけてもアリアナはそう明るく答えるばかりであまり答えになっていないような気もする。
ひとつの街ならここは魔王の傘下の街なのかなで済むけれどどこに行ってもこれならさすがに嫌われているんだろうなと分かる。なんなら子供とかに石投げられるし。
『やーい××××ー!』
『こっち来んなよ×××!』
そういう事があると頭が傷んで声が聞こえる。ここ最近は夢でも見るからあまり眠れていない。
「まぁ、それならはやく魔王を倒しに行こう、さすがにそろそろベッドで寝たいよ…」
【うんうん、さぁ頑張りましょう!】
魔王城はまだまだ先なんだから!と言われて思わず溜息をつく。そうか、まだまだこの旅は続くんだな…
そういえば、僕はアリアナ以外の誰かから1度でも勇者と呼ばれただろうか。
その後も周りの人間達から冷たい視線や無視、酷い時は暴言と共に石や物を投げられたりもする。僕が一体何をしたというのか。長い旅路の中どんどん僕の精神が摩耗していくのを感じる。
「アリアナ、魔王城はまだ?」
【もう少しかしらね。】
「そう、近付いてるならいいや……そういえばさ。」
そう言ってアリアナの瞳を見つめる。黒目しかないその瞳は何を考えているかいまいちよく分からない。
なぁに?と首を傾げて彼女もこちらを見つめてくる。彼女には僕がどう見えているのだろうか。
『気持ち悪い目でこっち見るなよ××××。』
『やだまたこっち見てる…』
いつもの声が今日はやたらハッキリ聞こえる。よほど疲れているのだろうか。
「アリアナはさ、なんで魔王城の場所知ってるの?」
そう、なるべく平静を保って聞いてみる。今思えばおかしいじゃないか、彼女は何故知っているのだろう。
もしかして彼女は魔王の手先で僕は騙されているのだろうか。僕は彼女の言う事を信じるままに勇者として頑張ってきたが本当に勇者なのだろうか。いや彼女が本当に手先なら態々こんな面倒臭い真似をするのだろうか。
疑心暗鬼がぐるぐると僕の中に渦巻く。お前は一体なんなんだと思いながらじっと見つめ合っていると彼女はいつもの明るい笑顔のままこう答えた。
【私達は勇者にのみ仕える妖精の一族でね。みーんな記憶で繋がってるの。歴代の勇者に仕えて魔王城まで共にした過去の妖精の記憶があるから分かるのよ。】
そう一見筋の通った答えだ。僕は1つ溜息をつくとそのまま歩き出す。
【さぁ頑張りましょう、もうすぐよ。】
『貴方ならもっと頑張れるよね、いい子だもの』
『はい、××××』
そうやって頑張り続けていたから、××は壊れてしまったんじゃないか。
頭痛は絶えず僕を蝕んでいた。
そういえば僕は、どこから来たんだっけ。
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それから何ヶ月経っただろうか。
魔王城が近付くと敵もどんどん強くなってなかなか前に進むのが辛くなってきた。かつて僕と同じように魔王を倒す為にここまで来たであろう人達の死体や骨がその辺りに散らばっている。僕はその死体達から装備を剥ぎ取ったりアイテムなんかを頂戴して生き長らえていた。死体が持っていても仕方ないだろう。
【段々闇の気配が濃くなってきたわね…ここからが正念場よ、頑張りましょう!】
この妖精は呑気な事に未だに明るく振る舞っている。その笑顔の裏では一体何を考えている事やら。
硬い地面の上で寝る事にも慣れた。この前無人になった村で雨風を凌いだ時に借りたベッドの柔らかさに驚いて逆に寝れなかった程だ、ベッドで寝たいとボヤいていた頃が懐かしい。
昔はまがりなりにもそれなりに清潔なベッドで寝て綺麗な服を着てそれなりの人生を過ごしていたというのに。それは一体いつの自分だというのか、最近聞こえてくる声は声だけではなく映像まで鮮明に映し出してきて厄介だ、自分が自分でなくなりそうになる。
「……はやく、魔王を倒さなきゃ。」
【見えたわ、あれが魔王城よ!】
アリアナが指差した先には如何にもといった雰囲気の城が聳え立っていた。
やっと着いた、後は魔王を×せばこの辛い日々も、最近はそんな物感じなくなっていたが。終わるんだと思うと自然と進む足が速くなる。
「……あれ。」
しばらく進んでいくと気付く。この城は、静かすぎるということに。
適当な部屋の扉を乱暴に開け放つ。そこはごく普通の部屋で誰かが居た痕跡が見当たらない。床をよく見れば埃が積もっている。
「アリアナ、これ…」
【さぁ魔王はすぐ近くよ、行きましょう!】
おかしいよ、と言おうとしたらグイグイと手を引っ張られて部屋から出された。そんな小さな身体のどこにそんなに力があるんだとばかりに強引に進ませられる。
【さぁこの奥に魔王がいるわ!】
そう言われ前を向くと目の前には豪奢な両開きの扉があった。
それを両手で押すと簡単に開いた。昔の僕なら開けられなかっただろうな…と思いながら腕を見つめる。自分の腕とは思えない太さをしている。そういえばちゃんと鏡を見た事なかったな、今度見るかと今から魔王と対峙するというのに呑気な事を考えながら前へと進む。
「ここが…」
そこはとても広い、言わば王の間とかいう所なんだろうか。とても天井が高くて見上げていると首が痛くなる。前を向き直ると遠くの方に玉座と思われるものとそこに座っているであろう人影が見えた。
「あれが…魔王?」
それを目にした瞬間僕は走り出していた。アイツさえ、アイツさえ倒せば終わるんだ!剣を抜きながら走り、叫び声を上げながら剣を振り下ろそうとした。
ここまで声を出して近付いているのに相手は動こうともしない。余裕ぶっていられるのも今のうちだ!
「……えっ?」
そうして相手の事がハッキリと視認出来る所まで来て、そこでようやく僕は気付いた、気付いてしまった。
その荘厳な玉座に座っていた魔王が、既に白骨死体となっている事に。
身に纏っていたであそう服はボロボロになり辛うじて骨に引っかかっている程度で、その胸元に深々と刺さっていたであろう剣が玉座に刺さっている。そして開かれた膝の間には赤く輝く宝石のような物が転がっていた。
ひょっとして魔王に殺された人かと思って見つめるが、頭の角のようなものは明らかに人間のものではない、つまりこれは魔王の…?
「これは…なに…?」
カランカランと僕の手から剣が滑り落ちて床に転がる。その隣にアリアナが近付いてくる。彼女の方を向くと、その顔はいつもの笑顔だった。
【これ?もちろん魔王様の遺体よ。先代のアンチキショウに手酷くやられちゃってね、蘇生が間に合わなかったの。】
そう言いながらアリアナはその玉座の宝石に手を伸ばす。するとその姿はするりと解けるように消えて。次の瞬間スラリとした手足に美しい金色の髪をした、頭に目の前の死体にも付いていたような角が生えている、まさしく悪魔といった様相の女性が立っていた。
「そしてこれは魔王様の魂が封印されているの。今まではいい器がなかったからダメだったけど、貴方が現れた。」
この女は一体何を言っているんだ?頭が理解するのを拒絶する。ガンガンと警鐘を鳴り響かせて僕に逃げろと警告してくる。
でも、動けない。いい器とはおそらく僕の事だろう、今まで僕はこの女に騙されていたのだ。
「君は…僕を騙してた。」
「そうね、そうなるわね。でも勇者と魔王なんて見方の違いだと思わない?私達からしたら自分たちと違う物をとことん排除しようとするアイツらの方が悪魔だわ。」
アリアナはすっかり伸びた金色の髪をかきあげながら溜息をつく。その表情は小さかった頃とは一変して気だるげだ。
「そして今から魔王様の新たな身体となって魔族の復活の礎となる貴方は、まさしく私達にとっての勇者なのよ。」
とんでもない詭弁だと思った。だけどそれ以上に今の僕には魅力的な提案に聞こえた。
だって、ここまでずっと頑張ってきたのに、たとえ騙されていてここまで来たとしても僕がやってきた行動はまさしく勇者のそれの筈なのに。誰も僕を見てくれなかった、誰も僕に感謝してくれなかった。
「…その器って、僕にしか出来ない?」
「そうね、貴方は今までの候補の中では1番優秀だったもの。」
ほら、この辺の死体あったでしょ。あれ全部ここで死んじゃった候補だった奴らよと言われ、なるほどなと納得する。
「こんな事、おかしいのかもしれないけれど。」
「そうね、おかしいと思うわ。中にはここまで来たけど全てを知って逃げ出そうとしたしたから殺しちゃった奴もいたもの。」
彼女は全てを見通したかのような瞳でこちらを見つめてくる。僕もその瞳を見つめ返す。それを見てあぁこの人だけは、例え魔王復活の生贄だとしてもずっと僕の事を見ていてくれたんだなと理解してしまった。
「……僕、魔王になるよ。」
「ありがとう、貴方が魔王になれば私達魔族は救われるわ。」
その笑顔は、今まで見た笑顔の中でも1番綺麗な笑顔だった。
僕は黙って差し出されたその宝石を受け取る。次の瞬間僕の身体、そして精神に別の何かが流れ込んでくるのを感じる。
「アガッ…あ、あ、ああああああああぁぁぁ!!」
途端に全身に激痛が走る。内側からブチブチ、グチグチと何かが膨れ上がっては弾け、また膨れ上がっていくかのような感覚が止まらない。
目から涙が止まらない、口からヨダレが垂れて床へと滴っていく。最初は透明だったソレは途中から血が混じって赤くなっていく。
「アリッ……やだやだやだ痛いよやだあああああああああああああああぁぁぁ!?」
思わず目の前にいるアリアナに向かって手を伸ばす。その手をアリアナはパンっと勢いよく叩いた。かなり勢いよく叩いたのだろうか、伸ばした右手の肘から先がなくなってしまった。
「やだ、いくら魔王様への尊い生贄だからって軽々しく触らないでよ、汚らわしい人間風情が。」
その瞳は恐ろしいまでに冷たく、さっき見せてくれたあの笑顔は一体なんだったんだと思わせるほどその表情は険しくどことなく悲しそうな、それでも強い怒りに満ちていた。
「さっさと魔王様の魂を受け入れなさい、人間。本当ならこの身を捧げてしまいたいのに…あぁなんて憎らしいのかしら!」
なんで?僕は君の為に魔王になる決意をしたのに。なんで僕を受け入れてくれないの。なんでそんな冷たい目で僕を見るの、いつもの笑顔で僕を見てよ。いつも僕を励ましてくれたじゃないか。
僕の身体を何処からか出てくる黒いモヤが包んでいく。残った左手で振り払おうにもそれは掴めない。それなのに僕の身体はどんどんソレに包まれて僕の意識は暗く沈んでいく。身体の痛さや不快感はとうの昔に無くなっていた。
「はぁ…いくら絶望が魔王様と融合する為の条件とはいえ、流石に気分悪くなるわね…ごめんなさい、貴方には本当に感謝しているのよ。」
そう呟いて涙を流すアリアナの顔や声を、彼が聞くことは二度となかった。
ソウタと呼ばれていた男はしばらく暗い闇のような繭に包まれていたかと思うと、その中から逞しい腕が繭を突き破るかのように出て、ついで頭、身体、腰とその全身が露わになる。
そこには美しい男が1人、立っていた。
「……魔王様、お目覚めですか。」
「お主は…アリアナか。大義ご苦労であった、長く辛い年月だったろうに。」
しばらくほうっとその姿に見惚れていたアリアナがハッとしてその男の前に跪く。それを見た男は彼女を労うかのような言葉をかける。
「いえ、今まで封印されていた貴方様に比べれば私の苦労など苦労ではありません。」
「相変わらず謙虚な奴だ…まぁいい。」
男はしばらく身体を動かして自分の新しい身体を確認すると、ふと何かを思い出したかのようにアリアナの方を見る。
「宝珠の中から見ていたが…変わった男だったな。」
「えぇ、まさか自分から魔王になるなどと言い出す輩がいるとは思いもしませんでした。必要な事とはいえ彼には悪い事をしました…」
悲しそうな顔をして俯く彼女を見てふむ、と1つ呟くと先程まで自分の魂が封印されていた宝珠を見つめる。そこには先程彼と入れ替わる形でソウタの魂が眠っている。それを弄びながら魔王はしばらく考え込む。
「…よし、やれるかは分からんがこの男が再びこの世に生まれ変われるようにしてやろう。」
仮にも我々を救ってくれた勇者なのだから、なにか褒美をやらねば我々魔族の沽券に関わろうというものだと言いながら宝珠を弄ぶ。
「憎き人間共を再び滅ぼそうにも準備が出来ていない、各地に散らばった仲間も集め直さなければいけないしな。それまでの暇潰しだ。」
そして暫くの後、アリアナの記憶を頼りに彼の新しい肉体を構築して勇者を復活させる魔王達の物語は、また別のお話。