▶8.喧嘩
どうして私は怒っているのだろうか、言われたことが図星だから?お腹が空いているから?違う、私は自分に苛立っているのだ、その事に目を向けようとしないだけで本当は気づいている。ただ目が向かないだけなのだ。恩を返すことが出来ない自分の力不足を嘆いて、周りにその苛立ちをぶつけているだけである事実に目を向けたくないだけなのだ。
「私だって!分かってるのよ!これがただの八つ当たりだって事くらい。」
「だったら、お兄さんに謝って━━━━━」
「うるさい!」
私は名前は小夜...だっただろうか少女を思い切り殴る。そしてそれを少女は腕で受け止める、だがその腕は何ともない。さっきからずっと彼女を殴ると気持ち悪い、確かな骨を砕く手応えがあるものの現実は何とも無い、この矛盾がとてつもなく気持ち悪い。
少女は殴打後の隙を見逃してくれず、鋭い突きを何とか逸らす。そして再び殴り掛かる。そのような拳によるコミュニケーションを数回繰り返した。
「卑怯な能力ね。」
何度も殴ってようやく理解した。彼女は治しているのだ、殴られた傍から腕を治癒する事であたかも無傷であるかのように演出していたのだ。
「お互い様なんじゃないですか、とんでもないパワーしてますよ。しかもこれで身体強化じゃ無いんですから。」
確かに私の能力は本来、肉体を強化するのでは無い、肉体の強化は能力を拡張したところにある小手先の技である。
「もう終わらせますね」
少女がそう言い放った途端、目の前が真っ白になった。まるで目の前でフラッシュを焚かれたかのように。
視力が戻った時には私は地に伏せていた。
「...悪かったわね、少しカッとなってしまったわ。」
私は反抗せずに大人しく颯太に謝罪する、実際、罪悪感は強い。私のせいで彼は腕に取り返しのつかないレベルの傷を負ってしまったのだ。どう責任を取っていいのか分からない。
「...本当に悪かったわね。」
私は罰が悪くなって空を飛んで、その場から逃げようとする。
「どこに行くんだ?」
颯太は怨みなど無いとでも言いそうな顔で話してくる。
その言葉で一層バツがわるくなる。
「.....ただの散歩よ」
そう言い残して私は天空へと逃げる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「さて、この腕どうしたもんかな。」
僕は凛のパンチでバキボキになった腕を見ながら呟く。
「腕、見せて。」
「ん、まぁいいけど。」
小夜に腕を差し出すと...
「えいっ!こうやって真っ直ぐにして」
思いっきり腕を引っ張って腕の形をまっすぐにしてきやがった。
「うぴゃぁー、ぁー」
「情けない声を上げないで、男でしょう。」
「殺す気か!しかも今の時代は男女平等の時代だ、ソレは禁句だぞ。」
「はいはい、それじゃ、始めるから。」
「適当な奴だなぁ、何が始まるのか知らねぇけど。痛っ」
小夜がナイフで僕の右腕の皮膚を切り裂く。右腕は元々ぐちゃぐちゃなのでほぼ感覚がない、だから麻酔なしでも少し痛い程度で耐えられるのだ。
そして、小夜が自分の皮膚までを切り裂いた。
「おい、何やって...、」
「見ての通り、治療なんだけど」
「????」
治療?僕の目には小夜が自傷しているだけに見える。
「そうしなきゃ私の血液が取り出せないから。」
「いや、お前の血が必要な理由を知りたいんだけど。」
「見てれば分かりますから。」
そう言って小夜は切り裂いた僕の腕に彼女の血を流し込む。すると、みるみると傷が塞がり、骨も元通りになった。
「おぉ、便利な能力だなぁ。」
確か、以前に僕と少し戦った時には光ったり、影に潜んだりしていたような気が.....。能力に関しては考えても分からん。
「腕は問題無く動かせる?、痛みは無い?」
「大丈夫だ、お前のおかげで完全に元通りだ。」
「それは良かった、それでもしばらくは絶対安静、細かい怪我は帰ってからしっかりと治療してもらう事、分かった?」
「分かってる、流石にまだ動かすのは怖い。」
「まぁ、分かってるならいいんだけど...」
凛との会話が脳裏に過ぎる、どうしよう「ヤバい、めっちゃ恥ずい。あんだけイキってボロ負けして、その上、小さい子に守られるってダサ過ぎだろ。」
「いや、そんな事より私が居なかったらお兄さん死んでいたかもしれませんね」
「ああ、マジで感謝してる、お前が居なかったら殺されてたよ」
「ですよね!つまりお兄さんは命の危機を救った私に惚れたという事ですよね。」
「全く持って意味が分からんが、まぁそうだとして、何だ。」
「結婚しましょう、今すぐに!」
「お前と結婚したら僕がどうなるか...わかってるのか、」
確かに凛との会話で僕の事を旦那扱いしていたが、本気とは思っていなかった。
「今のお前と結婚なんてしようもんなら、僕は幼児愛好家として社会的に殺される、僕は普通の平穏な生活がしたい。」
「こんな怪しい組織にいるのは普通の生活じゃない気がするけど.....。要するに私がちびっ子だから結婚出来ないんだね。その理論なら、こうすれば文句無いよね。」
そう言うと、小夜の身体がムクムクと大きくなり、最終的に出る所はしっかりと出た大人の女性と呼ぶのが相応しい姿になった。
「お前.....とりあえず身体にあった服を着てくれ。」
子供用の服を着たまま大きくなったが故に、大人の姿ではピチピチでスレンダーな彼女の体のラインがしっかりと出てしまっている。
「貴方が大きくなれと言うからなったのに、その対応はあんまりじゃない。一言くらい感想があってもいいのに。」
「まぁ.....可愛いんじゃないか。」
何だろうか、負けた気がする。実際問題、美しいのだ、ちびっ子姿の面影は残しつつ、大人としての魅力をふんだんに散りばめたようで非常に美しいのだ。
「もしかして照れてるの?」
「…….......」
「やっぱり照れちゃったんだ、まぁ私可愛いからね。」
「.....さっさと服着るか、元に戻るか、してくれ」
本当に目のやり場に困る。どこを見てもセクハラになってしまうでは無いか。
「むぅ、仕方ないなぁ、ほら!これでいいでしょ。」
小夜がむくれて元の姿に戻る。子供かよ。僕は思わず微笑む。
「やっぱりその姿がしっくりくるな。」
「一応、こっちが仮の姿なんですけど...。」
「僕にとってはこっちが本当の姿だ。ところで、ひとつ質問してもいいか?」
「良いですよ。」「怒らないか?」「怒りませんよ、なんでも答えてあげますよ。」「本当だな?」「しつこいようだけど本当だよ。」
「じゃあ、聞くが、お前って本当は何歳なんだ、」
「10歳ですよ、これ2度目ですよ。」
「いや、さっきの大人姿が本来の姿なんだろ、だったらもっと年上の筈だろ。」
「チッ、勘のいい人は嫌いだよ。」
小夜は某漫画のセリフを彷彿とさせる雰囲気を醸し出す。それに加え、僅かに殺気を感じる。
「私は10歳私は10歳私は10歳私は10歳私は10歳私は10歳私は10歳私は10歳私は10歳私は10歳私は10歳私は10歳私は10歳、OK?」
狂ったように唱え出す小夜
「おーけー、イエッサー。」僕は洗脳された。
「まぁ冗談は置いといて、」
「冗談なのかよ!」
「いいツッコミですね、才能ありますよ。」
「んな才能要らんわ。」
「ツッコんでないで話を聞いてね。」
「お前が始めたんだろう。」
「真面目に答えるなら知らないんですよね、年齢。ホント歳を取るって嫌だね。」
「その見た目で言われると、ものすんごい違和感がある。」
「馬鹿なこと言ってないで、立ち上がって。帰るよ」
「急に母親みたいなことを言うな、対応が追いつかん。あと、先に帰っててくれ。」
「それでは先に帰るけど、ちゃんと無事に帰って来てね。」
「大袈裟なんだよ、歩いて10分なのに。」
「それでも!」
そう言い残して小夜は先に帰った。
しばらくぼうっとしていた。その後、のそりと立ち上がって、ようやくアジトに向かって歩き始める。幸い、いつの間にか身体の痛みも取れていたのでスムーズに歩くことができた。
歩きながら凛とどう話したものかと思考を巡らせていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アジトに帰ってきたが...凛の姿が見当たらない。思うべきでは無いが、顔を合わせないで済むのでよかった。喧嘩の直後なので、どうにもバツが悪いのだ。
「おいおい、どうしたんだよ、その傷」
ミズアメがかなり心配そうに話しかけてくる。
「.....凛と喧嘩したんだよ。」
「心配して損した、まぁ仲良くなれたみたいで良かった良かった。」
「いや、僕死ぬかと思ったぞ!マジで」
「実際生きてるのに文句言うな。と言うか、だから凛が帰ってないのか。」
「ふと思ったが、お前とアイツは何処で出会ったんだ?」
凛は命を助けて貰ったみたいな事を言っていた気がする。
「ん、急だな、そんな事が気になるのか、話すのはいいが面白いもんじゃないぞ。」
「それでも聞きたい。」
「なら話すが、私たちが初めて出会ったのは半年程前だ。私は凍えて死にそうな家出少女を拾って暖かい食事と空間を提供した、その少女が凛だ。それからは行く当ても無いのかココに住み着いてるな。」
「親は心配してないのか?」
「大丈夫だ、話はこの前つけて来た。家出のことを世間に公表しないなら自由にしていいとちゃんと許可を取ってある。」
親が自由な家出を許可するとは一体どんな方法を使ったのやら、それよりも問題は……「ちゃんと凛のことをケアしてやれよ、アイツ、どうやったらお前への恩返しになるかって、かなり思い詰めてるぞ。」
ミズアメは困り果てたような顔をする。
「……そうか、教えてくれてありがとな。別に気にしなくていいのにな。そうだ、思い出したが颯太に客が来ているぞ、随分と綺麗な人だったな、お前の部屋に案内しておいたが、勝手に拠点のことを部外者に言うな、万が一実行前に漏れたらどうしてくれる。ちゃんと口止めをしておけ。」
亜美は強い口調で話す、そして多分その人は部外者では無い。
「ソイツは多分小夜だ」
「遂に真の馬鹿に昇華したか、こうなった以上、お前の面倒は見切れない。好きにしろ」
「誰が”真の“馬鹿だ!てか“昇華“と言うことは、まさか僕は元々馬鹿だと思われていたのか。」
ショックだ、確かに学校の成績は悪い、でもそれだけだ、学校のテストじゃ測れないこともある。
「『バカと天才は紙一重』と言うだろう。」
「颯太は紙一重で馬鹿なんだよ。ほら、バカなこと言ってないで客人が待ってるぞ。早く行って帰らせろ。」
「だから、部外者じゃ無いからな!」
もう一度訂正をして僕に与えられた部屋に向かう。僕ですらまだ入って無いのに、何故他人が先に入るのだ!
「話って何だ?って電気くらいつけろよ。」
居ることが確定している相手にドアを開けながら話す。
部屋に踏み込んだ瞬間、ベッドの中に引きずり込まれた。暗闇の中で小夜の顔が間近に見え、抱き締められる。デジャブとはこういうことを言うのだろう。とはいえ、彼女に抱き締められると安心感を覚える。
「おい、またか。」
「”また“とは何ですか、“また”とは!!喜びそうだからやったのに。」
「前も似たような事が無かったか。早く離れてくれ。」
夜目が効かない所為で触覚やら嗅覚やらが敏感になって小夜の髪のいい香りだったり、触れている部分の柔らかさを必要以上に感じてしまう。僕だって男なのだ、こんな事をされては、ヤバい。
「嫌だよ、私と結婚してもらうために好きになってもらわなきゃ。結婚してくれるなら…その…抱いちゃっても良いよ。」
小夜が頬を赤くする。
「頼む、もう…離れてくれ、敢えて何がとは言わないがヤバい。」
もう一度言っておくが、大人姿の小夜は、顔や体つきなど全てが美しいのだ、つまり女性としての魅力は最高潮だ。
「ま、これで勘弁しときますか、気まずくなっても困るし。」
「そ…それで、用件とは?」
ベッドから出て、部屋の電気をつける。明るくなって気付いたが、小夜の着ていた服がサイズが合った服に変わっている。わざわざ買ってきたのだろうか。
「今のが用件だよ、大人の姿に反応している様だったし。」
「貴様、さては暇人だな。」
「失礼な、私はアナタを落とすのに必死ですよ。」
「っ……」
不意打ちに動揺してしまう。
「何故、そうまでして僕に執着する、正直僕にそこまでの魅力は無いと思うのだが。」
「そこまで卑下することは無いと思うけど…、理由は今は秘密♡」
思わずドキッとしてしまう。
(秘密ねぇ、実は僕には秘められた力が…的な話なのか、はたまた、直観で選ばれたのか、はたして真相が僕に知らされる事があるのだろうか。そういえば、作戦ってどうなったのだろうか。)
そんな事を考えながら少しだけ学校の襲撃作戦についてが頭に過ぎる。